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【1/3】異世界、転移 

独立した物語のため、本編をお読みでない方にもお楽しみいただける内容になっておりますが、

本編の15話くらいまで読んでるとよりお楽しみいただけます。

アア……終わった……オワタ。



愛着があったというほどでもないが、住み慣れた家が。

古い2階建ての木造住宅が、全焼。

野次馬と消火服を着ていない制服の消防隊員が何か話しながら、俺に近づいてくる。


「あなた、宮本さんのご家族?」


「いえ……あ、いや、まあ、そうかな」


「?」


俺が言い淀んだことに少し(いぶか)しげな視線を向けてくる制服の消防隊員。


「あ、えと俺はここの家の子ってわけじゃなくて、遠縁から引き取られてですね」


煙くさい空気のなか、簡単に俺の身の上を説明する。

もともとシングルマザーだった母が外国人の男と行方不明になって、遠縁の親戚に預けられて中学時代を過ごし、高校には入学しなかったこと。

貯めたバイト代で調理の専門学校に通っていること、火事があった夜は友人の家に泊まっていたこと。


「18歳、か。頼れる人はいる? この土地の所有者とか、わかるかな?」


俺は首を横に振る。

母親が消えたときも、身寄りを聞かれたが答えられなかったなあ。遠縁の親戚といってたけど、お世話になったおばさんは亡くなったのだろうか。


「あの、おばさんは……」

「身元確認はご近所さんがしてくれたから」


煙に巻かれて亡くなったおばさんの遺体は火の手を逃れたようで損壊は少なく、既に搬送されたのだという。


お世話になった方が亡くなったのに、悲しいという気持ちはほとんど湧かない。


おばさんは俺を可愛がることはしなかったし、関わりは最低限だった。学費や生活費、そして住まいを提供してくれてはいたが家族というより経済的な補助もしてくれる同居人という感じだ。


(それでも、唯一の身寄りだったからなぁ)


陽が傾き、野次馬が徐々に姿を消す。

18歳だから保護はできないけど民生委員に相談するよう、消防隊員が優しい声で言い残して去っていく。


周囲に延焼するような家も無く、田んぼと雑木林が広がる片田舎の古びた家。

学校まで遠く、舗装されていないあぜ道を自転車で毎日通った中学時代。


(これからどうすりゃいいんだ?)


燃え残った庭のすみに、薄汚れた犬小屋が見える。

何年もこの家に住んでるのに一切懐くことがなかった雑種の犬、クルミは逃げたのだろうか?


自分の身の上もどうすればいいのかわからないのに、急にクルミが心配になった。


雑木林のほうに逃げたのかもしれない。


「クルミ―!」


きゅうん、という犬の鳴き声が聞こえたような気がする。


クルミを探そうと雑木林のほうへ。


雑草だらけの小道に分け入った瞬間、妙な(くぼ)みがあったのかガクンと身体が(かし)ぐ。


「えっ!?」と思った瞬間、俺の意識はブラックアウトした。








「勇者様!」


クラリとフワついた頭を押さえ、聞き慣れない声に目を開く。


「え、どこ……ここ?」


チカチカする視界。

ようやく周囲がゆっくりと輪郭を取り戻す。


見えたのは、大勢の顔。野次馬か?


俺を、数人の男たちが囲んで心配そうに見つめてくる。


「だ、誰? っていうか何、その恰好? もしかして……民生委員?」


アニメやゲーム、あるいは歴史の教科書で見るような長いコートのようなマントのようなものを着た男たち。おじさんのような年齢の人もいるし、少年もいる。


民生委員なわけがない、と思いながらも、俺を気にかける見たこともない人たち、というとそれしか思い浮かばない。


あれ、さっきまで薄暗い夕方だと思っていたのに、妙に明るい。


「今回の勇者様は年齢が上でいらっしゃいますね」

「みんせいーん、とは何だ?」

「さあ……意識もハッキリしているようだ【魔読みの石】を用意せよ」

「おや、従魔もご一緒に召喚されたようだぞ」


マントの男たちが好きに会話する中、俺は周囲を見渡す。


(なんだここ? 王宮?? 教会??? こんな場所、家の近くにあったか?)


