EP 015 「Pair─ペア─」
【現人文明期 8895年 5月23日】
おーし!ようやく体の包帯も取れて万全な状態に復活したぜー!
遺跡発掘業者ベクターの朝は早い・・・そう本来であれば。
久しぶりに俺の相棒であるこの紅のバンダナを装着!!フゥアハー!やる気が漲るぜい!
俺のおっ立てた銀髪にはやっぱりコレがねーとな。
元来日課であった軽いランニングをしに家から出て走り出す。
フッ、フッ、・・・少し肩慣らししね-と鈍っちまうぜ。
通りを走っていると、ウッドテラスで揺り椅子に座るリリーばーちゃんと目があう。
「よう!リリーばーちゃん元気にしてっかー?」
リリーばーちゃんは、俺がガキの頃からこんな感じで揺り椅子によく座っているご近所さんだ。
10年前も今もあんまりかわんねーな、ほんと。
「あらまぁ、ベクターちゃん・・お怪我の方はもう大丈夫なの?」
あちゃぁ!、やっぱり知っていたかw
まぁ、怪我してなけりゃ毎日走ってるわけだからしかたねーか。
「もう大丈夫だぜ!、いつまでも寝転んでいられねぇよ。今日から仕事再開さ!」
そんな心配そうな顔するなよばーちゃん・・、俺ぁ不死身だぜ!
「そう、ちゃんと元気に帰ってくるんだよ・・・。」
「ニャー・・・?チラッ・・ハァ・・ククク・・」
ばーさんの膝の上にいる”ポン”っていうデブい白猫が”しょうがねーやつだな”的な視線を送ってくる。
毎度思うんだが、コイツはただの猫じゃねーような気がするんだよなー・・・。
リリーばーちゃんと別れて、いつものコースを走り込む。
やがて見えてきたのはシンシア姐さんの診療所だ。ん?珍しくエレクのおっさんが外でボーっとしてるじゃんよ。
「よう!どしたい?エレクの旦那、珍しくボーっと浮かない顔しちまって?」
「・・・おーう、ベクターかおはよう!、いや・・・どうもな・・最近姐さんがまたヤバい案件に首突っ込んじまってるみたいでよ・・」
・・・まぁ、シンシア姐さんなら通常運行だけどな・・、ヤバい案件で助けられた俺は文句が言える立場じゃねーや。
「詳しくは分からんが古代遺産の類に関わる話みてーだから、もしお前の仕事に触れる内容であったら・・姐さんを頼むよ。」
「おうよ!俺は義理と人情は大事にするタイプの発掘野郎だからな!・・その時があったら、任せておけ!」
ドンっと自分の胸を叩いて答える。
すると、少し表情が和らいだベクターのおっさんが言った。
「頼むよ、俺はこの診療所の中で限られたことしか”できない”からな・・・お前さんが羨ましいぜ」
元気よく返事を入れつつ再びランニングに戻る。
そういや、俺は遺跡発掘業者になろうと思い立ったのはキッカケがランニングだったっけな。
ガキの頃からこうやって走ってっときに、街の連中に”これが手に入らないか?”とか
”アレを持ってきてほしい”とか色々お使いみたいなことを頼まれて、そいつを漠然とこなしてたんだよなー。
まぁ、俺は身寄りが無かったから収入が必要だったってのも理由の一つなんだけどよ。
ただなぁ、当時ただのガキだった俺ぁ”手に入らないモノ”を頼まれちまった時困り果てて・・
政府庁舎に行って”どーにかならないのか?”って相談したら、”手に入らないものは取りに行け!”
ってノリで発掘業者になるのがオススメってルーテシアのネーチャンに言われて、今の俺がある。
なんだかんだ、世話になってっから断れねぇ依頼も多いがな~ハッハー!。
久しぶりに走り込んでウォーミングアップには程よい感じだな・・・。
一周して自宅に戻ってきたベクターは、装備を整えて政府庁舎に足を向けるのだった。
**政府庁舎**
「しゃーっす!ルーテシアさん、遺跡発掘業者のベクター今日から仕事に復帰するよ」
「あららぁ、いらっしゃいグリンドルフさん~。そうねぇ、少し待っててもらっても良いかしら?
新しい政府クライアントに関係する仕事が間もなく発注されると思いますので~。」
「うっす!ロビーに居るんで後で声かけてください。」
恐らく~、先日ドクターとシンシア様が合意した内容からそろそろ動き出される頃合い・・・
ルーテシアは頭の中で状況を整理していると・・
「はぁい、ルーテシア!ちょっとお願いがあるんだけど~」
ほぉら、予想通り参りましたわね~。シンシア様は分かりやすくて大変結構です。
「順番・・は第一級IDにより最優先になります、ご用件をどうぞ・・」
「ふふっ!ってもう分かっているんでしょう?会議室の用意と、近くにいるならベクターを呼び出して頂戴な」
手元の端末をピコピコ打ちつつ
「そう仰ると思いまして、会議室は開けてあります・・あとグリンドルフさんはロビーで待機していただいてますよ~。」
「オッケー、さすがねっ!愛してるわ~ルーテシアーっ」
愛・・してる?・・あいして・・る?うぅ~ん、長い時を隔てていても、この言葉はこそばゆいですねぇ~。
人類の方から”声”としてかけられるととても・・
・・・ハッ、グリンドルフさんを呼び出す館内放送をしなくてはっ・・
表情だけは繕いつつも、慌てていつも愛用しているインカムで呼び出しをかけるのだった。
**政府庁舎 上級機密情報管理エリア/会議室**
うえぇ、何だこの人気の無い割に管理厳重なフロアはよ~。
さっきいたロンド隊長さんを初め警備がえらく厳重じゃねぇか。
内申でビクビクしながら指定された会議室へ向かう。
・・遺跡発掘業者ベクター・グリンドルフ、入室します!
