EP 005 「エンジェル・アクティベート」
【現人文明期 8895年4月20日】
「・・・おはようございます姐さん・・、ってコリャ一体なんですー!?」
いつもより少し早めに出勤してきたエレクが目にしたものは、診療所の処置室いっぱいにひっちらかった機器の数々。
床一杯の解析機器をはじめ、電子頭脳起動補助装置など、さながら機械の海といった有様だ。
ひときわ目立つのは、円形の処置室中央に設置されている?少しフワフワ浮いているように見える半透明のケース。
「あー?エレクー?おはよう、他作業は全部キャンセル!!
さっそくで悪いんだけどコレやるわよ!」
オレに一瞥もくれず姐さんが集中しているのは、どうやらケースの中身みたいだ。
半透明のケースは淡く輝いており、光のラインが行き来しながらまるでこちらの状況を伺っているかの如く・・。
この“集中している姐さん”にその場で質問するなどという愚は犯さない。
俺は賢い機械知性体なんでな・・。
「了解<ラジャー>、40秒で支度します。」
ザザっといつもの準備を済ませて白衣装着、準備ヨシ!・・・にしてもこれは・・・?。
確かこの間のADF(Angel Doll Factory)からの荷には無かったはずのボディみたいだが・・
。
ススッとケースに近寄り作業に着手しながら解析機のデータに目を通す。
「ん?姐さん“404”のオンパレードじゃないですか。どこから拾ってきたんです・・コレ?」
*解析コード404=解析不能を示すコード。
追加の大型解析器にリンクケーブルを繋ぎつつ、一通りの内容を頭に叩き込む。
「あー、その辺は後でまとめて説明するから・・・
ん、その解析ラインはPH/ADFに直結してくれる?アニスに許可取ってるから問題ないわ」
*PH/ADF(プラネットハーツ・エンジェルドールファクトリーライン)
=一般的な解析器で対処出来ない問題を解決するため惑星中枢演算システムの補助を
借りることができる。当然作業内容は伝わるし、使用には事前申請と許可が必要。
「ゲッ、PH/ADFってことはお偉いさんの秘匿案件ってなーところですかね」
俺は作業するスピードはそのまま維持しながらチラリとケースを覗き込む。
まぁ・・そりゃそうだよな、こんな未知の機械知性体なんざ俺の稼働年数159年上でも見たことがない。
シンシア「準備いい?3・2・1・リンク!」
エレク「準備オケー3・2・1・リンク!」
シンシア、エレクの声がきれいにハモってPH/ADFラインが稼働を始める。
突如今までの100倍以上の解析データがモニタに溢れてきた。
両者無言で手元の端末をじっと見つめる。
「いいわ!いいわね!・・やっぱり!遺失文明期・・うふふっ、たまらないわ!」
あーー、姐さんエキサイティングしてんなー・・・と思いつつ、コイツはこの間の
“アレ”で発掘してきたんだろうなーとアタリを付けておく。
いくらAIだって驚きもするんで心の準備は必要ってなもんさ。
なーんて“平常心プログラム”を展開して心の安寧を確保しようとしていたが、それは次の解析結果で全て吹き飛んだ。
「んなっ!?最終起動テストの履歴が推定7000年前だと!?」
「ビンゴっ!地層年代と一致してるじゃない!」
【PH/ADF 通信元:アニス・エンジェルリング】
「PiPiPiPi・・・シンシアさーん、聞こえますか~?」
「アニスー?そっちでもモニターしてたんでしょ?アタリよこの子
“現存する唯一の遺失文明期AI”で間違いなし!」
「それはそれは~、お役に立ててよかったです~。ルーテシアさんからたった今起動許可と実行要請が・・その子うまく起きそうでしょうか~? 」
「あーやるに決まってるじゃない!許可がなくてもやるにきまって・・」
「・・いまのは~、通話記録から~、消しておきますので~、その子の事よろしくお願いします~。」
「OK!OK!!分かってるじゃない、やっぱり持つべきものは物分かりのいい友人よね~。