石の床と高い天井。

立派な石の彫刻が並ぶ壁、壁掛けのランプ。


高い天井まで伸びる細長い窓から差し込む柔らかな光。

さっきまで夕方だと思っていたのに、外は昼のようだ。

俺、もしかしてものすごく長い時間意識を失ってたのか?


天井は中学校の体育館くらいあるが、広さはその半分ほどだ。


(いや、これってゲームとかで見る……聖堂、みたいな?)


「勇者様、混乱されてるようですね。ご説明いたします。私の名はジェイク・アシュフィールドといいます。ジェイク、とお呼びください」


「ジェイク」


俺と目線を合わせるように膝をついたその男は、俺と年齢が変わらないように見えた。赤紫色の艶のある髪を、後ろで一束にしている。眉もまつ毛も髪と同じ赤紫色で、瞳は少し明るめのグレーだ。


「その髪、天然? ナニ人???」


「順を追ってご説明しますね。我々は貴方を歓迎します。……勇者様、お名前は?」


「あっ、悪い。俺は宮本玲央。っていうか勇者様? 俺のこと???」


「レオ様。この度はこの世界に来て頂き、我々聖殿の司教一同、心より歓迎いたします。どうかその御力をこのユニヴェールのために(たまわ)りたく存じます」


「え? この世界??? ゆにべーる? ちょっとまって、全然話が見えない」


「すぐ他の勇者様たちとお会いできますよ。彼らに説明したもらったほうが理解が早いはずです。それより、その魔獣はレオ様の従魔でよいのでしょうか?」


ジェイクが指差した先には、見たこともないほど豪奢な金色の毛の狼がいた。いや、狼にツノは生えてないだろ普通。

(なつ)いてるというより冷ややかな目つきでお行儀よく座り、ジッと俺を見ている。


見た目は全然違うが、その冷ややかな目つきにはどこか覚えがある。


「もしかして、クルミ?」


「そうだ」


「生きてたのか! ……よかった。いや、っていうか全然見た目が違うけど!?」


「見た目は知らんが私はたしかに死んだ。家が焼けたときに」


「え? ああ、家が焼けた……そういやそうだったな、そんなことも……あったなぁ」


そんなこともあったなぁじゃねーわ。

俺は急に現実に引き戻される。

家が火事に遭って、おばさんが亡くなって、俺は天涯孤独になって

これからどうやって生きればいいかわからなくなって……。


「おばさん、亡くなったんだよ」

「知ってる」


クルミ、やっぱりクールな性格だったんだな。

こりゃ尻尾振って懐くようなタイプじゃねえわ。

ふと、色々と情報過多で大変なことを見逃していた。


「えっ? 俺、オマエと……クルミと喋ってる!!?」

「ああ、姿が変わり、喋れるようになった」


そうなのか、と混乱した頭は素直に受け入れてしまった。


「レオ様、魔狼と会話できるのですね。やはり従魔で間違いないようです。危険はないようだ、衛兵は下がれ」


その声に、武器を手にした甲冑姿が俺たちを取り囲んでいたことにやっと思い至る。


「従魔と共に召喚されたのはレオ様が歴史上、初めてですよ」


ジェイクはフフ、と笑う。


「じゅうま……クルミは俺の命令を聞くわけじゃないんだけど。全然懐いてないし」

「いや、レオ。この世界ではそういう存在でいたほうが都合がいいようだ。従魔ということにしておけ」


クルミは偉そうにそう言うと、俺の側に近づき、ピタリと寄り添って座る。


「まあ、そう言うならいいけど……一応、心配したんだぞ」


俺はクルミの耳の下あたりの顎をガシガシと掻くように撫でる。

気持ちよさそうに目を細めるクルミは、柴犬のような、そうじゃないような見た目の黒っぽい茶色の中型犬だったのに。

今はまさに狼。金色の毛は思いのほか柔らかい。

なんとなく心細くなって、抱きつくように腕を回したがクルミは嫌がらなかった。

前だったら絶対(うな)ってたのに。


「レオ様、立てますか? お部屋をご用意しておりますので、そちらで先達(せんだつ)の勇者様たちにご説明を賜りましょう」


ジェイクは優しく背に手をあててきて、立つように促してくる。

子供の頃を思い出しても、こんなふうに気遣われるのは慣れていなくて少し面映(おもはゆ)い。



聖堂だと思っていた場所は、正しく聖堂だったらしい。


