EP 048 「吉報と凶報の狭間で」
【現人文明期 8895年 9月05日 スタジオマシンハート】
アズリエルが人類史上初めて機械知性が創造した歌を歌い、レスェルミン患者の意識を一時覚醒させたという偉業を成し遂げたという一方がマシンハートにもたらされた。
昨日情報を持ってきたのは政府からの使者としてやってきた、ガル・ブーストという名の男性である。
店内にいた関係者は爆発したように歓声を上げたっ!
ずっとずーっと練習室に籠り、アンチレス・メディカルに通っていたアズリエルの事を、これまで静かに見守ってきたのだからその気持ちは割れんばかりの大喝采として表現された。
しかし、その代償として命の危機に瀕しているという続報が少し遅れて入ってきた時には火が消えたようになってしまう。
店長マルー・メイディの判断により店は臨時休業として、ただちに全員でアズリエルの入院先へ向かうことになった。
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【アンチレス・メディカル 隔離病棟 997号室】
【アンチレス・メディカルセキュリティAI ウィッシュ・ザ・リザレクト997号】
「PiPi・・特別面会許諾者ノ到着ヲ確認・・開錠シマス・・Pid」
そこには、灰色の翼に変色してしまった・・・アズリエルがたくさんの機械とチューブに意識無く繋がれている姿があった。
頭上の光輪も輝きを失っており、呼吸器が繋がれたその胸は微かに上下していることが辛うじて生存を示しており・・・そんな状態が滲んだ視界にはっきりと描き出される・・・。
「りえるっ!・・・」
あるものは駆け寄り物言わぬ人形と化した身体に縋り付き・・嗚咽と共に瞳を震わせる。
「・・人のために命を易々と与えちまうなんて、あんたって子は・・・ばかさね・・早く帰ってくるんだよ・・・おやつ抜きにしちまうよ・・・ううっ」
また、あるものは涙を流しながら語り掛ける。
「アーシェちゃん・・、一体どうしてこんなことに・・・必ず帰ってきてくれると信じていますからね!」
悲しみを励ましのエールに変えて想いを告げる者もいた。
その後病室に検査にいらっしゃった医師でもありアーシェちゃんの母親代わりでもある、シンシア・リリエンタールさんからお話を伺おうとしたところ、どうやら駆けつけてきた時には既に意識が無かったそうで救命するだけで精一杯だった・・・と、精いっぱいの疲れた笑顔で優しくアーシェちゃんの状態を確認していくのを見守り、皆で一度引き上げることとなりました。
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【スタジオマシンハート にて】
三者共にマシンハートに戻って来てからも、言葉を交わそうとするも重苦しい空気がそれを許さないかのように支配していた・・・。
しかし、若き人類少女であるエリーンは理性で割り切れる程には大人になれず、納得がいかないっ!
「どうしてこうなるっ!?りえる~何も悪いことしてないの~!!どうして!?誰が為の行為に罰が下るッ!神様わるいやつー!!りえるをっ!はやくっ!救いなさいよー!・・うわぁ~ん!!」
火の矢が降り注がんばかりにワインレッドの眼光にやり場のない怒りの炎を灯して叫び、嗚咽する・・。
「あぁ、そうさね・・、人類の神々が仕事を放棄するっていうのならアタシら機械知性の神にも仕事をしろって叱ってやりたいものさね・・」
泣き崩れてしまったエリーンを優しく抱きしめながら、マルーも同じ気持ちで静かに・・しかしやがて慟哭に変わってしまう。
「アーシェちゃん・・、新しいお歌を創造して歌っただけで・・そんな・・・!私達機械知性にはできないこと・・?それは神の赦しを得ていないということ・・・なのでしょうか・・・。」
なぜ?どうして?永遠に続く思考迷路に囚われて・・、しかしオリヴィアの問いに天から答えが下ることはなかった。
今まで成しえた者が居ないことを成して、結果がこれではあんまりだと皆は思うのだった。
【アンチレス・メディカル 隔離病棟 997号室】
【アンチレス・メディカルセキュリティAI ウィッシュ・ザ・リザレクト997号】
「PiPi・・マスターコードヲ確認・・開錠シマス・・Pid」
「・・・ノイエンお姉様・・今日はとっても良い天気ですよ・・早く目を覚ましてくださいませね~。」
「・・アズ君、具合はどうかね・・?穏やかな顔をしているじゃぁないか・・早く元気な声を聞かせておくれよ。」
入院中のアズリエルを見舞いに来たテレーゼとラングは、それぞれの言葉をアズリエルに掛ける。
テレーゼは・・、彼女は混乱していた・・、ノイエンお姉様はなぜ自分の命を懸けてまで両親に心を繋げようとしてくれたのか・・。
受けてしまった恩義が身体の動きを鈍くしようとするのを、歯を食いしばって身体に活を入れ気丈に振る舞う。
普段両親にするように・・・してきたように、語り掛けながら意識のないアズリエルに接してゆく。
ラング・ブランシェット・・、ドクター・エンディアである彼もまた苦悩していた。
今まで自分が政権を保持する中有効なレスェルミン政策を打ちだせないばかりか、こんなに小さな子が奇跡を起こし・・その代価までをも背負わせなければならなかったこと・・・。
この時初めてラングは”天使の粉”があれば今欲しい・・・と思うのだった。
だが・・・ここにそれは無く、厳しい静寂に包まれた現実だけがある。
静かに・・、しかし確実に己を苛む呪縛となって心を締め付けてくる。
この”奇跡と悲劇”については当面、関係者以外への公表が控えられることになった。
本来であれば歴史的快挙に盛大な祝い事の準備があったかもしれなかった・・。
しかし、成果に対してその対価は余りにも重い現実という名の楔を打ち付けてくる。
世界は無情にも、一刻一刻・・・時を着実に刻んでいく。