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終わりの町で鬼と踊れ  作者: 御桜真
第三章
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夕闇の記憶 3

 山間の住宅地から少し離れた、さらに山の方にあたしたちの家はあった。

 先を登ればダムがあるような、川の近くの集落だった。


 山菜をとったり、畑を耕したり、時々住宅街におりて物資をとってきたり。

 山だけど海も近くて、幼なじみの親戚がもともと漁師だったから、時々海に出ては魚を獲ったりして暮らしていた。


 少し遠出すれば大きな町もある。

 あたしと幼なじみの紘平は時々、大きな町に出かけるのが楽しみだった。


 暑いさなかのその日も、あたしたちは、朝早くから家を抜け出した。

 夏の暑い日も、冬の寒い日も、朝早く出かけないと動き回れない。

 真夏の日中は暑すぎてとても外をうろついていられないし、冬はすぐに日が暮れてしまう。


 町は混乱の後が残ったまま、いつもひっそりと静かだ。

 人はほとんどいなくなって、どこかに隠れているか、食料を手に入れやすい山や川沿いに移り住んでいる。


 紘平こうへいとなるべく離れないよう、同じブロックの一緒の家を、端から順番に見て回る。

 この日、何件か目に侵入したのは、二階建てのこじんまりした一軒家だった。


 気がつくと空の端が藍色に染まり始めている。夕日が西の山に落ちていく。

本当ならもっと早く引き上げて帰らなくては行けなかったのに、探索に夢中になっていて気づかなかった。

 今日はこの家で最後にして、隠れる場所を探さないといけない。明日帰ったら親にこっぴどく怒られると思ったが、仕方ない。 


 家の外に子供のものらしき乗り物やおもちゃは転がっていないから、大人だけが住んでいたのか。集落の子供達に持って帰れるものは無さそうだ。

 汗を拭いながら小さな門戸を開けた。

 のびきった雑草に足をとられないよう気をつけながら、身をかがめて進む。


 大きな木の扉のドアノブをそっと回すが、ガチリと抵抗があって、開けられない。鍵がかかっていた。

 あたしたちは警戒しながら、持参した工具で壊して侵入した。

 大きな音をたてると、吸血鬼や良くない人間に聞かれて危険だから、なるべく息を潜めて。


 家の中は蒸せるような空気が満ちていた。だけど日陰は少しだけ、ほっとする。

 暗い玄関を靴のままあがって中に侵入した。


 すぐそばの台所に入って、巨大な冷蔵庫をおっかなびっくり開けると、大抵中身は腐っていて、ひどい臭気が広がる。

 おえっとえずきながら鼻を詰まんで、慌ててドアを閉めて、くすくすと笑い合う。あたしはそのまま、家の奥へと進んだ。


 閉めきられた部屋のドアノブをゆっくり回して、少しだけ開ける。

 中を覗いてみるけど、遮光カーテンが閉め切られて、まだ日は沈みきっていないのに真っ暗だ。


 さらにドアを開くと、キイ、と蝶番ちょうつがいがきしんだ音をたてた。ドキリと心臓が跳ね上がる。

 身を低くしたまま、あたしはそっと部屋の中に入った。


 寝室だった。

 大きなベッドが壁沿いの真ん中に置かれている。反対の壁一面にあるクローゼットはぴったりと閉まっていた。


 大きな収納だ。何か使えるものがあるかもしれない。

 少なくとも、着替えは持って帰れる。靴とか、冬向きのコートとか。暑くてあんまり持ち歩きたくないけれど。


 暖房器具や扇風機が出てきても動かないけど、針金を外したり、プラスチックの羽を何かに使えるかもしれない。

 思って、大きなクローゼットの前にそっと近寄る。

 中に何か隠れているかも知れないから、取っ手を掴んで、深呼吸して一拍ずらしてから、ぐっと腕に力を入れた。

