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呪われた洋館②

「あなたとお父様、関係があまり良くなかったそうですが」と森が踏み込んだことを聞いた。

 勇太は表情を変えることなく、淡々と答える。「父が愛情を持っていたのは、会社だけでした。父には会社が全てだったのでしょう」

「会社が全てだった? 二年前に会社の経営権を吉村電機に譲り渡したと聞きました。それ程、大事にしていたのなら、何故、会社を売り払ったのでしょう?」

 勇太は首を捻ってから答えた。「父が何を考えていたのか、僕には分かりません。ただ、会社を売った話をした時、父は孔子の論語の話をしていました」

「論語ですか?」

「はい。『四十にして惑わず』と言う言葉を知っていますか?」

「不惑のことですよね。知っています」

「では、五十歳、六十歳の時は何と言うのか、ご存じでしょうか?」

「五十は『知命』、天命を知ると言う意味です。そして六十歳は『耳順』です。『何を聞いても素直に受け入れることができるようになった』と言う意味だそうですね」

 この辺は森の独壇場だ。森は何でも知っている。

「よくご存じで。父が会社を売り払ったのが、六十の年でした」

「誰かに何かを言われて、会社を売る気になったと言うことでしょうか?」

「多分、そうだと思います。父は『俺も今年で六十だ。論語で言う耳順の歳だ』という言い方をしていました」

「会社を売却されてから、お父様は何をしていらっしゃったのでしょうか?」

「俗に言う悠々自適と言うやつです。僕も最近まで知りませんでしたが、父は子供の頃、絵を画くのが得意だったようです。引退してからは、絵を画いていたみたいです。最近の父の様子については、僕よりも園田さんの方が詳しいと思います」

「園田さん?」

「園田さんは――」

 園田裕子(そのだゆうこ)は近所に住む主婦で、通いの家政婦をしている。週末を除き、日中、十時から午後時二まで辻家に通って来て、掃除、洗濯など家事をして、晴彦の昼食を準備し、夕食を作り置きしておく。

「園田さんからは、後で話を聞いてみましょう」

「お父様とトラブルになっていた人物をご存じありませんか?」

「父は仕事一筋の偏屈な人間でしたから、仕事上のトラブルは多かったでしょうが、僕にはよく分かりません。最近は、ここで隠遁生活を送っていましたので、園田さん以外、人と接する機会は少なかったと思います」

「近所の方はどうですか?」

「近所の方ですか? ご覧の通り、うちは野中の一件屋みたいなものです。ご近所から離れていますので、親しく付き合いをしていたご近所さんはいませんでした。無論、近所の方とトラブルになっていたようなことも無いと思います」

 辻家は田畑に囲まれた一軒家となっており、隣近所に家はない。勇太が話を続ける。「庭に出ている時に、ご近所の方が農作業の傍ら、声をかけてくれることがあったのですが、父は何時も無視をしていました。ご近所の方からは、『愛想の無いやつだ』と思われていたことでしょう。それに・・・」

 勇太が言葉を切ったので、森は「それに?」と、話の続きを促した。

「いえ、父の事件には関係がないと思いますが、うちはこの辺りでは『幽霊屋敷』と呼ばれていて、近所の子供は怖がって近寄りません」

「幽霊屋敷ですか?」

「はい。この辺りで洋館は珍しいでしょうし、少々、年季が入っているものですから、子供には不気味に見えるのでしょうね。まあ、見かけ以外に、幼子の幽霊を見たと言う人が結構居て、それで『幽霊屋敷』と呼ばれています」

「赤子の幽霊ですか・・・」

「かく言う僕自身も、何度か子供の幽霊を見たことがあるのです。夜中にトイレに起きた時に、庭にぼうっと白い雲みたいなものが浮かんでいて、子供のような形をしていました。ご覧の通り、庭には街灯が無くて夜は真っ暗ですからね。夜中に白い雲なんか見えるはずがありません」

「はあ」と頷くしかない。

「学生時代は、同級生から『幽霊屋敷の住人』なんて言われて、随分、からかわれたものです。今なら立派な虐めですよね」と言って勇太が笑った。

「そうですか」

 話が妙な方向へ進んでしまったので、勇太からの事情聴取を切り上げた。捜査の参考になりそうな話を聞き出すことは出来なかった。

 二人は勇太を解放すると、家政婦の園田の事情聴取に向かった。

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