COLOR
小説家になろう初めての執筆。タイトルは『COLOR』
タイトル通りこの小説は『色』がカギとなります。
どこか異世界のような不思議さと現実味のある日常が混在する世界観をお楽しみください。
バナナの黄色、海の青、草木の緑、血の赤、、、この世界は色にあふれている。
…らしい。
今日は森高中学校の文化祭。
僕はいつも学校に一番早く着き、静かな教室で本を読むのが好きだ。
今日は文化祭だけど関係ない。
だれかが教室にいたらいやだなと思いながら、文化祭用に飾られた校門のアーチをくぐった。
アーチにはでっかく『森高祭』と書かれていた。
こうして改めて文字を見ると森高中学校は中学なのに、森高の「高」が高校を連想させるのでなんだか違和感があるように思えてきた。
そんなことを考えながら3年1組の教室を目指して階段をのぼる。
「、、、というわけで今日の合唱コンクールの時間を1時間遅らせるらしいんだ」
最悪だ。文化祭実行委員の黄原だろうか、もうすでに教室から声が聞こえる。
しかたない、
僕は急に入りたくなくなった教室の扉をガラッっと開ける。
「よぉうヒメ、今日は早いな~」
「いつもこの時間だよ。黄原は実行委員の仕事?」
「そうだよ~」
そう言いながら黄原はため息をついた。
そんな黄原を横目に僕は教室の後ろのロッカーに向かった。
『白雪』と書かれたロッカーに手をかける。
僕の名前は白雪。
だからあだ名はヒメ。白雪姫のヒメ。
この名前には本当に悩まされた。小学校低学年の頃はみんなにかわいがってもらえたからむしろ好きな方だった。
でも小学校高学年になる頃からか、周りの人間の態度がうっとうしくなってきた。
自己紹介では必ず名前が話題になり、何回聞かされたであろう「珍しいね」というフレーズ。
あだ名は保育園の時から変わらずヒメ、呼ぶ人が変わっても変わらずヒメ。
僕は男なのにと悔しくなった時期もあるが今はもう慣れた。
僕は自分の席について昨日図書館で借りた『亜空間の住人』という本の表紙をゆっくりと開いた。
実を言うと借りたというのは嘘で、こっそりとカバンに入れて持ち出した本である。
というのもこの本は、図書館の奥の大きい本棚の下にまるで誰か拾ってくださいと言わんばかりに丁寧に落ちていた。真っ黒い表紙に白い太文字で『亜空間の住人』と書かれていた。
表紙の下の方に達筆な字で『灰谷』と書かれていた。
作者だろうか。
出版社も出版日も、タイトルと作者以外書かれていない本は明らかに異様だった。
その場で読むにはなんだかもったいない気がしてこっそりとカバンに入れたまま持ち出したのだ。
ゆうべはおばあちゃん家に行って夕飯を食べて帰ったから、家に帰る頃にはすっかり本のことは忘れていた。そして今朝カバンの準備をしているときに思い出し、朝教室で読もうと意気揚々と家を出てきたのだ。
最初のページには何も書かれておらず、真っ白であった。
次のページを緊張した手つきでゆっくりとめくる。
もう、教室で打ち合わせをする黄原たち実行委員の声は耳に入ってこない。
とてつもない静寂が自分を包んでいた。
『世界は終わっている。』
冒頭の一文。作者の胸の奥にくすぶる怒りのようなものを感じた気がした。
僕は瞬きも忘れ本を読み進めた。
この本はどうやら作者灰谷が自身の研究の記録をつづった直筆のノートであるようだ。
灰谷は生物学者で動物の視覚の研究をしていたらしい。
しかし、なかなか成果が認められず自分の発見をないがしろにされた怒りが、直筆の文字からひしひしと伝わってくる。
所々に実験の内容や挿絵が描かれており、あるページには眼球とその先に上下左右が反転した世界が描かれていた。
なんだこれは、、、
挿絵の周りには殴り書きのようなメモが散在していた。
『、、、、つまり我々が生きている世界は本来は上下左右が反転した世界なのである。』
『従来の水晶体の裏側にもう一枚薄い水晶体がある』
『網膜に移る像は上下左右が反転している。つまり、、、、』
なにを言っているんだ。
僕たちが住んでいる世界が上下左右反転している?
水晶体がもう一つ?
わけがわからない。
でも、でももし本当にそうだとしたら、、、
今座っている席も、教室で話しているであろう黄原たちも、この教室も、朝通ってきた校門のアーチもすべてがサカサマだとしたら、、、
そんなはずはないと頭ではわかっているけど、なぜだろう、このページから『これは現実だ』という暗示に近い覇気を感じた。
ドクン!