左右に庭園が広がる渡り廊下を通って、白い石造りの城のような建物に入ると

吹き抜けのエントランスホールのような広い空間に出る。


「おー。アンタが今年の『召喚勇者』か」

「なんか、大人だね! トシ、いくつ? 名前は?」


親しげに話しかけてくる、見慣れた髪色と瞳の少年たち。


「18……えっと、アンタ……いや、キミたちも……? あ、俺は宮本玲央」


なんかホッとしてしまった。見知らぬ外国で日本人に会ったような安心感。

見知らぬ外国なんて行ったことないけどな。


「うん、日本人だよ。俺、清水遥輝(しみずはるき)! 16歳! おととし、この世界に来たんだ」


「俺は加賀里真尋(かがりまひろ)。この世界に来て4年になる。19歳。っていうかその魔狼、キミの従魔なの? 大きいなあ、本物の魔狼はじめて見たよ」


「『この世界』……? ああ、そう。やっぱ、異世界なんだ」

俺はクルミの頭をなんとなく撫でる。


頭の片隅でなんとなくそうなんじゃないかと思っていたが、やっぱりそうなのか。

アニメや映画でそういうジャンルがあることは知ってはいたけど、ちゃんと見た作品はほんの少しだ。


「あ〜、馴染みのないタイプかぁ。ちょっと説明が大変だなぁ」遥輝が笑う。


「俺も詳しいわけじゃないが、一応小説やアニメはいくつか見てたから、割とすんなり受け入れられたものだけど……まあ、普通にすぐ受け入れられるような状況じゃないよな」

真尋は気を遣ってくれたのか、困った顔で笑う。


犬も一緒に来て、魔狼として従魔になるなんてなかなか羨ましいと言われた。


俺は同じ境遇で同じ年頃の人物が存在したことにすっかり安心してしまい、色々な疑問が後回しになった。それよりも、彼らと理解を深めるほうが優先と思えたからだ。


「会っていきなりこんなこと聞くの、普通は失礼かもしれないけどさ。玲央……って呼んでいいよな? 玲央も、いわゆる天涯孤独、ってやつなんじゃないか?」


何故それを、という顔にでもなっていたのか遥輝も「おれもそうなんだ」と言ってきた。


「どうやら、この世界に召喚される奴らの選別方法っていうのが、元の世界で『因果律の繋がりが薄い者』らしいんだ。まあ、この言葉は魔導士のオッサンの受け売りだけどさ。つまり他人との繋がりが薄い奴ら、ってことらしい。俺もそうだったし」

真尋は達観したように苦笑する。


「俺も俺も! 中学じゃイジメられてたしさ、親もクズだったし。何度死んでやろうかと思ってたくらいだからこの世界に来れてむしろ嬉しかったんだけどさー」


遥輝はケラケラと笑いながらものすごいことを言い出した。


「最初は嬉しかったんだ。でも、話が違うっつーか。俺ら、別にメチャクチャすごいチート能力も無いし、現代知識が豊富ってわけでもないし。こんなことになるならもっと勉強しときゃよかったーって思うよ」


はあ、と溜め息をつく遥輝は言葉ほど悲観した顔には見えない。


「勇者様、なんて呼ばれてるけど、俺たちは適性が無い上に体格も小柄だからな。戦いには出してもらえないんだ。早く誰かの役に立ちたいとは思うんだけど……」


真尋が暗い声でそういうと、遥輝がウンウン、と頷く。


「え、ちょっと待てよ。オマエら……戦いたいのか? こういう、狼みたいな魔獣とかいるんだろ? そういうのと戦いたいワケ? ってか適性ってなんだよ???」


遥輝と真尋が顔を見合わせる。


「ああ、別に無理やり戦わされることなんてないから安心しろって」


「俺ら勇者様とか呼ばれてるけどさ、何もせず2年とか4年とか、この聖殿で鍛錬してるんだ。何かしら結果出して、誰かの役に立ちたいって思うのは普通だろ?」


適性があれば別だけどな、と真尋が苦々しい表情になる。


「あ」


遥輝が何かに気づいて、俺の後ろに視線を向けて笑う。振り向くと、広い廊下を抜けて立派な鎧を着た6人の男たちが姿勢良く歩いて近づいてきた。


「キミが今年の召喚勇者か。私は葦原慶太郎(あしはらけいたろう)という」


背の高い、額からこめかみにかけて大きな傷のある背の高い鎧の男が親しげに右手を差し出してくる。あまりにもファンタジーな鎧姿のせいか、それが握手を求める仕草であることが頭から抜けていた。


