EP 037 「お届け物はどちらまで?」
「現人文明期8895年 7月18日 トレーダー・ロジスティクス にて」
・・・・以上が発送品目のリストになります・・。
いつも通りのいつものやり取り。・・まぁ、こんなやり取りに独創性があってもそれはそれでつまらんか・・。車内で既定の確認サインを電子署名して待つことしばらく・・・。
政府資材管理職員AI
「出発申請を受諾しました、本日もどうぞよろしくお願いいたします。」
「了解だ。」
オレはギーブ・セスタス、運送業者として働いている機械知性だ。
主に政府庁舎隣接の巨大物流センター”トレーダー・ロジスティクス”から各方面に資材やらを運び、帰りは廃品なんかを積んでリサイクル施設に戻っていく・・・そんな毎日を送っている。
大型トレーラー”ヴィーグルコンテナー”のメインエンジンを起動、ゆっくりと徐行しながら一般走行道に向けてセンター内を進んでいく。
今日はアンチレス・メディカルっていう、俺たち機械知性にはあまり関係がない人類専用病院に食材・医薬品納品などで立ち寄る予定だ。
オレには心を無くして死ぬ・・という概念がどうにも分からない。
他の連中が言うにはそう珍しいことではないそうだが、オレにはプリレゾンデートルが”無い”のだ。
オレ自身はまだ他のプリレゾンデートルを持たない機械知性の個体に会ったことはなく、今の特段やるべき使命を持たないオレと・・心に疾患を抱えてただ生きるだけ?・・・よくわからんが、それを患った人類と何が違うのか・・・似たようなものじゃないかと思ってしまう。
別に悲観論者じゃないつもりだが・・、そうだな・・・、プリレゾンデートルを持たないことでやや疎外感を感じているのかもしれない。機械知性の仲間とも、通常の人類との距離感についても・・。
ぼんやりとした考えをしつつも、しっかり前を確認しながらナビゲーションユニットに指示された通りにヴィーグルコンテナーを走らせる。仕事はどんなもんでも手を抜かない主義だ・・・、なにせオレに課せられたたったひとつの大事な使命なんでな。
やがて目標の病院施設アンチレス・メディカルの搬入ゲートが見えてくる。
ナビゲーションユニットから身分照会IDのデータを送信して、ゲートが開き切るまでは側道待機だ。
待つこと数十秒、ゲートが開き病院内の敷地へヴィーグルコンテナーを進めていくと、突如無線に明るい声が響く。
「ザザッ・・PiPi・・無線に反応があるってことは病院みたいだね?今から納品かいギーブ?」
「そうだ・・、シャールそっちは廃品回収一便の帰りってところかー?」
「仕事が終わったら一杯付き合いなよ!午後便終わらせたらいつもの店でさ!!先に着いた方が席押さえとく感じで~」
「あいよ、なんか酒のアテになりそうな話でも考えておくさ」
この声の主は、シャール・ダールトン。俺と同じ職場の機械知性で女性型だ。
あんまりよく覚えちゃないが、80年くらい先輩なんだよな・・・。まぁ、気安く話せる点においてシャールのおかげもあって今の職場環境に不満はないさ。運送業はオレに向いているのかもしれない。
病院での納品を終えていくつか周囲の細かい配送を終えたあと、ヴィーグルコンテナーをセンターに戻してからドライバー共の馴染みの店”ブラック・キャット”に徒歩で向かう。飲酒運転はいけねーからな。
カラン!カラン!!