急に心臓がうるさくなった。
今までの不気味なほど静寂な世界が一気に崩れるようだった。
世の中の不思議、宇宙の果て、死後の世界などオカルトともいえるような『不思議』についてじっくりと考えた時に来るなんともいえない不安感と無力感
まさにそれが自分の体を包み込んでいく
やばい
直感的にそう感じた、
視界が暗くなっていく、
何も見えない
心臓がうるさすぎて他に何もきこえない
何のにおいも、持っているはずの本の感触さえしない
やばい
とんでもない焦りと恐怖が押し寄せてくるなかで、走馬灯のようにある言葉が真っ暗な世界にぽ~うっと浮かんだ。
『世界は終わっている。』
何秒経っただろう、いや何分か、、1時間は経っていないはず、、
しばらくすると、その言葉の周りから徐々に明るくなっていく
まるでこの言葉が何も見えない真っ暗な世界を終わらせてくれているようにさえ感じた。
ゆっくりと視界が開けていく間、どこか冷静な自分に驚いた。
先ほどまでの不安と恐怖はいつのまにか消えていた。
やっと世界が開ける、、、、
僕はゆっくりと顔を上げた。なつかしささえ感じるもとの世界を見るために。
「あ、、」
その世界には色が無かった。
何度も目をこすった。でも変わらない、
そうだ水で洗おう。
トイレの水道に行って何度も目を洗った。でも色がない。
視界に広がるのは、ただただのっぺりとした白と黒の世界。
まるで昔のビデオの世界に紛れ込んだような不思議な感覚だった。
どこかでまだこれは一時的なものですぐ直るでしょという楽観的な自分がいたのも事実だった。
でも、もし一生このままだったら。
そう考えると焦りが湧き上がってきた。
どうしよう
仕方ないので教室に戻った。
「おい、ヒメ大丈夫か?顔色やばいぞ」
教室に戻ると黄原が駆け寄ってきた。周りの実行委員も心配そうにこちらを見ている。
どうやら相当な形相で教室をとびだしていたらしい
そして戻ってきたと思えば、顔色は真っ白
それは誰だって心配するだろう。
トイレの鏡で自分の顔を見たはずだが、何もかもが白黒に見える僕にとってはそれが体調が悪い顔色なのか、ただ顔が白いのかわからない。
僕からすればみんな今すぐ保健室行きの顔色をしている
「ちょっと体調わるいかも」
黄原たちには適当に言っておこう。とりあえずは、、、
「毒リンゴでも食ったか?」
うまいことを言ったつもりなのだろうか、黄原はにやにや笑いながら保健室まで送るよと僕の背中をたたいた。
黄原は小学校の時からなんだかんだずっと同じクラスで、一緒に遊んだりはしないけどお互いのことはよく知っている。と思う。お調子者でむかつくこともあるけど悪い奴じゃない。多分。
黄原に連れられ白黒になってしまった廊下を歩く。
見慣れているはずなのに、色が無くなるだけでどこか全く知らない場所を歩いている気がして、前を歩く黄原の背中が少しだけ頼もしく見えた。
黄原だったら信じてくれるだろうか、
「なぁ黄原、さっき僕どんな感じだった?」
前をずんずん歩く黄原がなんと答えるか怖かったが、おそるおそる聞いてみた。
「やばかったぞ、ほんとにびっくりした!
本読んでるなーって思ったら急に立ち上がってめっちゃ怖い顔して教室飛び出してった」
「僕そんな怖い顔していた?」
「うん、してた。それよりヒメ。お前さては漏らしたんだろ」
こいつはすぐそういう事を考える。
「あの本そんなに怖かったのか?まぁヒメはビビりだもんなぁ」
「違う。漏らしてない。なんなら確認してもらってもいい。」
「わかった。わかった。そういうことにしといてやる。実行委員の奴らには黙っとくからよ~
なぁその代わりあの本俺にも読ませてくれよ」
しまった。すっかり忘れていたけどあの本はまだ教室の机の上だ。
色が見えなくなったのはあの本のせいかどうかはまだわからないけど、あの本を他の人に読ませるのはなんだかよくない気がした。
「だめ。あの本はおじいちゃんが僕にくれた大切な本なんだ。保健室はもうすぐそこだから僕はもう大丈夫。黄原はすぐに教室に戻ってあの本を保健室に持ってきてくれないか。」
「はぁ?なんでだよめんどくせぇ。」
「たのむよ黄原」
「はぁ、ったくしょうがねぇな。今度宿題みせろよ」
助かった。黄原はよくも悪くもあまり他人に興味がないから適当な理由を作って断っとけば大丈夫。
問題はあの本だ。まだ教室にあるだろうか。誰かが持って行ったりしていないだろうか。実行委員の誰かが中を読んだりしていないだろうか。
そんなことばかりを考えながら、保健室の静川先生には適当に具合が悪くなりましたと言ってそそくさとベットに横たわる。
しばらくして、保健室の扉がガラッと音を立てて開いた。
黄原だろうか。
「これ、ヒメ、、白雪君に頼まれて持ってきました。」
黄原だ。
「そう、白雪君ならあそこのベットで寝てるから持って行ってあげて。」
足音が近づいてきてシャッとカーテンが開く。
「ほい。持ってきてやったぞ。」
黄原はそう言うとあの本を僕が寝ている布団の上にポンと投げた。
「誰かこの本を読んでたりしなかった?」
「はぁ?なんでそんなこと聞くんだよ。別に読んでたっていいじゃねぇかよ」
「だめなんだよ。まぁとにかく誰も読んでなかったんだね?」
