EP 036 「新しいアプローチ?」
【現人文明期8895年 7月15日 アンチレス・メディカル 病院長室】
わたしはこれまで感じたことの酷い無力感に苛まれている・・・。先日久しく新しい発見となったレスェルミンの新病理形態・・急性失墜症候群・・・・・。
・・・・・・とはいえ、分かったことと言えば、本来”数十年をかけて進行”するハズのレスェルミンの超初期症状が僅か2年程で急激に進行してしまうという現象のみ。これすらも現在進行形という状況であることに変わりはない。
よりによって当代ドクター・エンディアの身内にあたる夫婦が史上初の罹患者として同時発症したのだ。夫婦であることに何らかの因果関係があるのか?それはまだ分かっていない。
いや、取り繕うのは辞めることにしよう・・何もかも分ってなどいないのだ。
人類に迫る危機は依然回避できそうな要素が見当たらない。
そんなとき、院長室に訪問者が現れた。
【アンチレス・メディカルセキュリティAI ウィッシュ・ザ・リザレクト245号】
「Pipi・・テレーゼ・ブランシェット様ノ来訪ヲ確認シマシタ・・Pid」
「・・・カプセル院長先生、ごきげんよう」
「こんにちは、ブランシェットさん。本日はご両親のお見舞いですか?」
今さっき思い返していた患者をその両親に持つというテレーゼ君が私を訪ねてきた。
彼女に会うのはまだ数回目だが、急性失墜症候群の話はドクター・エンディアに口止めされているためまだ、伝えられてはいない。
「・・その、実は先日おじいちゃん達が話しているのを偶然聞いてしまったんです。わたくしの両親は・・その普通のレスェルミン患者とは違う・・って・・。」
「・・・・・・・」
「急性なんとかっていう、通常よりかなり速く進行してしまうって!どうして教えて下さらなかったんですか!!?」
一応秘匿義務があるのだが、先に知られてしまっていた以上隠すのは流儀に反する・・・か・・いや、しかし・・・。
「一応一言断って置かなくてはならないが、私にも政府から課せられた秘匿義務というのがあって身内である君にも全てを話すことはできないんだ。・・これはわかってもらえるかね?」
「・・・・はい、存じております・・でも・・。」
やはりアズ君とは違う、まだ幼い人類相手だ・・・現状の矛盾と気持ちについて整理がつけられる年頃には及ばないだろうが・・。この状態で放置するには余りに酷な気がする。
「なので・・、私がここで話すことは職務上・・・そうだな、メディエス・カプセル一個人のただのボヤキに過ぎない。・・わかるかい?」
「・・・・・(黙って頷く)」
心の中で、よろしい・・と一旦頭を軽く整理しながら電子ボードに簡単な状況を書きながら話し出す。
「新しい急速性の進行症状は急性失墜症候群と呼ばれている。現在のところつい数日前に発見されたばかりであり、名前が付けられた以外には本来数十年かけて進行するハズの病理作用が数年で経過してしまうらしいという事以外・・・、何一つ分かっていることがない。」
ブランシェット君は静かにするのが話を聞くルールだとばかりに、残酷な真実に対して涙の筋をこぼしながらも必死に聞き逃すまいと電子ボードを凝視している。
「これから準備が整い次第本格的に一つ一つ根気よく既存のレスェルミン患者との違いを調べていかねばならない。決して気休めを言う訳ではないが既存レスェルミン患者との違いを考えると、逆に今まで効果の無かった治療アプローチが有効に働く可能性が捨てきれないからだ。」
ここで一旦区切り理解しているかブランシェット君の方に向き直ると、ゆっくり頷き返してくる。
「もちろん可能性は高くない、今まで人類はこの病に数千年間もの間有効な手立てを生み出すことができなかったからだ。・・・しかし、私個人の概念でしかないが、病というよりも呪いに近い性質のものではないかと考えており、いくつか新しいアプローチの治療を実施しようと今準備しているところだ。」
「もどかしい気持ちは分かるが、・・どうか今はできるだけ両親に話しかけてやりながら様子を見てやって欲しい。感情がどのように患者本人の心に響くかは未確認ではあるが、外から刺激を与えることは決して無駄ではないと私は思っている。」
現状話してやれるのはこの辺りまでだろう・・、難しい話をしても致し方がない。
静かに聞いていたブランシェット君は、しばらくすると顔を上げて・・
「どうか、わたしの両親をよろしくお願いいたします・・。」
そういって両親の元へ向かっていった。
精神的なアプローチに向かっていくべきであろう事は、あくまで私の個人的な考えに過ぎない。
しかし、諦めてしまったらそこで全ては終わってしまう。
外部の手を借りてでも、それは実現させなければならない。
救いが欲しい・・・。人類の病に対しても、この私にしても・・・痛切にそう願う。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
午後からは久しぶりに政府庁舎の方へ直接出向くことにする。
人手も資源も足りていないため、こればかりは致し方がない。
【政府庁舎セキュリティフロア 会議室】
「わざわざ時間を割いてもらってすまないな、ルーテシア・エビデンス君」
「いえいえ、ご無沙汰しておりますメディエス・カプセル病院長・・・本日はどういったご相談でしょうか?」
「あぁ、実は公的な内容かと言われると判断に迷う部分があるので・・・内容について知見をもらいに来たのが半分、残りは可であるならサポートを頂きたいと思って相談にのってもらいたいのだよ。」
「承知いたしました。カプセル病院長からのご相談というとレスェルミンについて・・でよろしいでしょうか?」
「うむ、その通りだ。君も知っての通りドクター・エンディア氏の息子夫婦がそろって新型レスェルミンとでもいうべき症状・・・急性失墜症候群」であることは・・?」