慌てて握手に応じながら名乗る俺に、葦原さんは優しげな笑みを浮かべる。


「玲央くんか。突然、召喚なんて目に遭って色々とまだ混乱してるだろうが……俺たちも同じ状況でこの世界へやってきた。わからないことがあったら頼ってくれ」


「慶太郎さん、これから討伐ですか?」


「ああ、べリューン地方へ行ってくる。数は多いらしいが、まだ個体ごとの強さはさほど大したこと無いという話だ。俺は念の為の保険さ、ははっ」


「お気をつけて……無事で帰ってきてください」


「ああ、ありがとう。行ってくる。遥輝、真尋。玲央くんをフォローしてやれよ」


現れた時と同じように姿勢良く歩いて去っていく葦原さんは、立派な鎧のよく似合う、まさに軍人という出で立ち。


黒髪黒目はファンタジー衣装なんて似合わねーよ、と友人が笑っていたのを聞いた覚えがあるが、体躯が立派であれば顔立ちや髪の色なんて関係ないんだな、とボンヤリ思った。


彼に付き従う同じ鎧の兵士たちも、葦原さんの側に立てることを誇りに思ってるかのような威風堂々とした立派な体躯の男たちばかり。だが髪の色はファンタジー世界よろしく、金髪や緑や青など様々。


「あの人も、俺達と同じ……」

「ああ。慶太郎さんはスゲェんだ! 【適性持ち】っていうのもあるけど、召喚されたときから全然違ったらしい」

「自衛隊の工科学校にいたらしいからな。オレたちとはちょっと違うよ」


自衛隊!? 実際の隊員ではなかったとしても、なかなかにガチの軍人じゃねえか!


「玲央、行こうぜ。俺ら、実は葦原さんの見送りのためにここで待ってたんだ」

「こんなとこで立ち話続けるのもナンだし、俺らの部屋に案内するよ」


遥輝と真尋に案内され、城とも呼べる広い建物を進む。


壁の両側にドアが並ぶ廊下に入ると、一箇所のドア前にいた先程の3人のマントの男たちがこちらに気づく。


「遥輝様、真尋様。お部屋にいらっしゃらないので探しました」

「すみません、慶太郎さんの見送りに出ていたので」

「ああ、べリューンの要請で出立なさったのでしたね。」


真尋がドアを開けると、遥輝もマントの男たちもその部屋へ入っていく。

俺も促されて入ると、そこは談話室のようになっていた。

クルミもスルリとドアを抜けて入ってきて、そこらじゅうをクンクンと嗅いでいる。


肉厚な絨毯と落ち着いた色合いの壁紙、小さなシャンデリアがいくつもぶら下がっていて

大きなローテーブルとソファ、立派なレンガ造りの暖炉の上には写真のようなものや謎の置物が並んでいる。


「玲央、お腹すいてない?」

「え? いや、どうかな……うん、まあちょっとすいてるかも?」

「はは、まあそれどころじゃないよな! ジェイクさん、お願いできますか?」

「承知しました」


ジェイクは丁寧に頭を下げて部屋を出ていく。

なんだかものすごく大事にされてるようだけど、それに見合うようなことをしていない俺は落ち着かない。


「食事、用意してもらえるのか? ……俺、金ないけど」

「これから玲央も、ここで暮らすんだよ。食事も、生活費もこの国の税金で」


元の世界で途方に暮れていた俺には渡りに船。

とはいえ、見ず知らずの世界で、国で、税金で暮らすなんてさすがに少し裏がありそうで怖い。

生活の保証に見合うものを国に差し出さなくてはならなくなるのではないかと、ビビる。


サンドイッチを持ってきたジェイクにやんわりそれを伝えると、ハハハ、と笑った。


「あなた達の世界の人間は、とても義理堅くて誠実なのですね。召喚の後に生活は保証することを説明すると、たいてい皆さんそのようなことを仰られます」


ある意味、元の世界ではまっとうな意見だと思うのだが、それが召喚勇者様などともてはやされる理由なのだろうか。


「因果律の糸薄き者、とはいえ元の生活と世界の全てを奪って拉致と同じようにこの世界へ召喚したのです。生活の保証くらいはしますが、たしかに下心が全く無いというわけでもありません」


