メッセージ①
園田は月曜日から金曜日までの毎日、午前十時に辻家にやって来る。そして、先ずは部屋の掃除と洗濯を行う。広い屋敷なので、部屋の掃除が大変なのだが、居間や書斎など、晴彦が日頃、使っている部屋を中心に掃除を行い、晴彦が使わない部屋は週に一度、掃除を行う程度だと言う。
昼になれば晴彦の昼食を作り、一休みして洗濯物を取り込むと、アイロン掛けを行い、晴彦の夕食の準備をしてから午後二時には辻家を離れる。
気難しい晴彦だが、掃除や洗濯に感心がないようで、園田に注文を付けることは滅多になかった。だが、料理には煩く、園田は、「私の前に二人、家政婦を雇ったみたいですが、料理が不味くてクビになったそうです。私がこちらに来て、料理を作るようになってからは、旦那さんは何時も『美味しい、美味しい』としか言いませんでしたけどね」と言って料理の腕を自慢した。園田は若い頃、レストランの厨房で働いていたことがあるそうで、料理に自信があるようだった。
話を聞くのは森の役目だ。
園田の料理自慢をひとしきり聞かされた後、森は、「毎日、掃除をされていたのですか。大変ですね~今、部屋をご覧になって、どこか変わったところはありませんか? あなたなら直ぐに分かるはずです」と尋ねた。
園田は「そうですね・・・」と言いながら、部屋を見て回った。
晴彦の遺体は解剖の為に既に搬出されていたが、客間の絨毯の上に血痕が広がっていた。園田は気味が悪そうに血痕を避けて歩いた。
やがて晴彦の書斎の机の前で足を止め、「この封筒は昨日、書斎を掃除した時にはありませんでした」と言って、机の上の封筒を指差した。机の上に綺麗に並べられた本とブックエンドの間に白い封筒が挟まれていた。
「ほう~手紙ですね~」
森は手袋をした手で、慎重に封筒を抜き出すと、二つ折りになったメモを取り出した。
「祇園精舎の鐘を返して下さい」
メモを開くと、そう書かれてあった。
「どういう意味でしょう?」と園田にメモを見せながら聞いた。
園田は「さあ? 分かりません」と首を捻った。
「平家物語ですね」
「そうなのですか?」
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり~」
「ああ、それだったら知っています。聞いたことがあります」
手書きで書かれたメモには、日付や名前が無く、晴彦が何時、誰からもらったものなのか分からなかった。園田の話では、昨日、机の上を掃除した時に、封筒は無かったと言う。夜になって尋ねて来た訪問者から、もらった可能性が高かった。
貴重な証拠になるかもしれなかった。
「昨日は何時ごろ、お屋敷を出たのでしょう?」
「午後二時までのお約束になっています」
「来客があることは、お聞きになっていましたか?」
「いいえ~私には何もおっしゃっていませんでした」
園田は事件当日、午後二時に辻家を離れてしまっており、来客について晴彦から何も聞いていなかった。
「勇太さんがお戻りになるとお聞きしていましたので、夕食の準備には何時にも増して腕を振るいました」とまた料理自慢を聞かされた以外、他に参考になりそうな話を聞くことは出来なかった。
中園からの事情聴取を終えた。
「ウコンさん。祇園精舎って、どういう意味なのですか?」
何でも知っている森だ。石川も、「祇園精舎の鐘の音――」という書き出しで平家物語が始まることくらい知っていたが、その意味は知らなかった。
「祇園精舎とは釈迦在世時にあった五つの寺院のひとつであり、釈迦が説法を行った場所だと言われています。祇園精舎の鐘の音は、『万物は変転し、留まることがない』と聞こえるそうですよ」と森が答えた。
「はあ~」説明を聞いても、メモの意味が分からない。祇園精舎の鐘を返せとは、どういう意味なのだろう。
「勇太さんに尋ねてみましょう」
居間で茫然としていた勇太を掴まえて、メモを見てもらった。勇太は驚いた様子で、「父に骨董趣味はありませんでした」と言った。
「骨董趣味ですか?」
「祇園精舎の鐘って、骨董品の名前じゃないのですか?」
「祇園精舎の鐘とは、平家物語の書き出しの言葉です。祇園精舎の鐘という骨董品があるのでしょうか?」
「平家物語? ああ、そう言われると、そうですね。すいません。何だか古そうな物だと思ったものですから、骨董品だと思っただけです。祇園精舎の鐘という骨董品があるかどうかは知りません」
勇太は何も知らないようだった。