 折れ戸をスライドさせた――と思った。



 首を掴まれた。それから腕を。

 何が起きたかわからなかった。パニックになりながら自由な方の手を振り回すと、指に、爪に、手応えがあった。何かをひっかいて、爪の中に詰まる感じ。

 やわらかい。生暖かい。生き物だ。毛は触れなかった。多分、人間の皮膚。


 後ろからだ。しまった、クローゼットに気を取られて、ベッドの影を確認しなかった。

 ――紘平。

 呼ばないと。思った時には、視界が反転していた。


 ガンと後頭部に重い衝撃がはしる。

 頭の中をぐわんぐわんと揺さぶられるようだった。目の前が揺れて、暗闇がさらに濃くなる。


 突然、視界いっぱいに男の顔があった。

 青白い顔が見下ろしてくる。

 浅い呼吸を繰り返しながらあたしの肩を押さえる手が容赦なく、握りつぶされそうだった。


 すごく悲しそうな表情かおをしていた。

 なんでこんな、人に暴力をふるって、そんな表情するなんて、冗談じゃない。つらそうにしたって、何もかわいそうじゃない。


 思った時、男が口を開けた。鋭い犬歯――牙が見える。ゾッとした。


 恐怖で悲鳴も出なかった。

 吸血鬼だ。思うと同時だった。


 首に激痛がはしる。何かが皮膚を突き破って、侵入してくる。

 ぬるりとしたものが肌を伝う。身体中が震えた。


「あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・」

 痛みに声が漏れた。でも、言葉にならなかった。


 噛まれた。

 血が溢れる。痛みと恐怖で、もう訳が分からない。こわい。どうなるの。どうするの。


 ――噛まれた。

 痛い。涙がこぼれる。ぬるいものが頬を伝う。

 肌を塗らすものが、血なのか涙なのかわからない。

 吸血鬼に噛まれた。




 ガツン、と鈍い音がして、吸血鬼の牙があたしの首から離れる。

 また、ガツンと大きな音。


 紘平が手にフライパンを持って立っていた。

 吸血鬼が振り返る、その額めがけて、縦に振り下ろす。血しぶきが散った。


 吸血鬼は何かを叫びながら紘平に飛びかかった。

 あんな怪力に、かなわない。逃げて。思う心と、助けて、という叫びが頭の中に渦巻いている。

 あたしは血の溢れる首を抑えながら転がっていた。


 紘平は繰り出される手を避けながら、重いフライパンを放り捨てる。

 腰にさしていた鉈を振りあげ、吸血鬼の目を狙って突き出した。

 ぐしゃりと音がした。それから何度も。


 吸血鬼はすぐに傷が治る。

 殺すには、日光にさらすか、頭をつぶすか、再生できないほどにめちゃくちゃに打ちのめすか。


 ――あの吸血鬼は、血をあまり飲んでいなかったのかも知れない。


 暗闇の中、力を十分に発揮できたはずなのに、紘平に打ちのめされて動かなくなった。




「紗奈!」

 吸血鬼が起き上がってこないのを確認して、紘平が駆け寄ってくる。

 床に転がったままのあたしの横の、血だまりのそばに膝をついた。


 肩で息をして、汗をながす見慣れた顔が、あたしを見ている。その目はひどい悲しみでいっぱいだった。

 涙が止まらない。


「いたい」

 ――噛まれた。

 吸血鬼に噛まれた者は死ぬ。


「死にたくない」

 震えが止まらない。

「紗奈、落ち着け。大丈夫だ」


 大丈夫じゃないのは、ふたりともわかっていた。


 息が苦しい。

 泣いてるからなのかもしれない、もう吸血鬼の菌がまわってきているからかもしれない。

 どっちでも関係ない。うまく息ができなくて、それが余計にパニックをあおる。


「紘平」

 声が揺れる。


 こわいこわいと繰り返し震えながら、あたしは暗闇に飲まれた。

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