「知らねぇけど俺が教室戻った時はあの時のまま机においてあったぜ。なんだかよくわからねぇけど今日 のヒメはなんか様子おかしいぞ。とにかく休めよ」
「うん、ありがとう」
黄原が帰ったあとしばらく本の表紙を眺めていた。
もともと黒い表紙に白い文字で『亜空間の住人』と書かれていたから目がこうなってしまっても見た目は変わらなかった。
むしろ、この本だけ周りの風景から浮かび上がって異様な存在感さえ感じられた。
そして灰谷という白い文字がやけに光って見えた気がした。
気が付くと僕はベットで寝ていたみたいだった。
大丈夫、本はちゃんとある。
目が覚めたら治っていないかとだいぶ期待したけどだめだった。
世界はまだ白黒のまま。
時計を見るともうすぐ12時になろうとしていた。
うそだろ。
何時に保健室に来たかははっきりとは見っていなかったけど、少なくとも朝のホームルームが始まる前であることは確かだから、3時間近く寝ていたことになる。
今日は中学最後の文化祭、その半分がもうすぐ終わろうとしていた。
目がおかしくなって文化祭どころではないにしろ中学最後ともなれば参加したい。
そういえば、午後は各学年・各クラスの合唱コンクールがあったはず
そう思いながら急いでベットから降りてカーテンを開けた。
保健室の窓から差し込む日差しがまぶしかった。周りは白黒だけど。
ちょうど静川先生と担任の田中先生が話をしているところだった。
「白雪、体調は大丈夫か?」
田中先生は相変わらずの無表情でぼそっと聞いてきた。
「はい、少し寝たらよくなりました。午後の合唱コンクールは参加できます」
言い終えたあと、寝たの全然少しじゃないけど、と心の中でツッコんでしまった。
「そうか、白雪には言ってなかったが午後の合唱コンクールは予定より1時間遅らせて14時からになったから間違えないように」
そういえば朝教室に入る前に黄原たちがそんなようなこと話してた気がする。
「ではそれまでゆっくり休みなさい」
そう言いながら田中先生は保健室を出ていった。ゆっくり休んでの部分には「文化祭の日に朝っぱらから保健室で長時間寝ておいてそれでもまだ寝れるもんならな」という皮肉がこもっていた気がする。
考えすぎだろうか。
こっちは一応病人だし、田中先生は絶対にそんなこと口に出したりはしないけど、
中学1年の頃から、田中先生はどこか自分たち生徒と壁を作っている気がする。
いや、よく考えたら生徒だけじゃない、先生や親と話しているときもなにか壁のようなものを感じる
うまく言葉にできないけど、なんだか僕たちのことはどうでもよくて、ほかに何か重要な目的があるみたいな、どこか他人事のようなそんな冷たいものを田中先生の裏に感じる。
「食欲はある?」
静川先生にそう聞かれ僕はなんて答えようか迷ったけど、教室に戻ってまた田中先生に会うのも気まずいし、
「あまりないので、ベットで休んでおきます」
といってお昼は食べないことにした。
ベットに戻って布団の中に隠すように入れておいたあの本を眺める。
あれ以来本を開くのが怖くて表紙ばかり見つめている。
でも表紙もなんだか不気味に浮かび上がってめまいがしそうになったのでそのあとは保健室の天井の穴の数を数えていた。
143まで数えたあたりで保健室の扉がガラッと開いた。
「失礼しまーす。ヒメ、、、白雪君のお昼を持ってきましたー」
黄原の声がした。
「あら、白雪君はお昼いらないらしいのよね。もう寝てるかしら、ちょっと聞いてみるね」
そう言うと足音がこっちに近づいてきた。
僕は慌てて本を布団の中に隠した。よく考えれば静川先生は僕がこの本を持っていることを知っているわけだから別に隠す必要もなかったのだが、なぜか反射的に隠してしまった。
シャッ
カーテンが開いてベットが明るくなる。
「白雪君、お昼持ってきてくれたけど食べる??」
僕は先ほど食べないと断ったばかりに、少し悩んだけど、わざわざ持ってきてくれたし、と思い食べることにした。
本当はしっかりおなかがすいていたし、今日は文化祭というのもあって給食にゼリーがついている。
一度はあきらめたが、ゼリーが目の前にあるならば話は変わってくる。
黄原にお礼を言い、その後は静川先生と二人で給食を食べた。
さっき食べないって言ってたくせにとか思われてそうで気まずかったけどそんなことは気にしない。
だし、不思議と静川先生からはそんな皮肉のような感情は伝わってこなかった。
静川先生はいつも変わらない。僕が中学に入学してから何度か保健室にお世話になったけど、いつも同じ雰囲気でなんだか眠たくなるような声のトーンは聞いていてとても心地いい。怒ったところは一度も見たことがないし、先生と話しているときも生徒と話しているときも態度は変わらず落ち着いている。まさに大人の女性って感じ。
目がおかしくなって白黒の世界になっても静川先生のその変わらない落ち着きが僕の心をゆっくりと包み込んだ気がした。
僕はデザートのゼリーを食べながらゆっくりと静川先生の方を見た
静川先生はなんだか優しいオレンジ色のようなそんな色をしていた。
給食を食べ終わると僕は歯ブラシを取りに教室に戻った。
みんなはほとんど給食を食べ終わっていて午前中の話だったり、午後の合唱に向けて練習しているグループもあった。