サンドイッチを差し出されて、俺は素直に受け取って食べる。

コンビニでよく見るハムサンドのようなシンプルな具だが、少し風味が違う。パンも小麦の香りが強く、少し固い。


思いのほか腹が減っていたようで、パクパクと食べ進める。


「割と元の世界と近いだろ? この世界じゃ200年も昔からずっと、召喚勇者と呼ばれて俺らの世界の人間が召喚されてたらしいから意外だけど、信じられないほどかけ離れてる、って事もないんだ」


「そうそう、トイレも風呂も綺麗だし」


「さすがに醤油や味噌はないけど、料理はふつうに美味しいよ。胡椒や香辛料は高級品だから贅沢は言えないけど」


最後の1つとなったサンドイッチを、そういえば、と思い至ってクルミに差し出すが食べようとしない。

「腹、減ってないのか?」

「それは食い物なのか?」

クルミがフンフンの匂いを嗅ぐが、やはり好みに合わないのか興味を無くしたように俺の座るソファの足元で身体を横たえる。俺は最後のサンドイッチを頬張った。


「なあ、玲央。もしかしてその魔狼と会話できてんのか?」

「んえ? んぐ、普通に喋ってるけど、俺にしか聞こえてないのか!?」


「俺らには普通にワウワウ言ってるようにしか聞こえない」

「マジか!?」


パクリとサンドイッチをたいらげると、完璧なタイミングでほうじ茶のような香ばしい匂いの飲み物を出され、一気に飲み干す。嗅ぎ慣れない香りのお茶だが、悪くない。炭酸飲料が欲しいところだ、というと遥輝も真尋も同感だ、と笑った。


「召喚勇者様によってもたらされたものはこの国だけでも多くあります。といってもそれは副次的なもので、本題はこちらです」


そう言ってジェイクは懐から布の塊を取り出して広げる。

布の中には、片手で握れるくらいの歪んだ楕円の水晶。


「これは『魔読みの石』という、簡易的に属性適性を調べるための魔晶石です」


「ましょう、せき?」


「これを握れば、玲央様の身体に宿る魔力の傾向、すなわち『属性』の適性があるかどうかが分かります……が、その前にこの世界について少し説明いたしましょう」


ジェイクはそっと石をテーブルに置き、俺に向き直る。


「この世界では、有史以来ずっと我々の生命を脅かす存在があります」


ゲームの世界であれば魔王とか魔物とかいう「人ならざるもの」みたいな存在かな?


「俺らの感覚じゃ、魔物とかそういうモノなんじゃないか、って思うよな?」


遥輝に図星をさされて、少し照れる。

「俺もそう思ってた」と真尋がフォローしてくれる。


「この世界の『魔獣』は、そちらの……レオ様の従魔のような血肉を持つ獣。人間や亜人以外の生き物を指します。知性も個体によって様々で、凶暴なものもおりますが人間と共存するものも多くいます」


