EP 049 「穏やかな夏の終わりに」
【現人文明期8895年 9月14日 アンチレス・メディカル 隔離病棟 997号室】
屋外は9月も半ばとなるのに暑い日が続いていた。
プラネットハーツの夏は長く9月半ばはまだ十分に夏といえる季節なのだ。
向日葵のような背の高い花が病院の映像カーテンにも所々で表示されて、この時期の院内は少しだけ華やかな雰囲気となる。
アズリエルが意識を失ってから10日が過ぎた。
彼女の身体自体は懸命な治療の甲斐もあって既に完治しているとみていい。
一時黒色になってしまっていた翼はまだ少し斑に灰色が残ってはいるものの白い翼に戻りつつある。
「エレクパパがアズちゃんのために必死になって・・、翼の微細回路を再生させてくれたおかげね・・。」
声をかけながらそうっと優しくアズリエルを撫でるシンシア。
あの激動の日からもう10日・・・、未だアズちゃんは目覚める気配がない・・。
無論何もしなかったわけではないわ。
研究所からケースを運んできて意識覚醒を促せないか試してみたり、ディープスリープ状態から機械知性を回復させる措置を
段階的に与えて意識をノックしようと試みたり・・思いつく限りのことをしたのよ・・。
機械知性の死・・、脳裏に過る一抹の概念・・。
私は常日頃から不思議に思っていたのよ・・。天使人形工場(ADF)という名の場所から送られてきた身体に決められた魂とでもいうべき
プログラムを同期すると起き上がってくる機械知性達。
それぞれ個性的な面を持ち、趣味嗜好も多岐にわたる・・。
しかし、人類とは違う点も数多く内包しているのよね。
彼らは私達人類の幅のある寿命とは異なり、稼働年数がおよそ200年程度という決まりがあるだけで人類のように突然亡くなったりすることは事故でもない限りまず無い。
彼らはその期限近くなると、プラネットハーツから”帰還命令”が出て、母体とでもいうべきADFへと自ら帰っていくのが常なのよ。
従って・・・
「今回みたいに魂だけ抜けてしまったような状態の機械知性・・アズちゃんを治療する方法論は・・・既存の定形というものが存在しないの。」
シンシアは負けず嫌いだ。
科学や物理で解明できない現象のため医学にも精通している・・、だからこそ機械知性のドクターというべき資格を持っている。
「何か・・・必ず方法があるはず・・・」
優しく撫でる手の先にある、小さな顔に誓いを立てる母親の姿がそこにあるのだった。
【アンチレス・メディカル 隔離病棟 997号室】
【アンチレス・メディカルセキュリティAI ウィッシュ・ザ・リザレクト997号】
「PiPi・・ドクター・エレク・ハーモニクス氏ヲ確認・・開錠シマス・・Pid」
ガシュー・・・
「姐さん・・、嬢ちゃんの病室に来てたのか・・」
「エレクパパもアズちゃんを励ましてあげてちょうだいな・・」
「おう、そうするよ。」
まずは室内の回路補正機器のモードをサッと調整、手術後も翼の治療を定期的に行ってきたエレクの日課ともいえる。
嬢ちゃんに繋がれた数本あるチューブの1つから青白い光が注がれていき、他の1本から灰色がかった色が抽出されていく。
人類においての人工透析みたいな物だろうか・・?
「おし、完治まで後数日っていうところだな・・。嬢ちゃん、そろそろお前さんの白い翼が元通りになるんだぜ・・おはようの時間になるんだぞ・・・」
そう語り掛けながら、エレクはベッドに力なく置かれている手をそっと握る。
「エレク、機械知性の死っていう概念・・・貴方はどう思っているのかしら?人類からの概念じゃなくて機械知性自身からはどうなの・・?」
「うーん、そうだな・・。少なくとも俺は特に恐怖感や忌避感を感じてはいないな・・。役目を終えて戻る・・それが自然・・みたいな感じに思える気がする・・。」
上手く言葉にしにくいな・・・とつぶやく。
「役目を終えて戻る・・ね。もしアズちゃんの役目がここで終わってしまっているのなら、もうプラネットハーツから帰還命令が出ているハズよね・・!つまり・・まだってことよっ!!」
よっし!と自分の顔をパシッと叩いた姐さんは、気合を入れてやる気を見せる。
「そうだな!俺らの所に帰還命令がきてねーってなら、つまりまだやれる!ってことだ!姐さん!」
おう!っと不思議と身体に力が湧いてくる。
病室を去る前にそっと一目見て、颯爽とやるべきことに戻る二人は医師でもあり、彼女の両親でもあるのだ。
その気持ちの前に人類だとか機械知性だとかいう垣根は・・ない。