EP 008 「天使に願いを!」
【現人文明期 8895年4月27日】
リリエンタール&ハーモニクス診療所からのサルベージ報告書が、ガルの手によって政府中枢にもたらされた。
ベクターの対応から自分担当の案件であったにもかかわらず、他の仕事で手一杯だった
ルーテシアが事後報告しか貰えてなく精神が荒れており、“私もアズちゃんに会わせろー!”と
かなりお冠だったご様子。
忙しくここ数日窓口休業であったこともあり、翌日早々から窓口業務にならんでいた者たちが
うっかりと・・彼女に“文句を言ってしまい”電撃掃射でレア気味に焼き払っているんだが
コレをどうにかしてほしい・・と
恐ろしく爽やかな連絡がドクター・エンディアから届いた。
何のことは無い、要は“アズちゃんを連れてこい”という召喚状というわけだ。
まぁ、ルーテシア嬢に“もっと早く仕事をやれ”なんて文句をいう奴は、高電圧食らってもしょうがねーな。
誰よりも早く多くの仕事をこなしてるってーのに、全くアホなやつらだぜ。
うちでメンテした方がいいんじゃねーか?人類の場合は知らん、専門外だ。
さーてと、うちのお嬢ちゃんと姐さんの準備を待ちつつ・・・
ちょっと調べものをしないとな・・。
実はこの間の“教育番組で歌っていた機械知性オリヴィア”の事を調べて欲しいって
嬢ちゃんに頼まれてたんだ。
「えれくぱぱ・・おねがい☆・・・だってよ~たまらんな~!よし!パパに任せとけってなもんだ。」
端末検索ルーチンを駆使する猛烈なキーボード音が響き渡る・・・
「アズちゃん、ハンカチとティッシュもったかなー?」
「しんしあまま~☆もったで~すの~♪」
きゃいきゃい♪と楽しそうな声をBGMに調べものを進める。
名前:オリヴィア・アーティエル・ハーツ
略歴:教育番組などを含む、歌配信による活動195年目をスコア。
“レスェルミン”患者への慰問コンサートなど活動は多岐にわたる・・か。
どれどれ、連絡先はっと・・・
「えれくぱぱー?もう行くですのよ~??・・お膝ポンポンですの♪」
おっと、時間切れか。大方調べ終わったしな・・・後でお嬢ちゃんに教えてあげるとしよう。
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「アズリエルは初めての外出さんですの~♪・・るんるんですの~♪」
「アズちゃんお天気でよかったわね~♪、今日は皆にアズちゃんが生まれましたっていうご挨拶にいくのよ~。」
「行くですの~♪」
物珍しそうに辺りをキョロキョロしながら、あれこれ質問攻めにされながらしばらく歩いていると
大きな積層型ビルが見えてきた。
姐さんはともかく俺自身は政府に顔を出すのは久しぶりだな~・・・もう20年くらいぶりだったような・・?