つまり元の世界でいうところの野生動物と大差ないということか。

飼育されて家畜とされる動物もいれば、野生で人間を襲う動物もいる。


「我々の脅威はそういった魔獣ではありません。『アンデッド』と呼ばれる、全てに死を(もたら)し、自身は死を持たざるモノ、です。」


「アンデッド……」


ウーウーと力なく唸りながら、ズリズリと歩いて生者を襲うゾンビがイメージされる。


「まあ、そういうのもいるけど、それは発生初期のアンデッドだね」真尋が俺のイメージを聞いてそう言った。


骨のような姿もいれば獣の姿もあり、さらには強くなると筋骨隆々のアンデッドも存在するらしい。俺は某サバイバルシューティングアクションゲームを思い出す。


パニック映画でもお決まりの題材であるゾンビだが、お決まりの設定として、襲われた生者が次々とゾンビになってしまうという恐ろしさがある。


「それもアタリ。アンデッドに襲われた生者は、アンデッドになる」


俺はサァッと血の気が引いてしまった。

もしかして俺たちがいるこの城は人類に残された最後の砦で、外に出ると危険なアンデッドたちがウヨウヨと跋扈する世紀末みたいな世界なのか、と。


「本当に、あなた達の世界の感覚というのは……なんというか、両極端ですね」


ジェイクが苦笑するけど、それは架空の物語の世界なんだけどね、と念の為補足しておかないと。間違ってもそんな境遇に慣れているなんて思われては困る。


「我々人間にとっても亜人にとっても、そして魔物でさえ、アンデッドは共通の敵です。あれは存在を許してはならない、すべての生命の敵。我々ユニヴェールに生きる全ての生命に課せられた業苦(ごうく)でもあります。」


この世界では有史以来ずっとアンデッドとの攻防戦を繰り広げている。人類やその他の生き物は、社会生活を(いとな)めるほどにはアンデッドに対抗しうる力を持っているということだった。


「我々、コレクト聖教共和国でも他の国でも、アンデッドは最優先に対処すべき国難。アンデッドが減った時期には国同士の戦争が起こったこともありますが、基本的にはどの国も市街地のアンデッド対策は万全です」


小さな村や街でも、発生したアンデッドが入り込めないような対策が施されている。アンデッドは発見次第すぐさま国境や勢力に関係なく討伐が許可され、功績を上げれば国の境界に関係なく名誉を与えられるほどだという。


「我がコレクト聖教共和国でアンデッド討伐のための軍は、我々僧兵が担っております」


「僧兵? ジェイクさんも兵士なんですか?」


「はい、この建物に住まう者たちは共和国の中枢ではありますが、政治とは一線を置いて人民の命と財産を守る聖教僧兵軍です」


誇らしげにそう言ったジェイクに、俺は苦々しい気持ちで目を伏せる。

まさか、俺に適性があったらその軍に入らされるのだろうか。


(怖い)


たしかに元の世界では火事という災難にあい、これからどうしようか、このまま死ぬまでバイトで食いつなぐわけにもいかないしなぁ、とやんわり命の危険を感じたものだが。


(レベルが違う)


「まあまあ、玲央。怖いのは分かる。いきなり戦えって言われたって、平和で命の危険もなく普通に暮らしてた俺らがすぐに戦えるワケないんだ」


ハッと真尋を見る。


「200年前、異世界召喚を始めた当初はそういう事もあったみたいだけど、あまりにも俺たち異世界人が戦闘慣れしてないから養成期間を設けたらしいよ。戦いたくないというのなら無理に戦わされるようなこともない」


遥輝の前の年に召喚されたヤツは、戦うなんてゴメンだと言ってこの施設を飛び出したらしい。そんなのもアリなのか……拉致とはいうが、元の世界のどこかの犯罪国家とはまた違うんだな。


「一応そいつも、当面の生活費みたいなのもらってさ。今は城下町の……あ、ここはコレクト聖教共和国の首都のキャレトレールって町なんだけど。まあ、すぐ近くの商会で経理みたいな仕事やってるよ」


遥輝はケラケラと笑いながら言う。


「へ……兵士にならない、って選択肢もあるのか」


「そう。昔は無理やり、みたいなこともあったらしいけど、無理やり戦わされるヤツが軍隊にとってどれくらい役に立つかなんて、想像すればわかるだろ?」


「そういえば葦原さんの後に来た隣国の異世界人には、貴族の女性と結婚してちゃっかり貴族に収まってるヤツもいるってさ」


遥輝も真尋も軽い様子で過去の同じ境遇の【異世界転生勇者】たちのことを語っている。


「戦っても戦わなくてもいい、なんて正直……話が出来すぎてないか? じゃあ俺たちって、なんで召喚されたんだよ? 単なる兵士ならこの世界の奴らでもいいんだろ」


俺は疑問をそのままぶつけた。

ジェイクがコクリと頷く。


「その通り。異世界人を召喚するのは、それなりに理由があります」


そう言って、テーブルに置かれた魔晶石に視線を向ける。


「アンデッドとの戦いは、この世界では逃れることの出来ない業苦です。対アンデッドとは戦い慣れてるとはいえ、もちろん各国とも討伐軍の被害は少なくありません」


フウ、とジェイクが一呼吸おいて続ける。


「アンデッドは、剣で立ち向かうには危険が大きい。魔獣と違って痛みで怯んだりしませんし、真っ二つに斬り裂いても攻撃が止まらない。そんな厄介なアンデッドを最も効率的に倒せるのは、魔導なのです」


