彼女の視線の先には、俺。
「や、やっぱりあの女子は俺の事を見ている、のか……?」
教室の隅っこの席でボソッと一人呟く男。そんな男の名は白山千鳥。千鳥はどこにでもいるような極々普通の高校生であって、学力は……普通。ならば彼は運動能力が高いのだろうか? 否、そういうわけでもない。では、性格は? 普通。顔は? 普通。
とまぁ、そのような感じで。白山千鳥という人間は“普通”なのだ。
では、いったいそんな彼が教室の隅の席に座って何を呟いているのかと言えば……時は一週間ほど前に遡る。
授業が終わり、教室の端にある特等席を我が物顔で満喫する彼は、お気に入りの本を机の中から取り出し文章に目を流し始めた。のだが、
(…………ん?)
本を読んでいる最中にふと視線を感じた。顔を上げて周りをキョロキョロ。だが、こちらを見ている生徒は見当たらない。
しばらく教室を見渡してから、気のせいだったかという考えに至り、再び視線を下に向ける。
それから少ししてから、
「なぁ、白山ぁ。せっかくの貴重な休み時間だってのにお前は何をしてるんだよ」
横から呆れを含んだイケメンボイスが耳に流れ込んでくる。
「え? あぁ、五十嵐か。そんなの決まってるだろ。貴重な休み時間だからこそ本を読むんだよ」
千鳥が返事をした相手の名前は、五十嵐健也。
茶色混じりのサラサラな黒髪に目鼻立ちがキリッとした美しい顔を彼は持ち合わせていて、身長もまぁまぁ高い。そして誰に対しても明るく接している。そんな彼のような人間が所謂陽キャというやつなのだろう。
そして、学年を越えて学校中のたくさんの女子たちから思いを寄せられているという噂が千鳥の耳に入るほどの人気ぶり。
顔面偏差値が平均値で、教室の隅で一人寂しく……一人楽しく本を読んでいる千鳥とは正反対の種類の人間なのだが、実は健也と千鳥は中学時代からの付き合いがあるのだ。
「休み時間だからこそ読むってお前……。まぁ、それは良いとして白山っ! お前、今日の放課後暇かッ!?」
「う、うーん。一応読書でスッゴい忙しいんだけど……特に今日は用事が入ってないな」
前のめり気味に質問してくる健也の勢いに尻込みしながらも答える千鳥に対して、健也は心底嬉しそうな顔をして口を開く。
「よっしぁっ! じぁさ、放課後にゲーセン行こうぜ!」
「え、それはちょっ――」
「いやぁ、マジでサンキューな!? これで放課後、退屈しないで済むわ!」
「…………」
これ以上言いたいことは無いらしく健也は満足そうにクラスの男子たちが固まっている場所へ歩いていった。
「まだ良いとは言ってないんだけどなぁ……」
と、呟くようにして放たれた千鳥の言葉は既に他の男子と会話をしている健也には当然聞こえるはずもなく――。
数日後。
(むぅ……また視線を感じるな)
健也と会話をしている最中に、また誰かに見られているような感覚を千鳥は覚える。
ここ最近このような視線を頻繁に感じるのだ。
いったいこの視線は何なんだろうかと疑問に思った彼はある行動に出ることを決断した。
「でさ? 彩音がさ、うっかりハンカチを落とし――」
「五十嵐、話の途中に悪いんだけどちょっと待ってくれ」
「お、おう……?」
愉快に話をしていた健也は突然話を遮って立ち上がった千鳥に困惑しながらも頷く。
そんな健也を横目に千鳥は視線の出所だと目星を付けている教室のドア裏へ早足で歩いていく。
そして教室のドアまで歩いていった千鳥がドアの裏を見ると、そこには……一人の女子がいた。
背中まで伸びるベージュ色の長髪に髪と同じ色のまんまるとした瞳。その容姿を見て彼女を一言で表すとするならば“可憐”だ、と賛美できるほどの美しさを持ち合わせていた。そして、上履きの色は俺と同じ二年生を示す赤色だった。
「あ、あの、さっきからこっちを見ているようですけど、何か用があるんですか?」
「……!?」
突然話しかけてきた千鳥に、その女子は驚きの表情を顔全体に浮かべた後、逃げるように慌てて廊下を駆けていった。