教室に入ると赤羽と川黒が話しかけてきた。
「おいヒメ、大丈夫なのか?」
「おまえ朝血相変えてトイレ駆け込んだって黄原から聞いたぞ」
黄原のやつそんな言い方したら僕が本当に漏らした人みたいじゃないか
「いや、まぁでも全然平気だし、大丈夫」
そう言って自分のロッカーに向かう。
赤羽はクラスの人気者。サッカー少年で運動神経は抜群、で結構モテる。クラスの学級長も務めるみんなのリーダー的存在。
川黒はいつも赤羽と一緒にいる野球少年、こいつは運動はそこそこだが、とにかく頭がいい。そしてめっちゃいいやつ。こいつも密かに、いや普通にモテる。
べつにモテるモテないを気にしているわけではないけど、、まぁそんなかんじ
ロッカーから歯ブラシセットを取り出して廊下の水道に向かう。
あー
そうだった。お昼休みのこの時間は廊下の水道はクラスの女子たちのたまり場になってるんだった。
でも今日は文化祭だからか、女子たちは教室で合唱の練習をしていていつもよりも人数が少なかった。
運よく一番隅の水道が空いていた。
歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりつけてくわえる。
窓の外を見ながらふと、
あ、そういえば白黒の世界だったなと思い出した。
最初はあんなに焦っていたのにこの半日でここまで慣れてしまう自分にすこし拍子抜けした。
怖くないといえばうそになる。ずっとこのままなんて絶対に嫌だ。
だけどとにかく今はできるだけ普通に生活してなにか解決策を見つけるべきだと思った。
そんなことを考えながら歯を磨いていると誰かに肩をつつかれた。
「ちょっと聞いてんの?体調はもうよくなったのかって言ってんの?」
「え?」
「『え?』じゃないよ。さっきから何回も聞いてんのにどんな耳してんの?」
そう言う彼女は柴咲
同じクラスの女王的な存在。本人はそういうの興味ないらしいけど、クラスの女子は彼女の下で働く家来のようにいつも彼女の近くで群がっている。勝手な想像だけど、
「もう保健室にいなくて大丈夫なの?」
そう言って柴咲のとなりで心配そうに聞いてくる彼女は青木
彼女はtheお嬢様って感じのクラスの人気者(特に男子から)
「うん、もう大丈夫」
「そ、なら午後の合唱本気だしてよね」
そう言うと柴咲と青木は教室に戻っていった。
教室では指揮者の赤羽とピアノの盛金が音を合わせていた。
その周りを自然と何人かが囲み、音程やリズムの最終確認をしていた。
みんな本気なんだと少し他人事のように思ってしまった自分が嫌だった。
僕は3年1組が好きだ。
クラス内でいじめとかはないし、男女もそれなりに仲がいい。と思う。
学級長の赤羽はもちろんみんなフレンドリーで内向的な自分のような人間にも男女問わずぐいぐい話しかけてくれる。ちなみに現3学年総選挙で入りたいクラスランキングは1位が1組、2位が4組、3位が2組、4位が3組らしい、これは黄原が前に教室で話しているのを聞いた。
ほんとかどうか知らないけど結構いい線いってると思う。
正直1組、2組、4組は大差ないと思うけど、3組はシンプルに男子のガラが悪い。
だから女子も嫌厭している。
3組の男子たちは全員じゃないけどなんだか、どす黒くて汚い茶色のようなイメージがある。
合唱コンクールに向けて最後の調整が終わり、クラスで並んで体育館へ向かった。
背の順に並んでいて自分は真ん中よりちょっと後ろくらい、黄原のまえ。
体育館に向かう途中背中をたたかれた。
「おいヒメ、よく戻ってこれたな。顔色もだいぶ良くなったんじゃねぇの?
合唱中また具合悪くなったら俺に言えよ、また連れてってやるから」
「別に一人で行けるよ、黄原は合唱サボりたいだけだろ?」
「そりゃそうに決まってるだろ?ちゃんと歌わねぇと柴咲たちがうるせぇんだよ」
今回の合唱コンクールは中学最後ともあり、みんな気合が入っている、特に女子たち。
男子は体育祭のほうが楽しみだから文化祭の合唱は退屈でおもしろくないけど、女子の気合の入り方が尋常じゃないためしかたなく付き合っているという感じだ。
それはそうと黄原がいくらサボるためとはいえ、自分のことを心配してくれたことは素直に嬉しかった。
そんなことは絶対に本人には言わないけど、
黄原はめっちゃいいやつってわけじゃないけど、小学校のときから一緒だからだろうか、絶対に素直に言ってこないけど今までもどこかで自分のことを気にかけてなんだかんだ助けてくれていた気がする。
小学校のクラス替えの時、仲が良かった友達がバラバラになって話す人がいなかった時、毎回最初に話しかけてきたのは黄原だった。
まぁこいつは他人のことは興味ないから、助ける気持ちなんてなかっただろうけど、
よく思い返せば結構気にかけてくれていた、のかもしれない
黄原は表には出さないけど、きっと根は優しくていいやつなんだろうなと思いながら、体育館に並べられたパイプ椅子に座ろうとする黄原を横目に見た。
紙に書いたときは見づらかったりするけどよーく見たら温かい色をしている黄色のようなそんな色を黄原はしている気がした。
「ただいまより、第46回森高祭合唱コンクールを始めます。」
音楽の真島先生の声が体育館に響いた。
僕たち3年1組は10番目。まだまだ先だ。
