EP 034 「小さなお姉ちゃんと急性失墜症候群(フォールダウンブリード)」
【現人文明期8895年 7月01日 政府庁舎システムオペレーションフロア 応接室】
ブランシェットのおじいちゃんはもう少ししたら手が空くとのことで、しばらくルーテシアお姉ちゃんとお話することになりましたの~。
「アズちゃんちょっーとだけ待っててくださいねぇ?今ゴディアスくんにどーなつさんを買いに行ってもらっていますので~♪」
あわわ・・・、隊長さんお使いにいかされてしまいましたのね・・(汗)・・どーなつぅ~♪
簡単におやつで釣られてしまうのであった☆
しばらくして、みすとれす・どーなつの袋が届き・・アズリエルはモグモグに半分くらい意識がもっていかれることに・・・どーなつぅ~♪モグモグ・・・
「そうそう、少しだけお姉ちゃんに教えて欲しいことがあるんだけれどーいーい?」
「もぐもぐ・・うんー?なんですのー??」
ルーテシアお姉ちゃんは無制限IDだから何を答えても大体大丈夫なはずですの~。アズに聞きたいことってなんだろうー?
すると、ルーテシアお姉ちゃんは応接室から一つ隣のお部屋・・たくさん機械さんが設置されているところにアズを連れていく。キーボードさんやモニターさん、そのほか良く分からない機械さんが壁にぎっしりですの~☆
「アズちゃんは普段どういう風にPH/ADFにアクセスしているのかなーって思いまして~?」
「えーっとね、キーボードさんはいらないんだよ~。んーっと・・・あ、みっけ♪」
アズちゃんはそういうと、端末脇にあるPH/ADF直結端子に向けて青いレーザーボールを放った。
青い光球はすぐさま端末にくっついて、複雑な幾何学模様を絶えず変化させながらキラキラと光る。
「こーやって、”びびびびびび~”ってしてですねぇ、教えて欲しいことを”考える”・・・ですの・・えいっ!☆」
”考える”のあたりで一気に青いボールの光圧が上がり壁際のモニターが過負荷処理に悲鳴をあげてアラートが部屋中鳴り響く。
「あ、この部屋一般端末じゃないから処理5%で止まらないんだったー!!アズちゃんストップストップです~!」
「・・・?もういいですのー?」
アズちゃんはそういうと、コテン?と首をかしげて青いレーザーボールを消失させ・・どーなつを消化するという偉大なる作業に戻ってくれた。
ひぃぃ、いとも簡単に~・・!?プラネットハーツのメインフレームは惑星大地の地表面積一割に
及ぶ極大な物だというのに・・アズちゃん一人に容易く力押しされてしまう???なんでぇ・・?
この子のコアは何なのでしょう??
改めてコンソールに座り、今現在起こったことに対してのログを解析する。
アズちゃんは大人しく隣席でモグモグしててくれるので、こちらは心配なさそうですね。
「えーと、一体どんなコマンドとして受理されたのかなーっと、コホン・・調べてみましょう。」
一つ咳払いをして落ち着きを取り戻したルーテシアは、カタカタと解析ルーチンを送り込んで状況を検証し始める。
画面に先ほどのアラート内容について結果や推論などが浮かび上がってきた。
「え・・・?上位命令・・??そんな・・、確かに”第一級無制限ID”ではあるが、これより上位の設定は存在しないはず・・・あら?IDではなくて・・これはプラネットハーツ自身の自己保存順位より上位の命令ってこと?」
そこに表示されていたあり得ない一行のログに首をかしげるルーテシア。
【プラネットハーツ・システムオペレータ メインコントロールルーム モニター】
【/PR Report .System Admin Planet Hearts ”Over Lank /Master Order”...Pre Cansel /Order..waiting】
直訳すると次のようになる。
「プラネットハーツ・メインフレーム筆頭アーカイブ”自身”を超える上位者命令を直結ラインより受諾した。最優先で実行処理・・途中で中断指示を検知したため通常業務に戻る。」
これをそのまま信じるならば発行されたセキュリティIDではなく、プラネットハーツが自分の存在すらをも超えて”より上位の存在”としてアズちゃんを認識していることになる。
どおりで・・、診療所経由の回線ではハードウェア自体のセキュリティランクが低いからあの程度で済んでいたんですねぇ・・。今はマスターコンソールから直結で接続したからなんの制限も無く、全処理を割いてアズちゃんの”お願い”を実行しようとしたと。
ルーテシア少し賢くなりましたの・・おほほほほ!と現実逃避を始めた己の頭と格闘しながらも強引に強い理性でねじ伏せる。
「このログは後でドクター・エンディアと、シンシア様に送付しないといけないですね・・。とほほ・・」
安全装置が作用してくれて本当に助かりました~。
アズちゃんの謎も大いに気になりますが、本当にこの子が悪意のない子でよかった・・とホッと胸をなでおろすルーテシア・・、これらは少しずつ解明していければよい事でしょうしね。
【システムコントロールルーム応接担当AI みにぷらねっと・はー㌧】
「ぴんこーん♪ドクター・エンディアとその孫娘さん、テレーゼ・ブランシェットさんがお見えになりましたよ♪」
あれやこれやと後処理をしていると、応接部屋にドクター・エンディア本人と小さな女の子が新たに表れる。
みたところアズよりさらに少し下の年頃にみえるーですの?
