EP 009 「小さなパズルのピース」
【現人文明期 8895年 05月04日】
お嬢ちゃんの活動開始から2週間くらいが経過した。
身内以外でも比較的アズリエルと会話が成立するようになりつつある。
人見知りが激しく、最初から面識のあったこの俺、機械知性技師エレク・ハーモニクスと、パートナーである人類医師シンシア・リリエンタールの傍から離れなかった時分から見ると、かなりの成長がみられる。
それ自体は目出度いことで何一つ問題がありゃぁしないんだが・・・・。
「あら?エレクパパ、どうしたのかしら~?そんな難しい顔をして」
「姐さん、そろそろお嬢ちゃんの知性発達レベルから、色々確認していかないといけない時期がきちまったってことですよ・・・この間のDrエンディアの所で話した機密発言についても・・・だな。」
「そう・・・ね。避けては通れない問題ですものね」
姐さんがお嬢ちゃんを呼んでいる間に、少し考えを整理しておきたい。
まず、現段階で推察できることは、お嬢ちゃんは決して過去の記憶全てを失っているわけでは無さそうだということ。
次に、技術体系は不明だが恐らくセキュリティコードを無視して、プラネットハーツに接続しつつ何かしているということ。
そして、Drエンディアを“人類側代表”と識別して機密情報を参照したであろうことと、姐さんを“保護観察権者”という特別な存在として識別している・・というところだろうか。
「どうしたですの~?、アズになにか聞きたいことがあるですの~?」
さて、何から聞いたもんかな・・・。こんなに気が進まねぇカウンセリングの立ち合いは初めてだぜ、ちきしょう・・。
「ふふっ、今日はねアズちゃんに聞きたい事が色々あるのよ~。ママに色々教えてくれないかな~?って思って」
・・・今日に限って言えば、エレクにあまり質問させない方がいい気がするわね~。
恐らくこの子は無意識下で相手のセキュリティレベルを参照しながら発言しているようですから・・・。
「うん☆いいよ~♪何が知りたいでーすの~?」
姐さんはそっとお嬢ちゃんの頬っぺたを撫でながら質問を始めた。
「えーっとね?アズちゃんはわたしのことをどう思っているのかな~?」
「うーん?しんしあまま☆大好きで~すの~♪」
「あらぁ、嬉しいわね~♪わたしもアズちゃんの事大好きよ~!・・・。じゃぁ・・ね、もう一つの“シンシア・リリエンタール”はどういう“認識”になるのかな~?・・・」
俺にはこの質問はできねぇ・・・、セキュリティ権限の観点からもそうだが・・お嬢ちゃんにこんな事きけねぇよ。俺ぁプロ失格だなぁ・・・。
記録端末に状況を付記しながらお嬢ちゃんから返ってくる言葉を取り逃がさねーようにしないとな。
「・・・・“シンシア・リリエンタール”・・、識別形態は人類女性、特級封印指定管轄システムG-VALNAより封印指定識別NR997、個体名アズリエル・ノイエン・アーシェライト に対し保護観察権IDが付与されており、現生存する唯一の人類・・。」
Drエンディアのところであったみたいに、お嬢ちゃんの目付きや雰囲気が変わるかと思いきや普段の嬢ちゃんと同じ調子で言葉が紡がれる点は特筆的な記録といえるな・・・。
これも成長したってこと、なんだろうな。
徐々にではあるが感情表現の切り替えが滑らかになってきている・・って二週間でこれなら早すぎるのか?・・。
「アズちゃんはお利口さんね~♪もう少し色々聞いても大丈夫かしら~?」
「・・うん・・。」
いつものお嬢ちゃんとは違う少し不安そうな顔色だが、怯えるわけではなくしっかりと頷いて意思を示している。
「それじゃぁ、“エレク・ハーモニクス”についてはどういう“認識”になるのかな~?」
「・・・“エレク・ハーモニクス”識別形態は後期AP型・男性型機械知性、現人文明政府よりメンテナンス技師・カウンセラーとしてID認証を受けている。稼働年数は159年、個体製造番号・・・・」
あら?後期AP型?・・これは聞いたことがない呼称ね・・。何かしら?
