報復 Revenge
私は猛烈に腹が立っている。ブリッジをしてるわけではない。原因は妻である。彼女は私の大事な飛行機を破壊した。といっても、実機ではなく、紙飛行機だ。つまり、ペーパクラフト。
完成した飛行機をさっそく飛ばしたくなるのは人間の押さえきれない衝動だ。この衝動に従い、私はよく屋外で飛ばしに行くまえにリビングで試す。それが悪かった。ソファーに不時着した飛行機は、私が制止する間もなく、妻の尻につぶされてしまった。空を飛ぶ機能は、失われた。<エンデュイング・フリーダム>、と名付けたのに、恒久の不自由になってしまったではないか。それも今回が初めてではない。五回目だ。妻の尻に五機もつぶされた。怪獣映画のモンスタだって、尻だけでそんなには破壊しないだろう。まったく、けしからん尻である。それでも、丁寧に謝罪の意を表せば、私とて穏便に済ます心構えはあった。それがどうだ。妻はふてぶてしくいうのだ。「あぁら、ごめんなすわぁい」と。すわぁい、とはこれいかに。
こういった諸事情から、ついに私は妻に報復攻撃を決意するに至った。飛行機の恨みは、飛行機でかえそう。妻の後頭部めがけて、紙飛行機の特攻をしかけてやる。
標的はソファー(破壊現場)に大人しく座っている。本を読んでいるようだ。
私はリビングの端まで後退する。妻とは五六メータほどの距離だ。
一機目は、双垂直尾翼の飛行機。難点は、あまり飛ばないこと。狙いを定める。リフト・オフ。妻に向かって直進。よし。しかし、寸前で上昇。対象を外す。おしい。気を取り直す。
二機目は、複葉機。難点は、ぜんぜん飛ばないこと。リフト・オフ。最初はよかった、が徐々に右に逸れはじめ、最終的にはテレビにぶつかる。ぜんぜん当たらない。
ここで、さすがに不自然に思ったのか、妻は私を振り返った。目つきが険しくて怖い。
「ねえ、狙ってない」と疑問形。
「ううん、狙ってない」と終止形。
妻は渋々読書に戻る。
ああ狙っているのだよ、と私は心で毒づいた。だが、知ったころにはもう遅い。私は最終兵器を取り出す。名は<ジャイアン>。重量級のペーパクラフト飛行機だ。主翼は一メータはある。難点は、まったく飛ばないこと。これを、妻に、行け。
私の怒りを乗せた飛行機は、なんと、見事に妻に当たった。その直撃っぷりなど、思わず「当たっちゃった……」とつぶやいてしまったほどだ。録画してホームビデオのバラエティ番組に投稿したら、ハプニング大賞を受賞できるかもしれないな、とぼんやり考える。
妻はゆっくりと首を動かして、こちらを睨んだ。
「ああ、あれだね……」私は恐る恐る弁解する。「その飛行機、きっと君が好きなんだ」
次は、私が妻の尻につぶされる番かもしれない。