お礼にアニスを解体するのはしばらく延期してあげるわよー?」
「ひぃぃぃぃ~、や~め~てください~(汗」ブツッ・・Pid
姐さんとアニスが楽しくおしゃべりしている間、俺はそっとケースに手を触れてみた・・
“特級封印指定・天使型自立機械知性ASRIEL”
・・・俺は機械知性だからなのか?、この古代言語を理解できた。
「こいつは古代プログラミング言語がベースってわけか・・、なるほどな。」
まぁ、解ったところでどうしょうもないんだが・・。
少しでも相手の事を把握できりゃ心が落ち着きを取り戻すもんなんでな。
「このまま起動までやるわよ!」
「オーライ準備済みです姐さん。」
長きに渡りパートナーをしている俺達は最小限度の意思疎通で事足りる。
姐さんの事だ、“許可なんて関係なく”どーせやるんだろうと思ったさ。
もちろん俺も興味は・・ある。
・・・威勢良く起動宣言したはいいけど、“中身”をどうするかよね・・。
解析器の結果からこの子は何等かの事情で7000年前に起動できずに封印処理されたっぽいし・・・
そういえば、この間PHから送られてきた“心”で
一つだけ頑なにインストールできない人格構成プログラムがあったわね・・・。
・・・あぁ、そういうことなのね。
「起動術式開始!人格構成プログラムは“<発声できない>”を使用」
「了解<ラジャー>、ボディの封印処理に対する解除認証はどうします?」
「私のIDと意思伝達入力で解除できるハズ・・・任せてちょうだい」
猛烈な勢いで姐さんが端末にコードを打ち込み始めた。
良くわからんがどうやら道筋はあるみたいだ。
こういう時は黙って乗っかるのが男ってもんよ・・。俺は支援に全力を傾ける。
【端末/解析器】
「Pi・・特級封印処理ニ対応スル解除コードヲドウゾ。入力エラー許容回数ハ0回デス。
ERROR時全システム自壊消失トナリマス・・・Pid」
「可愛い私のお寝坊ちゃん起きなさい!解除認証コードを想いうかべる“<発声できない>”!!」
刹那の間をおいて、ケースに瞬く光のラインが複雑な軌道に変化して虹色の螺旋模様を描きだす!
まるで子宮みたいね・・・ふふっ、生まれてきなさいな・・。
・・ずーっとずーっと、永い間揺りかごの中でぼんやりとしていた・・
・・・遠い昔に誰かに呼ばれた気がしたけど、やがてはその声も聞こえなくなり・・・
・・・・ずーっとずーっと、永い間静かに目を閉じていたの・・・でも・・わたくしは・・・
【端末/解析器】
「Vii!!!・・システム付加極大・・限界値突破!5秒後ニダウンシマス・・。
緊急継続支援シグナル発信!」
【PH/ADF】
「GiGi・・緊急支援受諾、起動プロセス引継開始!・・・惑星中枢維持システム87%干渉負荷極大!・・該当支援ノ打チ切リヲ検討!・・外部ヨリハッキングヲ検知!?防御プロセス展開・・・・Pid」
【G-VALNA】
「PiPi・・正規ノ保護観察権者ヨリ“エンジェル・アクティベート”ヲ意思検出、システム再起動!」
オォオォォォォォォォォォン!
「惑星中枢制御システム“プラネットハーツ”ニ対シ強制干渉ヲ実行。時空粒子転換炉出力全開。」
ーーワタシタチ ノ ミマモリシ サイゴノ コドモ・・・--
「時空凍結機構ヲ改編再生成、“エンジェル・バース・マザーリンク”<天使ノ産道>・・生成完了
設定座標転移・・・<創世ノ揺リカゴ>ヲ補足、保護観察権者ノ元ヘ全システム転移・・・」
Viiii!!極大負荷199.999999999%!!惑星中枢ノ防壁ヲ抑エル活動限界突破!!
ーERシステムオーバーロードERー 炉心融解マデ主観時間0.321Sec・・・
「概念時間制御装置作動、自動時空間再展開措置ヲ実行。」
ーー ミズカラノ プリレゾンデートル ニ カケテ・・・・ーー
地下深くの震源地から直下型の大地震が記録されたこの日、一人の機械知性が目覚めた。