指揮者は赤羽だしピアノは盛金だから別に緊張することもないけど、僕だけじゃなくみんな少し落ち着きがないような気がする。
最後の文化祭。気合が入るしここまで練習してきた分緊張する。
そんな緊張を紛らわすため白黒になった世界を見回してみることにした。
みんな白い顔、黒い髪、表情はなんとか読み取れるけど色がない分表情からは感情が読み取りづらい。
ステージには1年1組が整列し、指揮者が振り返って礼をする。拍手の音が響く中でステージの右側の先生たちの列に田中先生を見つけた。スパイ映画でよく見る変装マスクをかぶっているんじゃないかっていうくらい表情を変えずに一応拍手をしている。変装マスクをかぶってたってもうちょっと表情があるだろう。そんなことを考えながら視線を動かしたとき何か色を見た気がした。
合唱が始まって後ろを向いていると目立つから今は確認ができないけど確かに見た。
あれはこの白黒の世界のものとは明らかに違っていた。
合唱がこれほど長いと感じたことはなかった。
白黒の世界だからだろうか。それもあるだろう、でも今は違う。早くあの視界の端に移った色の正体を確かめたい。
伴奏が消え、指揮者が後ろを振り返って礼をする
やっとだ
拍手と同時に1年1組がステージを下り、わきで控えていた1年4組がステージに並び始める。
ここでみんながざわざわし始めて横や後ろを向いておしゃべりをし始める。
このタイミングだ。
僕はすぐに先生の列の後方に目をやった。
静川先生が目に入った。というか静川先生しか目に入らなかった。
なぜならぼんやりとオレンジ色に光っていたから。
その後は合唱を聴くどころではなかった。
静川先生には色があった。ただそれは自然な色じゃない、白黒の静川先生の周りがぼんやりとオレンジ色に光っていた。
見間違いではない。
どういうことだ。
隣の黄原に聞かれていないか心配になるほど心臓がドクンドクンしていた。
嬉しいのかわからない、でもこの白黒の世界で初めてはっきりとした白と黒以外の色を見た。
なぜ静川先生だけなんだ、、、
心のどこかでは思い当たる節はあった。
給食を食べているときだ。
あの時たしか静川先生がオレンジ色に光ったような気がした。
でも一瞬だった。そのあとはよく見ていないからわからないけど、、
ただこれが何を意味しているのか
その人の性格・感情が色として見えるようになったとでもいうのか。。。。
思い出した。他にもある。白黒の世界に一瞬色を見たような、そんな感覚が。
黄原だ。
隣を見ずにはいられなかった。
今は1年4組が合唱中だから目立たないように、あくまで自然に
僕は隣をゆっくりとみた。
黄原は退屈そうにステージを眺めていた。
白黒の顔で。
なんだ、やっぱりそういう事じゃなかったんだ。
安心したのかガッカリしたのか自分でもよくわからないモヤモヤした気持ちになった。
だめだ、僕は本当におかしくなってしまったのだろうか。
顔を洗いに行こう
1年4組の合唱が終わり、ステージを下りていく。
僕は席を立ち、座席の隙間を申し訳なさそうに腰をかがめながら通り抜ける。
体育館を出るときちらっと静川先生の方へ目を向ける。
やっぱり、ぼんやりとオレンジ色に光っている。
いよいよおかしくなってしまったと思い、トイレへ急ぎ足で向かう。
「ふう、」
冷たい水が顔を刺すような張り詰めた感触がした。
ハンカチで顔を拭き鏡に映った自分と目が合う。
鏡で自分を見るのはこれで二回目だけど、変わらずのっぺりとした白と黒
やっぱり僕はおかしくなってしまったのだろうか。
そろそろ、戻らないとまた黄原に漏らしたとデマを流されかねないので戻ることにした。体育館の外に合唱の声が漏れてくる。
もう始まってる。
静かに扉を開けて中を覗いて体を滑り込ませようとしたとき、足が止まった。
体育館の中に色が2つある。1つはさっきと変わらず静川先生。もう一つは、3年生が座っている辺り、
あれは3年1組の列、真ん中くらい、ぽっかり空いた僕の席の隣、
黄原だ
「どうした、早く入ってそこにしゃがんでなさい」
扉のそばに立っていた美術の後藤先生の声で我に返る。
心臓がバクバク鳴っている。
どういうことだ。さっきまで黄原はなんともなかったはずじゃないか。なのに今は静川先生と同じようにぼんやりと光っていた。
もう一度黄原の方を見る。
しゃがんでいるからよく見えないけど、確かにぼんやりと光っている。黄色に。
さっきの思い付きがいよいよ確実なものになってきた気がした。
わからない。わからないけど、たぶん、『その人の性格・感情が色として見えるようになった』ってことなのか、、、
1年3組の合唱が終わると、僕は自分の席へ戻った。
黄原は相変わらず退屈そうだが、明らかにぼんやりと黄色く光っていた。
ただ隣に座ると近すぎるからだろうか、光が見えない。
その後はこの色についてずっと考えていたが納得のできる答えは見つかりそうになかった。
考え事をしていたらいつのまにか次が自分たち3年1組の発表になっていた。みんなが席を立ち発表に備えてステージわきに移動する。僕も慌てて立ち上がりついていく。
気が付けば始まる前の変な緊張はどこかに消え去っていた。
今考えてもわからない。今は合唱に集中しよう。
