EP 031 「否定者無き医療の永遠なる最前線!」
【現人文明期8895年 6月14日 アンチレス・メディカル 病院長室】
”否定者無き医療”それがアンチレス・メディカルという名の由来だ。
・・・・・・・・この言葉には二つの意味がある。
一つは、何をしても治らない病であるレスェルミンを、例え非人道的なることをしてでも治療法を探るという初代院長がしたという決意表明そのものだ。
そしてもう一つは、死者無き終わらない病であるレスェルミンには批判者すら残らない・・という
意味をもつ。些か後ろ向きな意味ではあるが、数千年もの永きにわたり解決できていないため我々医療関係者への一種の戒めなのかもしれない。
私はメディエス・カプセル、もう長らくここの病院長をしている者だ。
私自身この病院の長となりもうしばらくで一世紀近くになるが、私がプラネットハーツに選出された理由自体は機械知性の医学博士はレスェルミンに罹患しないためという理由だそうだ。
就任当初とは違い近年モチベーション維持が難しいものだとも感じている・・。
ふと、つい先日訪問したてきた幼い機械知性・・・アズ君の事を思い出していた。
なぜあのような小さな子が政府から選抜されたのかは分からないが、見た目以上に理解力があり
何かを感じさせるものはあった気がするよ。
私自身はあのような豊かな感受性を失いつつあるような気がしてならない。
しかし・・・、あれほど感情豊かな機械知性も珍しいのだが、感受性が豊かであるほどレスェルミン患者との触れ合いは精神的なダメージも受けやすいため、心苦しく思いながらも受け止めて欲しいと願っている・・。
【アンチレス・メディカルセキュリティAI ウィッシュ・ザ・リザレクト245号】
「Pipi・・コノ間 ノ 小サナ ゲストサンノ 来訪ヲ確認シマシタ・・Pid」
「おや?今日は約束はなかったハズだが・・、いや・・この間倒れてしまったことを鑑みれば短期間で二度目の訪問というのは素晴らしい精神力だな・・」
直近事実からそう思い直し驚嘆しつつ・・どうぞ、と入室許可を出すとアズ君が入ってきた。
「メディエス院長さん、こんにちえる~ですの☆この間は倒れてしまってご迷惑をおかけしましたの~・・でも、やっぱりレスェルミン患者さんは気になりますの!というわけで再びやってきたです~☆」
しっかりと真っすぐな瞳をこちらを見据えての発言に、近年疲れ気味なため稀にしかでない自然な笑顔でメディエスは小さな訪問者を迎え入れた。
「やぁ、アズ君ごきげんよう。体調は回復できたかな?やはり初見で重度患者と接するのは心身に過大な負担をかけてしまうであろうことは理解していたんだが、どうしても最初に見ておいてもらいたくてね・・すまない。」
心ながらの謝意を表明すると、アズ君は首をふりふりする。
「ううん!最初に会わせていただいてよかったですの。正しいことを知るにはきちんと全部を見て比較しないとダメですの。人間さんも機械知性さんも事象もそれはすべて同じ・・・」
「そうか・・、そう言ってもらえるとなんだか救われた気がするよ。」
やはりこの子は特別な信念とでもいうべきものを持っているようだ。私たち機械知性の外観年齢も様々ではあるが、一般的に小さな外観の者はこういう精神力や洞察力を保持しないケースが通例だからだ。
「しかし、この後は私も院内で仕事があるからどうしたものか・・・。そうだ、レスェルミン患者の重度患者病棟を担当しているナースがいるんだが、彼女としばらく行動してみるのはどうだろうか?それと、院内を自由に動けるようにIDの発行もしておこう。」
「お願いしますの~!」
元気な返事を横目で確認しつつ手元の端末で担当ナースをコールする。
しばらくして・・・
【アンチレス・メディカルセキュリティAI ウィッシュ・ザ・リザレクト245号】
「Pipi・・当院ナース、ファム・プリティア ノ来訪ヲ確認・・Pid」
「とってもくそ忙しい中に名指指名を受けましてぇ~、なんですかぁ?いんちょー・・・って、あ?!・・お客様がいらっしゃってたんですね・・たいへん失礼致しましたぁ~(汗)」
来訪者がいると思わなくて、ついいつもの調子で話しかけてしまったうっかりナースさん登場ですの。おぉ~♪きれいな虹彩がきらめくパープルの瞳にピンクミドルウェーブな髪が素敵な可愛いらしいナースさんだ~♪
前回来たときは余裕が無くて、それどころじゃなく気が付きませんでしたけれど、頭のナースキャップは両サイドに小さな羽がついているきゅーとなデザインで、白衣天使さんだったということに気付く。これはポイント高いですの~☆
必要な時に薄いスクリーンがサイドから出るタイプのデーターグラス(めがねっぽいもの)をしてるですね~。エリンちゃんが見たらデザインに取り入れそうな・・・ハッ!?今はそんなこと考えちゃダメですの・・えへへ☆
「あー・・プリティア君、落ち着きたまえ。この子は例の政府プロジェクトで派遣されてきた機械知性のアズ君だ。彼女はレスェルミン重度患者を担当している人類でファム・プリティア君だ。よろしく頼む。」
あー!失敗しちゃったぁーで赤面中のナースさんにアズはご挨拶をするですの。