小さなその子は学校の制服さん?みたいなピンク色のセーラー服を着ていて、サイドアップツインテールのとっても可愛らしい子でしたの☆
「こんにちは、ルーテシアお姉様・・お邪魔しています・・。」
「さっきゴディアス君から連絡を受けてな・・、会議が終わったら孫のテレーゼが政務室に来ておったからそのまま連れてきたんじゃよ。」
「あの、そちらの方は・・?」
おずおずと遠慮がちに小さな子がルーテシアに訪ねる。
「彼女は機械知性アズちゃんよ、正式名称(端末に表示させて見せた:アズリエル・ノイエン・アーシェライト)はどういうわけか発声できませんので、呼び方は皆さまそれぞれで考えられています。今は政府のお仕事をお願いして依頼を受けていただいたり・・ブランシェット様のお手伝いをされています。」
ルーテシアさんから簡単に紹介していただいたので、さっそく自己紹介だよー☆
「テレーゼちゃん☆こんにちえる~ですの♪アズリエルっていうですのよ~、よろしくね~☆ブランシェットのおじいちゃんの孫娘さんは前にお話に聞いたことがあるよー♪」
「は、はいっ・・テレーゼ・ブランシェットです。よろしくお願いいたします・・ノイエンお姉様・・。」
テレーゼちゃんは、アズのミドルネームからの呼称を考えてくれましたの♪とっても緊張していらっしゃるご様子ですの。むふー!これはひょっとしてアズ初めてのお姉さんなんですのね・・頑張らないとっっ!
「ふふふーっ!アズお姉さんにお任せですの~☆あっちで一緒にお話ししよ~♪」
ブランシェットのおじいちゃんは取り合えず後まわしですの♪なんたって、アズはお姉さんなんだもの~☆
「フフフ、悪くないな・・孫が増えたみたいに感じられるよ。では、我々は先に会議内容の共有から済ませてしまうとするか?システムに情報入力が必要になるので移動するとしようルーテシア君。」
「承知いたしました。」
こうして大人は大人、子供は子供で少しお話をすることになりましたの♪
・・・・・・・・・・
・・・・・
・・
アズリエルはひたすらお姉さんになったのが嬉しいそぶりで頑張ってへっぽこなお姉さんを”上演”していたが、それは幼いテレーゼから見ても自分のために緊張を解くよう頑張ってくれている・・、と分かるのであった。
最初にあった緊張が大分解れてきた頃、アズに本日訪問の目的を尋ねるテレーゼ。
「あのぅ、ノイエンお姉様はこちらにどうしていらっしゃったんでしょうか?お仕事ではないのです?・・わたくしの相手ばかりされていて心配になってしまいます。」
それは、自分ばかりに時間を割いてもらうのは悪いという、ふとした気持ちからであったのだけれど・・。
「大丈夫ですのよ、アズは今慰問活動をしている関係でレスェルミン患者さんについて確認したいことがあったから、ブランシェットのおじいちゃんに会いに来ただけですの~。」
「!?」
楽しく話していたテレーゼの顔が急に曇ってしまいアズリエルは何か失言してしまったーと大慌てになってしまう。
「テレーゼちゃん、どうしたですの・・?はわわ!!」
「ごめんない・・・、ノイエンお姉様のせいではないんです。・・その・・、じつは・・・・・ブランシェット家は・・、わたくしの両親は・・、二人とも一昨年・・うくっ・・同時期にぃレスェルミン・・を・・ぐすっ・・発症したんです・・・。」
テレーゼの宝石みたいなバイオレットアイから大粒の涙がこぼれだす。
「えっ!?・・・ご両親二人同時にですの・・・そんな・・」