そう思いながら静かに3年2組の合唱に耳を傾けた。
赤羽が一人ひとり順番に目を合わせていく。そしてゆっくりと振り返り礼をした。
拍手が体育館中に響いた。
赤羽は静かに目を閉じ深呼吸をした。ゆっくりと右手を上げる。みんなが一斉に体を赤羽に向ける。
なめらかな腕の動きに合わせて盛金のピアノが体育館に響き始めた。
何度も聞いたこの前奏。みんなの真剣な熱意が肌で感じ取れるほどだった。
男性パート。あんなに嫌がっていた黄原の声もはっきりと聞こえる。
赤羽の腕の動きをしっかりと目でとらえながら音を外さないように丁寧に歌う。
異変に気が付いたのは間奏に入ったあたりだった。
赤羽の姿がやけにはっきりと浮かび上がった気がした。赤羽自身の白黒が濃くなったのかと思った。
いや違う。赤羽の周りに色がぼんやりと浮かび上がったのだ。
赤羽の輪郭がゆっくりと縁どられていく。なめらかに動くその腕さえも、
赤羽の色は赤だった。
赤羽と初めて話したのは小学5年生のとき。教室で本を読んでいたら、隣のクラスから男子がぞろぞろと入ってきて「みんなでサッカーしようぜ」と男子を招集していった。
黄原は一番に駆け寄っていったのを今でも覚えている。
僕はいつも本ばかり読んでいてあまり外で遊ぶ方じゃなかったから、声をかけられることもないだろうと思っていた。でも誰かが僕の背中をぽんとたたいた。
「ヒメだっけ?一緒にサッカーしようぜ」
そう声をかけたのが赤羽だった。なんで僕に声をかけたのだろう?そもそもなんで僕の名前、それもあだ名を知っているんだろう?そんなことを思ったけど誘われたのが素直に嬉しくて反射的に「うん」と言ってしまった。
あの時から赤羽の印象は変わらない、みんなのリーダー、熱いサッカー少年。
確かに赤色だ。
赤羽に色が見えるようになってからはどんどんと色が増えていった。
川黒は黒色、いつも赤羽と一緒にいて影のような存在だからだろうか
柴咲は紫色、クラスの女王的な存在、なにかと本気でやろうとする情熱とそっけない態度を併せ持つ彼女は確かに紫色が合う
青木は青色、おしとやかなお嬢様のような彼女にはぴったりだ
他にも、緑、ピンク、水色、茶色、いろんな色が白と黒の世界に咲いた。
ただ色が見えるのは僕と関わりがある人だけなようで、しゃべったことも名前も知らない下級生は変わらず白黒のままだった。
僕は合唱中なことも忘れ色を探すのに夢中になった。きっと見ている人にはきょろきょろしてる変な奴と思われただろう。
赤羽が振り返り丁寧に礼をする。はちきれんばかりの大拍手が体育館に響き渡り少しびっくりした。
歌に集中してなかったからわからなかったけど、そんなに良かったのだろうか。
「これにて第46回森高祭合唱コンクールを終了いたします。」
黄緑色の真島先生の声が体育館に響く。
結果は見事最優秀賞だった。最後の文化祭最高の結果で終われてよかったと思うと同時に、自分は集中して歌えていなかったことを後悔した。
「えー今回合唱コンクール最優秀賞を受賞できたこと、まずはおめでとう」
教室に戻り、帰りのホームルームで田中先生がいつもと変わらない表情で言った。
田中先生は本当に喜んでいるのかと思ったが、そんなことはお構いなしに赤羽や柴咲、黄原までもみんなが立ち上がって喜んだ。当然僕も。
「今日は一日お疲れ様でした。喜ぶ気持ちもわかりますが、くれぐれも帰り道で騒いだりしないように。ちゃんと家に帰って休むように、なにか連絡がある人がいなければこれで解散です」
田中先生は淡々とまるで台本を棒読みしているかのように言った。
ちなみに田中先生は黒色だった。いつも暗いし表情変わらないし確かに合っていると思った。
ただ一つ、川黒と同じというところが納得いかなかったが。
さようならをした後もみんなしばらく教室でおしゃべりしていた。柴咲たち女子はみんなで写真を撮っている。もうホームルームの時に何枚も撮ったのに。女子の中にはうれし泣きしている人までいた。柴咲は「何泣いてんのー?」と笑っていたがそういう彼女もさっきこっそりハンカチで目を拭いていたのを見た。
こうしてクラスのみんなを見ているとみんな少しずつだけど色が違った。
ただ3人を除いて、川黒と田中先生とそしてピアノをしていた盛金
この3人は共通して黒色だった。
なにか理由があるのだろうか。
トイレに行ったときに鏡で自分を見てみたけど自分は色がなかった。少し離れてみたりいろいろ試したけど自分の色は見えなかった。
この能力?と言っていいのだろうか、とにかくこの色の識別にはなんらかの意味があると思う。
今はわからなけどなんとなく悪いことではないような気がした。
みんな十分に優勝を分かち合ったのだろう、ちらほらと下校する人が出てきたころ、僕も帰ろうとロッカーへ向かう時ふと田中先生がいないことに気が付く。いや田中先生だけじゃない、川黒もだ、盛金もいない。一足先に帰ったのだろうか。田中先生ならありうる。でもさっきまで盛金を含め女子は全員集まって談笑していたはずだ。いまもまだ帰る準備をしている者もいるが盛金以外全員教室にいる。考えてみれば黒川は帰りのホームルーム以降見かけていない。みんなで盛り上がっているときに帰ったのだろうか。
そのとき背筋が急につめたくなったような感覚が襲ってきた。
