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終わりの町で鬼と踊れ  作者: 御桜真
第五章
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生への執着と欲望 2

 俺たちは奴らを吸血鬼と呼ぶけど、あいつらは化け物じゃない。

 知ってる。ただの人間だ。

 ちょっとばかし狂暴で、身体能力が強くて、傷の治りが早くて、ぜんぜん老けないだけの。

 日の光で火傷を負うようになり、他の生き物の血でしかいきられなくなったとしても。奴らの寿命がどうなってるかは、今のとこ分かってないけど。


 まあ、十分化け物じみてるけど、もともとは人間だった。


 母さんが、俺が吸血鬼を狩るのを嫌うように。ただの病気だ。

 これが広まる前に、暴動が広がる前に、誰かがどこかで食い止めて、きちんと研究していれば、なおるものかも知れなかった。


 物語の吸血鬼は、狂犬病がモデルなのかもしれないという説があるのと同じように、これも新しい病気で、そういった物語の怪物に見えるだけなのだろう。


 ――なんでだよ。今更。


 俺は奴らが憎い。

 俺たちはいつだって閉塞感でいっぱいで、人間の数は減る一方だ。

 子供の数は少なくて、食料が無ければ吸血鬼だって、いつか滅びるしかない。


 どちらかが滅びるのなら、奴らを消すしかない。

 俺はいつも、あいつらをみんな消し去って、浄化して、大手を振って街で暮らせることを願ってる。


 父さんの敵を討って、七穂が窮屈な思いをしなくていいように。


 なのに、なんだよ、今更。

 なんで、ちょっと苦しい。いたたまれない思いが湧いてくるんだ。


「俺はお前らが嫌いだ。あの黒い奴が俺の父さんを殺した。俺は、母さんと妹を守るって、父さんと誓った」


 ――父さんは俺が十二の時、吸血鬼に襲われて死んだ。

 俺は、俺のせいで父さんが死んだのを、奴らのせいにしてるだけだ。知ってる。


「お前らなんて、消えればいいって思ってる」

「ああ」

 覚えのある感情なんだろう。紗奈はうなづいただけで、俺を責めたりしなかった。


 姪浜めいのはま駅は地下鉄駅だが地上にある。

 他の電車と連絡しているかららしい。だから、吸血鬼たちがやってくる心配は、ほかの沿線よりもずっと少ない。

 駅にはシャッターが下りて、中に入れないようになっている。


 俺は浮かれていた。

 島から出るのは、三度目だった。父さんも他の人たちも、用心はしていたけれど、ここは能古渡船場から歩いて二十分くらいの距離だし、勝手知ったる場所だから、ちょっとは油断があったのかもしれない。

 ――もう三度目だったから。


 慣れてきて油断して、一番危ない時期だ。

 近づかないように言われていたシャッターに、俺はのんきに近づいた。

 一緒に来ていた志織しおりさんが、あー悪いんだー、と茶化した。


 ふいに、日陰から少年が姿を見せた。


 黒いケープコートを着て、チェックのストールをぐるぐるに巻いた少年だった。

 さらさらの黒髪の下から、白い肌が見える。黒々とした目が、俺を見て笑った。


 日に焼けた俺たち島の子供とは大違いの、見たこともない、きれいな少年だった。


 唖然とした俺の横で、志織さんが叫ぶ。大人たちが駆けつけた。

 父さんが、俺に襲いかかった奴の手から俺を引っ張って、後ろに放り投げた。


 俺は地面にひっくり返った。

 その俺の目の前で、父さんは奴に噛みつかれた。


 そして血を流しながら、地下鉄駅のシャッターの奥に引きずり込まれそうになっていた。


 奴らは人間を狩ると、連れて行って血を抜き取って保管する。

 俺は滅茶苦茶にわめきながら、奴の方へ突進した。それからよく覚えてない。


 父さんは連れていかれなかったけど、死にかけて地面に倒れていた。何人かの大人たちも。

 志織さんはロータリーのど真ん中で震えてた。


 ――妹と、母さんを守れ。

 それが、父さんの最期の言葉だった。


 わかってる。言われなくても、わかってる。

 吸血鬼たちをみんな滅ぼして、家族と島を守る。そのつもりだった。


 だけど、さっきの史仁と杏樹が脳裏から離れない。吸血鬼だって好きでなったわけじゃない。


「飲めよ」

 俺は憮然と腕を突き出した。血がどくどく流れてく。


 紗奈はきょとんとして顔をあげる。わかってる。俺だっておかしなこと言ってるの、わかってる。


「……いらない」

 青白い顔で紗奈は言う。


 死にたくないと言うくせに、かたくなに人間の血を絶って、どうするつもりなのか。

 多分、自分でも分かっていないんだろう。


「どうせ流れてくんだから、もったいないだろ」

 ぶっきらぼうに言うが、紗奈は少し身じろぎしただけだった。うつむいて言葉を落とす。


「いらない。人間の血を飲んだら、あたしも本当に、ただの化け物になる気がする」

「お前、杏樹たちを見て化け物だって思ったのかよ」

「いや――でも……」

 紗奈の声は弱々しい。


 血を与えることは、そいつの命の糧になって、その体の一部になることだ。それで死んだのだとしても。史仁が言ったように。

 ――シャクだけど、確かにそうだ。


 そんなの、いきなり襲われて噛みつかれて死んだ人間からしてみれば、理不尽で仕方ないけど。


 弱者は死ぬべきなのか。そんなの、許せない。それを肯定したら、七穂は生きていけない。


 適者生存なら、俺たちか吸血鬼か、どちらが生き残るのか。

 俺たちが全滅すれば、捕食するべきものがいなくなって、吸血鬼は滅びる。共倒れだ。だから意味がない。


 俺たちが生き残るべきだ。やっぱり思いはここに帰結する。

 吸血鬼はいなくなるべきだ。血なんか与えるべきじゃない。


 だけども。

 顔を合わせて、知り合った奴に、簡単に死ねなんかもう言えなかった。


 不器用に駆け回って、ニワトリの恩だとかに固執して、俺たちを助けた奴に、死ねなんて言えない。


「襲って殺してないなら、まだ化け物じゃねーだろ」

 少なくとも、黒いコートのあいつとは違う。狩りを楽しんで、俺たちを嘲笑うあいつとは。


 早くしろ、と腕をもう一度突き出す。痛いからさっさとしろよ。

 紗奈はためらいがちに膝立ちで近寄ってきて、俺の腕をとった。

 血まみれの腕を見る。


 紗奈も、さっきの史仁のことを考えているのかも知れない。


「牙たてるなよ」

 白い顔が近くにある。


 おずおずと、傷口ちかくに唇を寄せた。やわらかい感覚が触れて、思わずびくりと腕が震える。


 舌が腕を這う。ぬるりとした感触。


 噛まれて、傷口から感染するんなら、キスしたらうつるだろうか。

 一瞬、そんなバカバカしいことを考えた。

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