「ファムさん、こんにちえる~ですの♪”ブランシェットのおじいちゃん”からお願いされて派遣されてきたアズリエルっていいますの~。どうぞよろしくね☆」
小さな声でひぃ!ドクター・エンディア様からの直接派遣じゃないですかぁー。あーあー!いやぁ!やり直したいっですーいんちょーのばかぁー!とつぶやき・・コホンと小さく咳払い。
「わたしはファム・プリティアでぇす!人類のナースで16歳になりますっ、よろしくお願いしま~す・・えっとアズリエ・・うくっ!?様??・・」
あれれ?発音できない??となってしまう。
「あぁ、すまないプリティア君。アズ君の正式名称を言葉にできるのは本人のみという特殊な生い立ちらしいんだ。何かしら愛称で呼称してあげるといい。」
はぇ?そんな機械知性初めてなんですけれどぉ・・うーん・・・?と少し悩んでから
「それじゃぁ、アズリン様でお願いしまぁーす。」
ぺこりと頭を下げる。アズリエルの名前バリエーションはこうしてまた一つ増えるのであった☆
「さて、それではさっそくなんだが・・アズ君は先日レスェルミン重度患者との面会までは済ませているので、この先にどういう形で活動するか?という模索を手伝ってあげて欲しい。」
えぇー!?大役じゃないですかぁー。もう!給料上げてくださいよーいんちょーって言いながらメディエス院長をぽかぽか叩くファムさん。どうやらこういう感じがナチュラルな方らしいですの~☆
「ははは、政府案件だからね。何かしらの手当支給を考えておこう。それでは別件の約束があるので私は失礼するよ。」
そういうと、メディエス院長さんはお部屋を出ていかれてしまい二人が残される格好となる。
ファムさんはいつもてきとーなんだからぁ、もう!と主なき席に向かってつぶやきつつ訪ねてくる。
「アズリン様はどういった活動がされたいのか、希望はありますかぁ~?」
「えっと、他の方がどういう慰問活動をされていたのかを伺ってから考えてみたいですの~。」
実のところ、アズに何ができるのかはまだ分からない状態でしたので色々見学してみたいですの~。
「そうでねぇ~・・・、あ・・そういえば本日は機械知性歌手のオリヴィア・アーティエル・ハーツ様が”歌唱慰問”でいらっしゃっていたハズですよぉ。よければぁ、御覧になっていかれますのはどうでしょうかぁ~?」
「オリヴィアさんがいらしてるんですのね♪ぜひ見学したいですの~☆」
あらぁー?お知り合いだったんですねぇ~と談笑しながら該当の病棟へ向かう。
移動すること5分少々、比較的初期症状のレスェルミン患者さん向けの病棟にある”リハビリホール”と書かれたお部屋からお歌が聞こえてきた。
音を立てないようにしながら、ファムさんと二人でそっとお部屋の中を覗き込む。
「~♪~♪♪~♪~♪♪」
そこにはやや虚ろなお顔ながら重度患者さんとは異なり、僅かながら表情に反応が見られる
大勢のレスェルミン患者さん達がいた。オリヴィアさんのお歌を椅子に座りながら静かに鑑賞している。
・・・・やがてお歌が終わり・・・
まばらながらも拍手があり、または手を叩くところまではいかずとも何らかの感謝表現のようなことをされる人達なども見えて、つつがなく慰問コンサートは終了した。
ファムさんによると、まだ拍手などができる人はレスェルミン患者の中では”超初期症状”に当たる人だそうですの。初期症状の方でも中期症状に近付くに連れて、こうした自発的な反応は難しくなるとのこと。
また、”超初期症状”が数十年続いてから、徐々に100年単位の自我喪失を不可逆性進行をしていくらしいですの・・
お歌が終わったオリヴィアさんがこちらに気付き訪ねてきたですの☆
「アーシェちゃんがアンチレス・メディカルに来ていたとは存じませんでした。今日はどうされたんですか?」
「えへへ~♪オリヴィアさんが慰問コンサートすると聞きましたので、見学に参りましたの~。」
「アズリン様はドクター・エンディア様から特別派遣されてましてぇ、ご自身の慰問活動について考えられているところで活動見学されている感じでぇすー。」
ファムさんが素早く補足をいれてくれる。
「まぁ、アーシェちゃんも慰問コンサートに興味があるなら素晴らしいことです~。とてもやり甲斐がありますよ。」
「うん~♪お歌は好きですし、この活動に力を入れるのはありじゃないかなーと思うです。慰問用のお歌を少し練習しないといけないですけれど・・・・」
考えてみる価値はある・・と思うでうの。
その後一度解散して、お時間を割いてもらってしまったファムちゃんのナースのお仕事を手伝いましたの。お怪我をされている方や、レスェルミン以外のご病気の方がいらっしゃらない専門病院であるため、普通の医療機関とは違う雰囲気の忙しさみたいですのー!☆がんばるよ☆
「えーっと、アズリン様はこのフロアにいる重度患者さんにご飯を届けてあげてください!ワゴンに載せられているやつですぅー!重度の患者さんはトレイを持っていくのも難しいんですよぅー・・」
おっとりさんもーどからナースさんモードに切り替わったファムさんはテキパキ指示を下さいますの!