今この教室にいないのは黒色の人たちだけだ。
たまたまだろうか。
何か黒という色に意味があるのだろうかと考えながら僕は教室を出た。
白黒の世界になって初めて外に出るが、外に出てもやっぱり世界は白と黒ばかり
でも今は、振り返れば所々に色が見える。
外に出てみて気が付いたけど、信号の色が見えないと渡っていいのかどうか迷う。
まぁ、慣れれば大丈夫だし、場所によっては青になると音がなるような信号もあってこうなってからは結構助かっている。
僕の家は森高商店街のアーケードを通って、住宅街を抜けたちょっと先にある。
毎日このアーケードを通るからここに並ぶお店は知り尽くしている。八百屋の松さんは毎朝必ず挨拶してくれる。だけど帰りはなぜか挨拶してくれない。一度こっちから「こんにちは」と挨拶してみようと思ったけどなんて声をかけたらいいかわからなくてやめた。そんな松さんは緑と青を混ぜたような色をしていた。
他にも、いつも使ってるクリーニング屋のおばちゃんは薄いピンクだし、たまに行く古着屋の若いお兄さんは濃い紫をしていた。
僕がよく行く古本屋の本森じいちゃんは濁った灰色のような色をしていた。でも所々まぶしいくらいの白と墨汁のような黒がうごめいているような不思議な色をしていた。
本森じいちゃんはいつも古本屋の入り口の椅子に腰かけてパイプたばこを吸っている。今日もたばこを吸いながらどこか虚空を見つめている。古本屋によく行くとはいえ本森のじいちゃんとはあまり話したことがない。だからたまに目が合うと軽くお辞儀してそそくさと立ち去ってしまうのだ。
いつも歩いているなんでもない通学路にいる人たちが様々な色として浮かび上がるのはなんだか楽しかった。白黒の世界になって初めてこの世界も悪くないなと思った。
商店街を抜けると静かな住宅街に入る。この辺は同級生も多く住んでいるから小学校のころはよく遊びに来ていた。この住宅街をちょっと抜けると僕のお気に入りの場所がある。それは小さな公園だ。
山城公園といってブランコとジャングルジム、ベンチが2つしかない小さな公園だけど、静かであまり人が来ないからたまにここで本を読んだりする。
ちょっと立ち寄ってみるかと思い山城公園へ続く細い道を抜ける。
ベンチに老人が座っている。他には誰もおらずブランコが風に揺れてキィキィ鳴っている。辺りはだんだんと暗くなってきていてちょっと不気味だ。
誰かいるのならば帰ろうと思い引き返そうとしたとき、ベンチに座っていた老人が立ち上がってこちらへ近づいてくるのが見えた。その老人の動きはゆっくりであったが、よぼよぼした感じではなくしっかりと地面を踏みしめてこちらへやってくる。
背中に誰かの冷たい手が触れたようなゾッとした感覚が全身を駆け巡った。
僕は今すぐにでも走って逃げだしたかった。だけど金縛りのように足が動かなかない。そしてゆっくりと近づく老人から目が離せなかった。その老人は黒色だった。それもただの黒じゃない、宇宙のようなそこのない漆黒が炎のように老人の周りをメラメラとうごめいていた。
「君はよくここへ来るのかい?」
唐突に、まるで自己紹介を終えた後のようなフランクさで老人は尋ねてきた。だけどその声は見た目にそぐわないほど若々しく冷たかった。
怖くて声が出せなかったけど答えないと殺されると思い僕はゆっくりとうなずいた。
近くで見ると思ったより背が高く、背筋もしっかりと伸びている。遠目では老人のように見えたが、この距離で見るとずっと若く見える。
男は僕を見定めるようにゆっくりと目を合わせた。
その目はまるでアフリカの猛獣のように鋭く、その奥には地獄のような殺意にも近い炎がくすぶっていた。
「君はこっちの人間かい?」
またしても唐突で予想していなかった質問に一瞬恐怖を忘れて困惑した。
「ど、どういう事でしょう」
「ほう、君はこっちの人間ではないと思ったのだが、この質問の意味が分からないのであれば私の勘違いであったようだ」
この人は何を言っているのだ。
こっちの人間とはどういう事なんだ。
僕が相当怖がっていることに気が付いたのだろうか、男は黒い手袋をした手で人差し指を立てた。
「怖がる必要はない。私は君になにも危害を加えようというのではない、君がこっちの人間であるならばね。最後にひとつ聞かせてほしい。君の名前は何という」
僕は今にも恐怖と混乱で気絶しそうだった。
「白雪です」
こう答えるので精いっぱいだった。
しかし僕がそう答えた瞬間、彼の背後に揺れる黒色がいっそう膨れ上がった気がした。
「そうか、君は白雪君というのか」
そういうと男はにやりと不気味に笑った。
「久しぶりだな。やはり君もこっちに来ていたんだな」
そう言う男の目はもはや人間のそれではなかった。今にでも牙をむき出しにして襲いかかってくる猛獣のそれであった。
「人違いです。僕はあなたを知らない」
「いや、私は知っている。君のことを、しっかりとね。厳密にはあっちの君を、だがね。」
知らない、こんな殺人鬼のような人間、一度でも会っていたら忘れるものか。
「君がどうやってこっちの世界に来たのか知らないが、君がなんのために来たのかはだいたい検討が付く。しかし、残念なことにあっちでの記憶はないようだな」