「はい、存じております。先日情報を共有いただきました会議内容で確かにその件聞き及んでおります。」
「実はだな、機械知性の私が言うのもなんだが、あらゆる医学的なことをこの手で試した手応えの無さから、この病は病理的進行に見える症状が呪いや精神といったところに主として作用する類なのではないか?と考えている。もちろん実際に不死になったりなど身体的作用があるのは承知の上でだ。」
専門知識の無いルーテシア君だが、今の内容をプラネットハーツのシステムに検索して推論させているだろう。少しの間があって回答が来る。
「・・・・なるほど、身体的にあまりに効果がない治療から一旦離れて別のアプローチから考えたい?ということですわね。私は専門家ではありませんが、アプローチ的に有効である可能性は・・・確かにありえます。」
「しかしながら、ソレを証明するような論文や技術的背景は未だ見つからない。一つ確かなことがいえるとすると、慰問コンサートに来てくれている時の”歌”に超初期症状の患者のみではあるが感謝の反応を弱く示すくらいだ・・・しかし、ここに何らかの糸口があるような気がするのだ。なにせこの歌に関する反応以外言われたことを鸚鵡返しに実行しようとする姿以外、私が院長となってから一世紀近くが経つが一度もないからだ。」
ルーテシア君の瞳がプラネットハーツの支援を受けている時特有の虹彩になり、会議室に再びしばしの間静寂が訪れる。
「・・・・つまり学術的/医学的見地というよりは、一つの事実から現状治療アプローチの可能性を辿れそうなものが”歌”に関するものである・・・という事でよろしいですわね?そして私に相談に来られたことからドクター・エンディアに知らせるか悩んでいる・・・と?」
「その通りだ。実は先ほどテレーゼ君が病院に訪問してきたのだが、どこかで聞いてしまったのか秘匿されているハズの急性失墜症候群の件を知っており、迫ってきたので一部話をさせてもらった・・・。おっと、本件でテレーゼ君を叱らないでくれたまえよ?処罰するなら規約違反を犯した大人である私だけにしてくれ。」
この間アズちゃんとドクターがお話してた内容を寝ていると思ったら聞いてしまったのね・・・、状況を察したルーテシアだった。
「いえ・・・、そうですね・・・それじゃ処分は大人が引き受けるということで・・・」
「ああ、そうしてくれ。」
あの物心ついたかどうかの子供に処分が行くのは・・・さすがに・・な。
それに、こういったことは後から別の者を経由して発覚するようなことがあると、あの子の将来にフタをしてしまう可能性もある・・・そのような真似は避けたい。
「それでは機密規定違反一件の処分を申し渡します・・・・。プラネットハーツより規定違反による処分申請を行い、正式に稟議可決されました。これは正式な処罰となります。」
覚悟はできている、第一級機密規定違反は決して軽い罪ではない。
投獄か人格データの一部消去などの可能性も十分にありえる。私は罪に問われることで逃げ出したいのかもしれないな・・・。そんなことを考えながら沙汰を待っていると・・・
「デコピンっ!」
「オゴッ!!」
何をするんだ?というカプセル病院長に対して、ルーテシアは相好を崩しながら説明する。
「えー・・・、本来杓子定規な規約違反でしたら相当重罪なのですけれど、どう考えてもドクター・エンディア側に非があり貴方のテレーゼちゃんに対して誠意のある応対にさしたる不備があったとは思えませんからねっ♪」
これで手打ちにしてしまいましょう、・・と優しく微笑むルーテシア。
「助かるよ・・・、些か・・その、びっくりしたが・・(汗)」
大切な人材をこんな下らないことで失うなんてできませんっ!というルーテシアに少し心が穏やかになるメディエスだった。
・・・・・・
・・・・
・・
「それで、力を借りたいとのことでしたが・・どういった内容でしょうか?」
「実はな・・、遺跡発掘業者の斡旋をお願いしたい。既知の通りレスェルミンは数千年前から存在する病気だ。現代の技術でできることは一通り試したつもりでもある。そこで、精神や心に作用するものを何でも構わない・・これを収集するため力を貸してほしいのだ・・。突破口を求めたい。」
夢物語と言われてしまえばその通りだ、諦めたようにも見えるかもしれない・・。
だが、私が治療研究に費やしてきた一世紀が無だというなら、何か別の理由が其処にはあるのではないだろうか?・・・とも思っている。
「・・・・プラネットハーツに呪いや精神疾患との関連性ではないか?という概要から、本件行動推論を依頼の結果、何かしらの手がかりが見つかった場合による治療法が見つかる可能性は3%未満だそうですが・・・、0ではない・・という回答です。意外と高いですね・・。」
「ほう?・・・てっきり1%未満と言われるかと思っていたが・・・、存外ありなのかもしれんな!」
何かしらの”手がかりが見つかったうえ”で更に3%未満・・という条件つきではあるが、思いのほか悪くない気がして久しくなかった心に熱が灯る。
「いくつか付帯条件が付くとは思いますけれど、現状レスェルミン克服は人類の最優先課題の一つです。予算の確保と業者紹介の件をお任せいただく形で進めてみます。後日連絡するように致しますね。」
「ありがたいっ!こちらに伺って良かったよ・・。どうかよろしく頼む。」
カプセル病院長が帰っていったあと、ルーテシアはドクターへ本件内容を報告するべきか迷っていた。下手に期待を持たせてはいけないし、御身内のことでもありますので・・・具体的な成果がでるまでは伏せておいた方が良いかもしれませんね・・。
「さて、さっそく業者の選定をして予算申請の概要を作りませんといけませんわっ!」
これはオフタイム返上でやってしまいたいお仕事ですわねっと腕まくりして、仕事に戻るルーテシアだった。