「まどう?」俺がピンとこないというように首を傾げると、

真尋が簡潔に教えてくれる。「魔導士、の魔導だよ」


「魔導士……魔法がある世界なのか!! えっ、炎とか手から出せたりすんの!?」


「まあ、できるやつはできるよ。俺らは無理だけど」


それで、適性とくるわけか。なるほど!と手を打つと遥輝と真尋が顔を見合わせて笑う。

きっと過去、いろんな異世界人が同じリアクションをしてきたんだろう。


「それで、適性調査というわけです」


ジェイクはテーブルの石を指す。


「魔力が高ければ、適性はあってもなくても上々。俺たち異世界人に限らず、魔力さえあれば適性の有無に関係なくいろんな魔法が使えるのは同じ、なんだけどな。俺たち異世界人は、一応……なんか、小学校とか中学校で習った科学や物理の概念をもとに多少、魔導が使いやすくなるらしいよ。俺は正直、あまり実感してないけどね」


「何らかの属性の適性があれば、さらに上々。【土】【水】【風】【火】の基本4属性といわれる属性は、適性があれば効率的に強力な魔導を繰り出せる。俺たちは残念ながら適性は無かったけど、魔力はこの世界の人達よりもずっと高い。だから魔導士になれるよう頑張って、この世界の役に立ちたいと思ってるんだ」


「そして、稀少属性といわれる【光】と【闇】……もし、この属性を持っていたら」


ジェイクが少し言葉を切る。


「無理にとは言いませんが、魔導士となって戦って頂きたい。……もちろん拒否もできますが、仮に逃れたとしてもその後の人生は平坦ではないでしょう。稀少属性を持つのであれば他国や貴族といった有力者から激しい取り込みの誘いがかかるでしょうからね」


すこし苦々しい表情を浮かべて、ジェイクは続ける。


「アンデッドに最も有効とされるのは【光】と【闇】の属性なのです。【光】と【闇】の魔法が使える魔導士が1人いるだけで、討伐軍の生存率は劇的に跳ね上がります」


俺はゴクリと喉を鳴らして、魔晶石を見つめる。


もし、俺が【光】と【闇】の適性を持っていたら……。


緊張する俺をよそに、クルミが「クアァ」とあくびをした。


この野郎、他人事だと思って!!

いや、そういえばクルミはメスだったか? と、どうでもいいことを思い出した。


「現在、我が共和国には【光】と【闇】の適性を持った魔導士はいません。隣国であるオロペディオ連合王国にも適性持ちは在籍してないという話ですが、適性無しでも高い魔力を持った【ギフテッド魔導士】と呼ばれる異世界転生勇者がいるようです。」


「同じく隣国のギフトゥエールデ帝国は元々、異世界転生勇者に頼らないアンデッド対策が豊富なためか現在は異世界転生の実施を見直す政策が持ち上がっており、魔導士隊が衰退しているという話です」


「【光】と【闇】の適性持ちは他国からヘッドハンティングされやすいので、適性を持っていたとしても秘匿する可能性があります。共和国も帝国も、適性持ちはいないと言っていますがどこまで信用できるか」


ジェイクの後ろに控えていた魔導士たちが、次々と口を開く。


つまりは、この国では現在【光】と【闇】を持つ魔導士が渇望(かつぼう)されてるということだ。


そしてその期待は、今この俺にものすごく向けられている!!!?

ということか!?


「玲央、気負う必要ないぜ。もし【光】と【闇】の適性持ってたら、それがいわゆるこの世界でのチート能力ってやつだ。アンデッドにやられることはまずない」


「適性が無くても、この世界で好きに生きられるんだ。まずは調べてみないと」


歪んだ楕円の水晶のような石を、ジッと見つめる。

この世界の運命が、この適正調査にかかってるのか。


俺は、震える手を魔晶石に伸ばした。

おばさんはフルリモートのデザインディレクターです

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