「あら、ゴディアスじゃない!お久しぶりね~」
シンシアがセキュリティーエリア行きのEVに近付き、待機していた大柄の男性に声をかける。
「これはリリエンタール様、ご足労頂きありがとうございます!ドクター・エンディアより伺っております。どうぞ!」
今姐さんが声をかけた大柄な中年男性の名は“ゴディアス・ロンド”
政府中枢の警備隊長を務める人物だ。
俺はさして気にしてないが、どうやら機械知性は少し苦手みたいで姐さんに対したのとは違い、少しギクシャクした挨拶を交わした後、早々にEVに乗り込むことになった。
「おぉ~?床が動いてるですの~?!すごい・・・どんどん昇っていくんだ~♪」
「お嬢ちゃんはどうやら重力制御式昇降機(EV)を使うのは初めてみて~だな。」
「はいですの~♪」
このビルは成層圏近くまでの高度を誇るが、カーゴ内から強化テクタリウムガラスを通して
外が見える構造だったな。
なんつーんだ?ガラスのフラスコみたいな構造で光の床が上下すっから、高所恐怖症のために
映像シェーダーも用意してあるっていう壮大な技術の無駄遣いをしたっていう逸品だ。
俺は好きなんだけどな。
お嬢ちゃんは両手をついてじーっと外を眺めていたが、小さな声でぽつりと呟いた。
「・・・・心の輝きが、減っている・・・ですの。」
「ん?お嬢ちゃん何かいったかい?」
「・・・ボケ~・・・ううん・・なんでもないよ~。」
EVが目的階に到着した音を奏でたため、お嬢ちゃんの興味はそちらに移ったようだった。
「ち~ん♪ですの☆」
EVを降りたフロアにはドクター・エンディアが既に待っていた。
「やぁ、良く来てくれたね・・ワシは“ラング・ブランシェット”通称ドクター・エンディアじゃよ・・・。ようこそ、惑星政府中枢へ、お嬢さん・・・ほっほっ、おやつを用意しておいたが食べるかねー?」
いつも厳めしい顔をしたドクター・エンディアって誰よ?ってくらい
“孫に接するようなおじいちゃん顔”をキメた
ドクター・エンディアに対して、にやにやしながらシンシア姐さんが口をひらく。
「あら?おじいちゃん、人類代表の挨拶がそれでいいのかしらー?クスクス・・」
「んっんっ!、いや・・その・・・な、お嬢ちゃんの姿はデーターピクチャーで確認しておったから、つい・・な」
「あーっ!おやつでーすのー!じゅるり・・・」
アズリエルはさっそくドクター・エンディアの執務室に用意されていた“おやつ”に反応した。
あの色とりどりのカラーを見るに、ガルの奴が用意しておいたんだろうなー。
「わーい!おやつ~♪おじいちゃんスキで~すの~♪」
出会って1分もたたずにあっさり取り込まれるお嬢ちゃんの姿に、ハァっとため息がでるぜ・・。
「さて、ルーテシアくんが合流してくるまで、いくつか通信にのせられない報告を聞いておくとしよう・・・。」
ここからは研究者として、そして医師としての報告となる。
まず初めに、“アズリエル”と発声できないことを直接ドクターに試してもらい、現実を再認識してもらう。
次は報告書の補足だ。
1、遺失文明期のAIである以外に先史文明期の物品をアズリエル個人が資格所有していたこと。
2、急速に知性を獲得してきてはいるが、表面上は小さなお嬢ちゃんくらいの感情表現に準拠して
インターフェイシングしているであろうこと。これが表層人格なのか、そういうモノなのかは
調査中であること。
3、時折年齢に不似合いなことを呟いたり、理解しがたい言動をすることがある点。
過去の記憶なのかは不明。
4、“歌”に対して異常な執着を見せたこと。
また、その際に急激に知性レベルが向上した事実。
5、とても可愛くて、目に入れてもいたくない・・・最後にエレクがコレを発言した瞬間
“シンシアからおしおき”が炸裂して主な報告は終了となった。
「はぁ・・・はぁ・・・アズちゃーん!」
EVホールの方からルーテシアの声が聞こえてきた。
俺達機械知性には息切れなんて無いだろうに、全く芸の細かいこった。
まぁ、可愛げがあって嫌いじゃないがなー。
「・・・はぐはぐ・・おやつ美味しいですの~♪・・・うん~?・・・・」
執務室に到着したルーテシアを一目見たとき、一瞬だけアズちゃんの表情がスッと引き締まった気がしたような・・・?
あらら~?これは何かありそうね。あとで調べてみましょうかしら♪
「アズちゃんのために、有名店のおやつ買ってきたのですぅ~!どうぞこれを捧げますわぁ~♪」
「わぁ☆ルーテシアおねーちゃん、ありがと~だよ~♪」
“みすとれす・どーなつ”という有名店のどーなつ効果により、猫にマタタビ、アズにどーなつ!?