そう言うと男は下げていた皮のカバンから黒いノートのようなものを取り出した。
「これを君は知っているはずだ」
僕は心臓が止まりそうだった。それはあの図書館で拾った本、『亜空間の住人』だった。
僕は再び男の顔を見た。この鋭い目とその奥で燃え盛る怒りのような炎。
ああ、わかった気がする、、、
「私は灰谷だ」
「その様子を見るに、君はこれを読んだということか。運命とは本当に存在するのかもな。記憶はなくともいずれ君は私のところへ戻ってくる。そして君がこれを読んだということは何かしらの副作用が出ているはずだ」
僕は茫然としていた。何がなんだかわからない。よく考えてみれば明らかにこの本を読んでからすべてがおかしくなった。突然色が見えなくなり、そうかと思えばいろんな人が様々な色にひかりだした。この公園に立ち寄ったのも偶然ではないのかもしれない。
「君は目がおかしいな。君の副作用は目か」
副作用とはなんだ。白黒にしか見えなくなったことか。そもそも僕の目がおかしくなったことをどうしてこの男は見破ったのか。
「僕の目が、僕の目がおかしいとはどういうことです?」
「とぼけるな、君はもう気が付いていてその性質までも分かりかけているのであろう?君の目はどうおかしいのだ」
僕は一瞬戸惑った。正直に話してもいいのだろうか。目がこうなってから誰にも相談せずに一人で抱え込んできた。でも今話してしまえば楽になれる気がした。話してしまいたかった。それがたとえ初対面の謎めいた男であっても。
「僕の目は色が見えないんです。すべてが白黒に見えてしまう。信号も果物も、人間も。でも唯一色として見ることができるものがあります。それは心です。心は人それぞれみんな違う色をしているんです。赤や黄色、オレンジに青。白と黒しかない世界なのにこの世のすべての色がみんなの心にはあるようでした。でも、一つだけ、一色だけ何人かに共通する色がありました。」
「それは何色だ」
不思議に思った。こんなに突拍子もない話信じるとは思わなかった。でもこの灰谷という男は疑うそぶり一つせず、あふれだすようにしゃべる僕の話に真剣に耳を傾けていた。あの目を爛々と光らせて。
「黒です」
「君の目は他人の心を色として見ることができると言ったね。では私はどう見える。私は何色だ」
ここで僕はふとあることに気が付いた。僕のこの目は僕に関わりのある人のみが色として見える。でもこの人は初めから黒色に見えていた。
「同じく黒色です」
「そうか、私は黒か、、私のほかに黒色は何人いたのかね?」
「3人です。同じクラスに3人。あと商店街に黒と白が混ざったような灰色のような色をした人もいました。」
その瞬間なぜか僕は死を感じた。理由もなく突然とてつもない憎悪と怒り、そして殺意を浴びた気がした。
「そうか、3人か。3人もこっちに来ていたとはな。いやきっと3人だけじゃない。その商店街の灰色もあっちの住人かもしれない」
灰谷だ。このあふれんばかりの怒りと殺意はこの男から発せられるものだった。
先ほど以上に爛々とぎらつく目と自身に満ち溢れたその風貌はもはや老人には見えなかった。
「白雪君、きみには感謝せねばなるまい。非常に有益な情報を得ることができた。そして君の目は素晴らしい、どうだね、ひとつ私と契約を結ばないか。」
「契約?」
「ああ、知っての通り私は生物学者で動物の目の研究をしている。君次第ではあるが、私に協力するならば君の目を治すための努力をしよう」
「協力とは僕の目の研究をするのですか?」
「君の目はいわゆる副作用だ。だから決して遺伝的なものではないし、ましてや突然変異でもない。そのメカニズムはすでに私は知っているのだよ。だから協力とは君の目の研究をするのではなく、ただ少し私に情報を渡してほしいのだ。その情報を渡してくれたら君の目を元通りに治してやろう」
僕は迷っていた。ここで迷う自分に驚きもした。今日の午前中までの自分であればすぐにでも治してほしいと言っていただろう。
でも今は違う。心を色で見ることができる。この目になって気が付いたこともたくさんある。友達のやさしさ、先生のやさしさ、今まで気にもしていなかったようなことが白黒の世界で可憐に咲く色として見えるようになったのだ。手放したくない。
そんな気持ちを察したのだろうか
「今すぐに答えを出せとは言わない。君が満足するまでその目を楽しむといい。だが、それはあくまで副作用だ。このことは忘れてはならない。そして君はすぐに私のところへ戻ってくることになるだろう」
いつの間にか体が動くようになっていた。僕はもう一度灰谷を見ることができず逃げるように公園を後にした。
「君にはまだこっちにいてもらわなければいけない」
灰谷は走っていく白雪の後ろ姿を見ながらその目をいっそうぎらつかせた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
いかがだったでしょうか。物語の中で分からないこと不思議なことがたくさん散りばめられていたと思います。灰谷とは何者なのか、『こっち』『あっち』とは何なのか。
この『COLOR』という小説はこれで完結ですが、別の作品で、同じ舞台、今回出てきた人物が登場する同じ時間軸・世界線の作品を書いていく予定です。
ぜひお楽しみに。