「分かりましたの~!ワゴンさん押してご飯をでりばりー!」
カラカラカラカラ・・・ワゴンさんを押してお部屋を訪問してご飯をお届けしていきながら、一言二言声を掛けますけれど、やはり重度患者さんはお言葉以外反応せず少し寂しい気分になりますの・・・。ううん!今はそれを気にしちゃだめアズリエルっ、しっかりお手伝いしないと~!
「こんにちえる~♪お昼のご飯をお届けにきたよー☆」
反応の有無を気にせず、今できることを精一杯やらないとっ・・!
なにせ数千年に渡り死することすらない病、とんでもない数の患者さんがいるですの。
たくさんたくさんご飯をお届けして辺りはすっかり夕方になったころようやく担当部分が終わり・・・ファムさんも休憩に入ったご様子でしたので、遅めのご飯を一緒に取ることに致しましたの☆きょうはアズもお手伝いのご褒美におやつさんとお茶を支給していただきましたの~♪
「ふわぁぁぁぁー!終わったぁー、アズリン様お手伝いくださってありがとぉー。おかげでなんとか引継ぎまでの間に本日分終わったよぅー。」
遅めの昼食をご一緒して少しレスェルミン患者さんのお話をしていたときに、ファムさんが話してくださった内容が心に響きましたの・・・。
・・・・・
・・・
・・
「この病院はですねぇ、ほとんど働く人が機械知性で賄われているんですよぉ・・・いんちょーをはじめ機械知性の方が主として働く病院です。やはり人類が現場に入るにはレスェルミンに罹患するのが怖いから・・だそうです。私はそうは思わないのですけれど・・でも、やっぱり辛いことはありますぅ。」
一番気になるのはこの質問なので、アズは素直に聞いてみることにしますの。
「どうしてファムさんは人類さんなのにアンチレス・メディカルに入られたですの?・・・その、アズは機械知性のためレスェルミンにかからないですので、聞いてもよいのかどうかと思うのですけれど・・・。」
院内中庭にあるベンチで少し考える風に見えたファムさんのお顔をそっと覗き込む。
「それは・・・、いつか自分が患うかどうか?ということですよね・・でも、それにはあまり恐怖を感じない自分がいてぇ・・でも、自分から遠ざけようとして見ないようにすることもできる・・でも、”だからこそ怖い”の。」
言葉にすることが難しくて・・難解な表現になってしまい・・、アズリン様の頭の上には??が浮いているようにみえた。
「レスェルミンはですねぇ、患った人よりも・・きっと残された人の方がつらい病気なのよ。だからといって見えないことにしてフタをしていても、それは自分の生き方ではないぃ・・そんな気がします。」
「自分が病気に感染するかなんかよりぃ、一番つらいのは”笑顔で退院する人が誰もいないから”ということの方がよほど堪えるんです・・・。」
見送る側の気持ち、残された者の気持ち・・・きっとこの病は神様からの罰・・、私はたまにそんな風に思うことがあるんです・・そういってファムさんの瞳にたまったものが頬に一筋流れてゆく。
ふと気が付くと同じようにアズリン様も・・・
いきなりでごめんなさぁい・・といって涙を拭って立ち上がる。
否定者なき医療による永遠なる最前線・・・戦いは今この時も続いているのだった。