アズは静かにテレーゼちゃんのお話を聞くことにしましたの。
「わたくしが7歳の頃までは本当に元気で、たまーに話しかけても気付かない時があるみたいな事がありましたけれど・・全然分からなかったんです!!でもぉ・・8歳のお誕生日を過ぎたあたりからまるで機械みたいにっ・・!うっうっ・・ごめんなさい!ごめんなさい!・・えぐっ・・」
きっと・・・機械知性のアズに侮蔑的じゃないかと思いましたのね・・優しい子ですの。
「大丈夫ですの、ちゃんと違うってわかっていますの。泣くのを我慢しないで泣いてしまいなさいな・・」
ロングソファの隣で崩れてしまいそうになったテレーゼの頭を優しくアズのお膝にのせて、周りからお顔が見えないように翼で包みながらゆっくりと金色の髪を撫でる。
「病院の先生に・・何度も治してほしいってお願いしにいって・・、でも治った人は一人もいないって聞いて・・急激には進行しないなんて言われましたのに、もうあんなに変わってしまって・・ひぐっ・・」
超初期症状・・そう呼ばれる発症シーケンスに入ってしまいましたのね・・とアズリエルは先日アンチレス・メディカル訪問で経験したレスェルミン患者さんたちの様子から状況が分かってしまうのだった。でも、そんな急速に??
一緒に涙を流しながら落ち着くまでゆっくり撫でてあげてしばらく・・・
隣室からドクター・エンディアとルーテシアお姉ちゃんが出てきてこちらをチラリ。
アズは人差し指を一本たてて、”しーっ”してからもうしばらくの間テレーゼちゃんを慰めているのだった。
やがて疲れて眠ってしまったテレーゼちゃんをソファに寝かせて、毛布を掛けてあげてからブランシェットのおじいちゃんとお話を始める。
「すまんな・・・お嬢ちゃん、孫が迷惑をかけた・・ありがとう。」
「ううん、大丈夫だよ~。ご両親さんはお二人とも同時期に発症したって聞きましたの。かなり珍しいのではないですー?メディエス院長のお話でもたった2年足らずでこれだけ進行するというパターンは聞いたことがないですの。」
「あぁ・・、実はな・・ワシの息子夫婦、・・つまりテレーゼの両親はな、人類初めての急性失墜症候群と呼ばれる、急速進行してしまう新たなタイプのレスェルミン患者らしいんじゃよ・・、つい先日になってやっと分かったことなんだが・・。スクールに通う年のあの子にはまだとても言うことができなくて・・・な。」
なぜあの子ばかり辛い思いをしなくてはならないのか・・と老人は大きく肩を落とす。
これで元々あまり残されていなかった人類の生存可能時間を示す針は、また大きく前進してしまった・・もう取返しがつかないかもしれん・・と呟く。
わたくしには、なにか、できることが、あるはず・・・・
アズリエルの心の中で何者かがささやきはじめた。
長いようでいて数秒の時間が過ぎたとき・・
ズーンと重くなってしまった闇の空気を光の眼光で払うかのように、立ち上がったお嬢ちゃんはその手を天に向けて大きな声で”宣言”した。
「アズはここに決めましたの・・!わたくしの活動は、わたくしにしかできない方法による、レスェルミン患者さんへの活動にしますの!!」
その瞳には刹那の間・・金色の虹彩が浮かんだようにみえた。
「・・・そうか・・、自分にできることを自分なりに・・・か。」
力無くつぶやくドクター・エンディアであったが、論拠はないものの小さな光明を見つけたかのような不思議と穏やかな気分になっていた。
歴史の針は、一歩一歩確実にその刻を進めていく・・・。
残された時間は、もうあまりない・・・。