最初の一瞬がうそのようにキラキラした表情を向けて楽しく会話しだした。
大人しく撫でまわされていたお嬢ちゃんだったが、ぽつりと一言。
「・・・ルーテシアおねーちゃんは第七世代のおねーちゃんですの~?」
・・・一瞬現場が凍り付いた。
それもそのはず、お嬢ちゃんが言った「第七世代」とは一般に公開されていないルーテシアの
特殊な素性を示すもので、知っているはずもなければ、その辺に記載されているような情報では断じてない。
ここにいる連中は全員知っていることではあるのだが・・・一言でいえば機密事項だ。
「あららー?シンシア様ひょっとしてアズちゃんに・・・??」
無許可で機密事項を教えたんじゃなかろーな!と、ビキビキした笑顔をシンシアに向けて発射するルーテシア。
「いえ、一切そのような情報は与えておりません。」
スパっと真顔で言い切る姐さんに、一同顔を見合わせて困惑する。
「お嬢ちゃん、ルーテシアくんが何のお仕事をしているのか、知っているのかい~?おじいちゃんに教えてくれないかな~?」
ドクター・エンディアが皆にかわりお嬢ちゃんに質問してみると・・。
アズリエルの目がスゥっと変わり・・・
「音声認識プロトコル・・認証/当代人類管理権限者ドクター・エンディアの要請を識別・・・受諾。」
「個体名“ルーテシア・エビデンス”第七世代型 特殊管理機構専属機・PH隷属端末の一体・・・」
「諸元SPC/グリーン、Epo7580年製造ーリプロダクション転換許諾個体、累計1315年の稼働を認識・・・」
「個体製造番号rXvc.29.115.779.359.225・・・惑星中枢維持システムPHのサブ・システムアドミニレータ権限保有個体。」
「現政府所属、機密事項アクセス可能レベル第一級Sec・・」
・・・・オイオイ!!!なんでそんなこと知ってるんだ?俺も聞いたことねーことまでツラツラ出てねーか!?
「あら・・?アズちゃん良く知っているわね~えらいわ~♪ヾ(・ω・*)なでなで」
シンシア姐さんが、周りに“何も余計なことはいうな”とガンを飛ばしながら、お嬢ちゃんを抱いて優しく撫でながらそれとなく発言をストップさせた。
「特級封印規定ー特例保護観察権付与者による停止提示行動を受諾・・・・。」
「ふぅむ、これは確かに遺失文明期の遺産・・なんじゃろうな。記憶継承を受けているワシ以外知らないはずの知識だよ。」
「アズちゃんはぁ~、なんでも知ってるんですのね~!ちょっとルーテシアお姉ちゃんはビックリしちゃいましたよ~。」
周りが慌ててフォローを初めたころ・・当の本人は・・
「ほえ・・?どーなつ、食べたいですの~♪」
どーなつモードに一人回帰していたのだった・・・。
皆の議論が白熱するなか、ワシはそっとお嬢ちゃんに言葉をかけた・・・。
「なぁ、お嬢ちゃんや。おじいちゃんからのお願いを聞いてはくれないかな・・?」
「うん♪いいよー☆、な~んですの~?」
「まだ、幼い君にはプリレゾンデートルが無いはずだったね。
もしよければ遥か太古に姿を消してしまった“歌天使”を探してはくれないだろうか・・?時間があるときにでいいんだ・・」
「う・・・た・・んし・・、うん!いいよ~♪」キュィィィィーン!!
彼は本気でいった訳ではなかったのだろう。
でも、いままで他の誰にもこの願いを口にすることはできなかっただけなのだ。
ただ、つぶやいただけ・・・。
全てを知らなくてはいけない者として、他の者に話せない事が多すぎて・・・・
肩に圧し掛かる重圧にいつも押しつぶされそうになる・・・。
しかし、そんな老人の言葉にアズリエルの瞳は一瞬輝きに満ちて、力強く頷いたようにみえたのだった・・。