「アズちゃん、後期AP型ってどんなものなのかしら?」
「・・・しんしあままのID権限だと名称以外・・教えちゃだめ・・・ですの。」
ふぅん?“名称”以外は教えられない?・・コレヤバそうな匂いがするわね。
独自で調べてみましょうか・・。
私のID権限はアズちゃんに関わる特級封印規定の件を除いても、第二級機密文章までパスできるのに・・。
特級は正に例外級で“指定人物”以外参照が100%無理であるため、アズちゃんに回答してもらえる私が唯一の例外なのはわかるとして・・・
第一級で開示が可能な場合は、惑星中で僅かに二名「Drエンディア」「ルーテシア・エビデンス」だけが参照できることになる。人類で一名、機械知性で一名だけという極めて機密性が高いものがこれにあたる。
「わかったわ~♪大丈夫よ~、ダメなことは無理してお話しなくて大丈夫ですからね♪」
「・・うん♪」
お嬢ちゃんはあからさまにホッとした顔したな・・、姐さんの事だから後で調べて首突っ込むだろうから概要くらいは調べておく必要がありそうだ・・。
にしてもヤバそうな案件だなこりゃぁ。ちなみに俺のIDは第五級機密文章までしかパスできない。
御大層な表現ではあるが、第五級ってのはメンテナンス技師・心理カウンセラーとして知りうる他者の公的情報程度の内容であって姐さんのソレとはランクが違う。
「それじゃぁ、この間あったおじいちゃん“ドクター・エンディア”についてはどう“認識“しているの?」
恐らくこの回答は現場に本人がいなくて認証されていないから、ダメなハズだけれど・・一応確認が必要よね。研究者としてこの質問はハズせないわ。
「・・・ 当代“ドクター・エンディア”、ラング・ブランシェット、人類側代表管理権限者、人類男性、記憶継承指定者。おやつくれるおじいちゃん・・・だよ・・。」
うん、やっぱりね♪この間は“Drエンディア本人”からの開示請求だったからあそこまで答えたので確定だわ。だんだんルールが分かってきたわね♪
「それじゃぁ最後に・・、アズちゃんは何か昔のことを覚えていないかしら?」
「・・・アズは、製造されたのが遺失文明期Epo997年の6月27日ですの。眠っていたときに誰かが声をかけてきた気がするけど・・・よく覚えてない・・?ですの・・。でも、もうアズの姉妹さんは生まれてこないことは知ってるですの・・。」
!?この子と同じシリーズの姉妹体があるってこと!?
「あらまぁ~?アズちゃんにはお姉さんや妹さんがいたってことなのかな~?」
「・・・ううん、そうじゃないですの・・えっとね、アズは残存稼働年数が100万年くらいあって・・でも、そのかわり・・うぅ~ん・・・(くらくら)」
「姐さん、そろそろお嬢ちゃんは限界っぽいな。少し休ませてやらねーと・・。」
「ええ、そうね・・。」
・・・・疲れちまったお嬢ちゃんをベッドに戻して、姐さんと俺で内容を整理する。
「なぁ、最後のお嬢ちゃんのアレ・・・」
「ええ、稼働寿命が100万年あるっていうやつね?」
「おそらく冗談でもなんでもなく、真実なんだろうな・・。俺達ごく普通の機械知性体ってーのは程度の差こそあれ最大でも200年程度で送還されるのが原則だ。そりゃぁ、人類よりは幾分長いがそんなもんだ。」
「古い文献を調べたところレスェルミン発生前の旧人類は150年程度の寿命があったみたいだから、当時としての理念は人類と同程度の寿命で教育期間が短い程度の差異だったのかもしれないわね・・。」
「なるほどな・・、その設計思想から考えると今の機械知性体の稼働年数に対しては一理ある・・。それにしても100万年だと・・?そんな年月一人で周りの者を看取り続けなきゃいけないなんて、あんまりじゃねぇかよぉ・・・まるで呪いだぜ。」
そうね?通常の機械知性体の5000倍の寿命?旧人類が一体何の目的でこの子を作ったのか理由が分からないわね。
機械知性体は身体内蔵のエネルギーを使い果たす前に、プラネットハーツから指示が来て送還するのが通例だから余程の事故的現場でもなければ意識のない個体を目にすることはないし、社会の循環システム的にこれで問題がない。
そもそも、送還しないで1体にこれ程の時間を過ごさせる必然性は?・・あぁ、なるほど。
だから精神が幼い状態を維持しているのね・・。恐らく成熟しきった精神ではこの“刻”を耐えることはできないということかしら・・。興味深いわね。
でも、何かしら?最後のピースが足りていない・・埋める穴すらも違うようなもどかしい違和感が残るわね・・・・。
最後に残った小さなパズルピースの穴・・・その形は未だハッキリ見えてきたとは言えない。