同時に二つを愛してしまう病 ― 途中で気持ちが変わる男の告白
世の中、最近は何でも病名がつく。
わかりやすいところで言えば――
お金が使えない症候群、Nomophobia(スマホなし恐怖症)、鏡恐怖症、公衆トイレの蓋が開けられない症候群。
よくわからないものでは、Arachibutyrophobia(ピーナッツバターが口の屋根にくっつく恐怖症)とか、へそ恐怖症なんてのもある。
だからか、ちょっとしたことでもすぐ言われる。
「ああ、それ病気だねー」って。
だったら俺はこうだ。
――「同時に二つのものを愛してしまう病気」。
もう説明不要。読めばわかる。
―
俺はフリーのライター兼作家。
社会派から日常ものまで書く。
ものすごく売れてるわけじゃないけど、全然ダメでもない。
YouTubeの動画編集もするし、Webページも組める。
好きなことの延長で生きているけど、そこそこ収益もある。
ただ、連載ものや長期の仕事は苦手だ。
何でも最初は絶好調。
でも、時間が経つと中盤で方向を見失い、終盤はぐだぐだになる。
絶好調のうちに終わる仕事が、俺にはちょうどいい。
連載が始まるたび、心のどこかで小さくため息をつく。
―
書くときはこうだ。
何もやる気のない「空っぽ期」を経て、ある日ふと焦る。
すると、神様か妖精か知らないけど、インスピレーションが降りてくる。
ペンが止まらない。
手のひらまで血が通っていくような感覚。
でも、そこからが地獄。
途中で別のアイデアが「こんにちは」してくる。
頭では「今はこっちを書きたいんだよ!」と思っても、心は勝手に飛んでいく。
最初に手をつけた作品は、序盤ノリノリ、中盤迷走、終盤失速。
これぞ俺ルール。
―
食べ物も同じ。
「今日はこれ食べる!」と決めてレストランに行き、意気揚々と注文しようとした瞬間――
隣のテーブルの料理が美味しそうに見えたら、あっさり心変わり。
一緒にいた人は、「ハンバーグ、ハンバーグ」って散々語ってたのに、急にエビフライを頼む俺を見て、呆然としてた。
いや、俺だってびっくりしてる。
「憑依体質なのよ」
昔、霊感強めの彼女が言ったっけ。
恋愛も、まったく同じ。
ゼロ期は完全ゼロ。
誰も気にならない。女子?
そんなの世界に存在しないモード。
家で小説を書いて、ゲームして。平和で静か。
なのに、一度、誰かを好きになると――
世界は魔法がかかったみたいに、俺の中の何かを刺激する。
その誰かのおかげで、他の人も好きになる。
一人の人を、愛せない。
こんなこと言ったら袋叩きにあうかもしれないけど、
これが、俺の恋愛のパターンだ。
霊感強めの彼女はこうも言った。
「あなたって移り気だけど、それが魅力なのよ」
なるほど。魅力、なのか。
彼女を好きになればなるほど、他の女性が気になる。永遠ループ。
でも、すべてが許されるわけじゃない。
新しい小説や料理はフラフラしても笑ってくれるけど、
他の女は絶対に許されなかった。
霊感強め彼女も、最後は怒って去って行った。
―
ある日のこと。
クライアントに面と向かって言われた。
「なんかさ、最初は期待してたんだけどね。途中からズレてる気がする。」
――ズレ。
その言葉が、心の奥に絡みつく。
俺の人生を、一言で言い表したみたいだった。
クライアントはこうも言った。
「技術的には問題ないんだけど、最初の瞬発力が途中から感じられない。だから、物足りない。」
その頃、好きだった二人の女性からも、ほぼ同時に別れを告げられた。
一人は怒りで。もう一人は悲しそうに。
どちらの声にも、同じ疲れが滲んでいた。
実は、同時に二人のことが好きだった。
でも、最初に付き合ったAは正式な彼女で、Bは彼女ではない彼女。
罪悪感を少しでも薄めようと、Aとしか身体の関係は持たなかった。
それが俺の、ささやかな誠実さだった。
「あなたは悪くないけど、何か心が別のところにあるみたい」
Aは怒りながら去り、
「このままだと、私が苦しい」
Bは静かに微笑んで消えた。
―
その夜、コンビニの袋をぶら下げて歩きながら、ふと思った。
俺、何をしてるんだろう。
仕事も恋も、いつも途中で形を変えていく。
勢いだけで始まって、最後は空っぽになる。
でも、心の奥の奥で、かすかに願っていた。
何かひとつを、ずっと見つめていたい。
誰かひとりを、心から愛してみたい。
そんな当たり前のことが、
俺にはいちばん難しい。
コンビニの袋の中の缶コーヒーが、
カタリと音を立てた。
まるで、俺の切実な想いを、確かめるように。