店の中に入るとレーザーホイールスケートを履いたミニスカねーちゃんがトレイを持って近寄ってくる。店の名前通りおねーちゃんの恰好は黒い猫耳+尻尾が標準搭載なんだよなー。
「いらっしゃいませ~☆ブラック・キャットへようこそー!って・・ギーブさんじゃない、待ち合わせ~?」
「おう、シャールとだけど来てるかー?」
しょっちゅう来る・・・というか、毎晩みてーに来るから顔は覚えられちまってるわな、そりゃぁ。
因みに覚えられてるって意味じゃぁそれだけではない。通常の機械知性は”飲み食い”になんて執着しないから、物珍しいんだろうさ。
近年急速に目にするようになってきた、機械知性でも飲食可能なメニューが即導入された店ってんで一時期話題になったときシャールに引っ張られてきたら殊の外ハマっちまってな。
まだ一般に広く普及してるほどじゃねぇーから、飲み食いが好きな物流関係の機械知性は大体ここに通ってるみたいだな。まぁ、オレのことなんてどーでもいいわな。
ウェイトレスのねーちゃん曰くシャールはまだ来ていないみたいだった。
適当に席を確保して、チビチビマシンハイボールを飲みながら待つことしばらく。
ふと、テレビモニターの配信放送が気になって見上げる。
画面の中では小さな・・っていうか完全に幼女だなこりゃ・・、が歌を歌って配信していた。
きっとオレとは違いプリレゾンデートルが音楽に関するものなんだろう・・。
いけねぇ、どうしても最近この方向に思考が引っ張られちまう。
下らん考えを振り払いながら、つまみを突きボーっとしていると・・・・
「おっまたせー!ギーブゥゥゥ、なーに暗くなってんのよ~!っていつものギーブかー。」
「おうよ、先に飲ってるぜー。思ったより遅かったな?てっきりそっちが先に来てるかと思ったよ。」
そーねー、ちょっと下らないトラブルがあってー!と・・・前に座り込みつつ、黒猫のおねーちゃんに飲み物を叫んでオーダーする。
「でねー?、Bセクター道路で立ち往生しちゃって、思ったより時間がかかったのよー。やんなっちゃうわ~!」
「へーへー、そりゃお疲れ様だなー。・・と、そっちの酒来たぜぇ・・乾杯っと!」
グラスを合わせ仕事の無事を祝いつつまずは一杯。
運送にかかわる仕事をしてると、工事に事故にといったトラブルは日常的に起こる。まぁ、シャールも本気で言っているわけじゃない、オレらの業種で言うところのあいさつ代わりみたいなもんだ。
「そういや、明日は俺ら揃って専属運送依頼が入ってるらしいな?さっきセンターで確認した業務ボードに記載があったぞ。」
「へぇー?珍しいわね、今の資源不足のご時世にヴィーグルコンテナー二台貸し切りでピストン運送なんて」
俺らが運転するヴィーグルコンテナーは、一回で100t近くの重量を配送できる。
配送する距離にもよるが、コンテナー二台を一日貸し切りにするってーのは、あまりない事ではある。
「政府案件かもしれないな?まぁ、何であれ淡々とやるだけだが・・・。」
「政府案件だったらいいわねー!お上の手当は割がイイから豪華な夕飯が楽しめるじゃない!」
「そうだな、違げぇねぇや(笑)」
つらつらと話をして酒を飲み・・しばらく・・
シャールはテレビモニターを見上げて、幼い機械知性のシンガーの歌を聞いているみたいだった。
「この子最近よく見かけるのよね~・・・、そうそう!なんといってもこの子プリレゾンデートルが”歌や音楽”とは全然い関係ないってことらしいのよね~、私達機械知性では本当に珍しいぃーわねぇー。」
「へぇ・・・・?そうなのか。そりゃ確かに珍しいな。こんな小さいナリでプリレゾンデートルでも無いモノに打ち込んでいるっていうのは初めて聞くよ。」
オレは自身のこともあり、プリレゾンデートル”では無いモノ”に執着しているという幼い機械知性の話に興味を持った。
「あーそうねぇ、ギーブはその辺結構気にする性質だから案外こういう娘の活動見てみるのもいいかもしれないねー!今度休みにでもゆっくり見てみなよぉー。なんかさぁ、・・・心のオアシスっていう・・とっかかりがあればいいかもしれないしねぇ・・」
テキトーに酒が入って少し語尾がアレになってきたシャールの勧めだが・・。
「いやぁ・・・しかしなぁ?いくらなんでも、オレみたいなのがこんな子の配信見てたらロ〇コンじゃねーか??」
「うーん?そう??、私達機械知性の感覚だと外観年齢なんてさしたる意味ないと思うんだけれど??」
「まぁ、確かに・・・そこは人類とは違うからなぁ・・うーむ・・・、ま、気が向いたらな」
プリレゾンデートルにない機械知性の自発的な行動・・・か。
確かに聞いたことねぇな・・。
オレのそれは活動を維持するための仕事であって、プリレゾンデートルではない。
酒にやられた頭ではあったが、そのことだけはやけに心に残った。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
次の休みにいつも通りの時間に起きちまったオレは、特段やることもなく軽く昼めしを引っ掛けにブラック・キャットへやってきていた。
いつもの酒と軽めの飯を頼み、ボケーっとテレビモニターを眺めていると、この間シャールとの話題に出てた幼い機械知性シンガーが歌うのを再び目にする。
前回来た夕食時のドライバー達が集う騒がしい時間帯店と違い、昼飯時は比較的静かな状態であるため歌声が良く店内に通る状態だった。
まぁ、歌については何も知らんただの素人であるオレだが、技術的に決して上手な訳ではなかったが、たどたどしくも必死な何かが伝わってくる気がして不思議と耳朶を打つ声に悪い気はしなかった。やってきたマシンハイボールを飲みながら、しばらく静かに歌声に耳をやる。
歌が終わり雑談タイムになり、この幼女機械知性シンガーの名前がアズリエルという名前であることを知る。
そして、本人の口から”プリレゾンデートルではない”が歌を歌いたくて活動していると改めて聞くと、急に興味が湧いてくるのを止められなくなった。