・・ガチャ!
「はぁい、ベクター!きたわね~?」
「シンシア姐さんじゃないすか~、お疲れ様でっす!」
挨拶を交わしながら会議室を見渡すが、他の人はまだ来てない様子・・・。
「それじゃさっそく本題に入ろうかしら・・」
シンシアはちらりとベクター入室後、会議室の盗聴防止セキュリティが作動しているのを
確認しつつ・・話を切り出す。
「おぉ?シンシア姐さん他の人まだ来てないですよ」
「いいのよ、今回は依頼者は政府側の人間としてわたし、受任者はあなただけだから」
マジか、ん?つーかシンシア姐さんが政府側かつクライアント側だと?
一体どういうこった。
「詳しい話を聞かせてもらえやすか?」
「もちろんよ♪ただし、概要を聞いた後はセキュリティの関係上”受任拒否できない”性質の案件だから、一度良く考え・・」
俺はシンシア姐さんの言葉の途中ではあったが即決した。
「やります!、俺は”俺ならできる”と信頼されてもたらされた依頼を・・、恩人が持ってきた案件を断るような真似はしないす!」
それに、エレクの旦那にも頼まれちまってるからな・・断るって選択はハナからナシだぜ。
あらまぁ、男の子ねぇ~♪バカだけどいい子なのよねホント・・
リスク管理の観点からは失格ですけれど・・ふふっ。
「それじゃ概要を説明するわね、まずこの案件は今説明を受けている貴方・・
”特別許可者”を除いて、取り扱いは”第一級機密指定”となるから心してちょうだい」
第一級?・・俺は遺跡発掘の仕事もあって過去の遺産や文明に詳しくないとならねーから
他の連中よりかはかなり高い”第三級機密ID”だったハズだ、・・こりゃぁ随分ヤバそうな案件だな・・。
「承知しました、他言無用と知り得た内容の個人的利用はしないことを憲章に従い宣言しまっす!」
「よろしい、それじゃ本題に入るわね・・」
いつになく真面目なシンシア姐さんが依頼してきた内容は大まかには次の通りだ。
1、目標地点は、推定深度10000m以上・・この間俺がヘマした遺失文明期よりさらに前、
”変成文明期”を最終目標とした特定情報収集。
2、主題収集目的は”粉”と呼ばれる万能物質(又は非物質)についての情報、可能であれば現物確保。
3、副題として、遠い昔に流行っていたらしい”異常発展加速症状”とでもいうべき症例についての情報。
・・いやぁ、話を聞いてオツムのあんまり良くねぇ俺でも”夢物語”みたいな内容だってぇ事はわかる。
だけどよ?こいつは第一級機密が掛かってるんだよな・・、じゃぁまるきり論拠がねぇわけじゃねぇんだろうさ。
今回は主体が情報収集だから、コンパクトかつ強力な解析デバイスが必要だな
・・エレクの旦那にあとで借りに行くか。
「シンシア姐さん、この”粉”ってのは一体なんなんです?」
「それが良く分かっていないのよ、文献に記載があるだけで物かどうかも定かじゃないわ」
それにしても大深度地下の更に先・・か、普通に穴掘ってどうにかなる話じゃないしな。
「了解っす、ところで目標までの主な移動手段は確保できてやすか?」
「今回は特別なミッションだから、相転移掘削移動機を用意してあるの」
「ひゅ~!!」
!?マジかー!思わず口笛入れちまった・・こいつは遺跡発掘野郎憧れのマシンじゃねーか!
土でも石でもセラミックでも何でも掘れるうえ、掘った質量は地上に空間転送シちまうから
無限に進めるって代物で人類遺産として稼働できるのは世界にも数台しか残ってないやつじゃんか!
しかもな、転移機能があるから発掘したモノもかなりの質量まで地上に持ち帰れる!!
あーやべぇ鳥肌立ってきたぜー!!。
しかし、これを俺一人でやるとなると少々厳しいな・・なとど考えていると・・・
「まぁ、ざっと概要はこんなトコロよ・・ところで、私もこれ現場参加するからよろしくね♪」
「え!?シンシア姐さんもいくんすか!?・・いや全然驚かないっすけど」
こうして他の誰も知らないところで、一つのPairが生まれたのだった。