(誰かがこっちを見ているなとは思ってたけどまさかその正体があんなに可愛い女子だったなんて……。俺を見るなりすぐに逃げていったけど、彼女はいったい何を考えているんだろうか)
そんな感じで物思いにふけていると、席に座っていた健也が千鳥のすぐ側まで近付いてきて不思議そうに尋ねてくる。
「おい、白山。急に廊下に出てどうしたんだよ。何かあったのか?」
「あぁ、いや、何でもなかったわ。……それでさっきの話の続きはどうなったんだ?」
「ふーん、そうか。で、どこまで話したっけかな……あ、そうそう! それでさ? 彩音が……」
健也の話は次の授業が始まるまで続いたのだった。
そして翌日。
今日という日も普通人間である白山千鳥は普通に授業を受け、普通に授業が終わり、休み時間に毎日の如く読書を楽しんでいた。そんなTHE普通人間の千鳥の元へ近づく人物が一人。
「白山っ、頼む! 一生のお願い! ノート見してくんね!?」
髪型が普段とは違ってボサボサ気味の健也が顔前に両手を合わせながら千鳥に懇願してきた。
「あのなぁ、授業中にお前が居眠りするのが悪いんだろ。それに前にもこういう頼み事があったよな? 流石に二度目は貸してあげられないな」
「白山よ、良いのかそれで。俺にはな? 中学時代のお前の恥ずかしエピソードを知ってるわけなんだが……それをクラスの全員に言い振らしても良いっていうことなんだよな」
「うっ……わかったよ。見せれば良いんだろ見せれば」
「ははっ! やっぱり持つべきものは友だよなっ! 助かるぜ~!」
してやったり顔の健也を見て文句の一つや二つを言ってやりたくなった千鳥なのである。
と、そこで再び“あの”視線を感じる。その視線の方向へ顔を向けると、そこには千鳥の予想通り、例の女子がドアから顔を覗かせていた。
それから……彼女と目があった。
そして現在の状況に戻るというわけだ。
「や、やっぱりあの女子は俺の事を見ている、のか……?」
ボソッと一人呟く千鳥。そう呟いた途端に自身の心臓が痛くなるほどに高鳴ってくるのを感じる。
「ん? なぁ、お前何一人でぶつぶつ言ってるんだ? ……って、おいおい、まさかの無視かよ。……? おーい、白山? 生きてるかぁ?」
健也が心配そうに声をかけるてくるが、そんなことは今の千鳥にとっては微細なこと。千鳥の意識は完全にあの女子の方へと向いていた。
(前にも何度か視線を感じることはあったけど、それは偶然だと片付けてた。……だけど流石に、こう何度もこっちを見てくるのはおかしいよな? まさか、まさかとは思うけどあの女子は俺のことが好きで俺の方を見てきてたりして……)
そんな考えが頭に浮かんでくる。だが、すぐにそう思うのはまだ早計だろうと考え、気持ちを切り替えるべく頭をブンブンと横に振る。
「……い、おーい! 白山ぁ!」
「……? あ、あぁ。五十嵐か。どうしたん
だ?」
「どうしたんだってお前。さっきからずっと呼びかけてるだろうが……って、もしかしてお前、体調でも悪いのか?」
呆れ顔から一変して真面目な顔をする健也に千鳥は笑顔で、
「いやな、ちょっと考え事してただけだ。ごめんな。それと別に体調悪いわけじゃないから安心してな」
「そ、そうか? なら良いんだが……」
と、そこで予鈴のチャイムが鳴り始めたので健也は自身の席へと早足で戻っていった。
下校中。
(おいおいおい。あの女子、こんなところまで俺たちの後をつけてきてるぞ……。ということは、やっぱりあの女子は俺のことが……)
健也と下校している途中にふと後方から視線を感じたので、そっと後ろの方を見てみれば、なんとまぁ驚くことに。
電線の裏に身を隠しているつもりなのだろう――身体が少しはみ出ているので完全には隠れきれていないのだが――例の女子の姿があったのだ。
そしてその瞬間に千鳥は確信した。
あの女子は俺のことが好きなんだ、と。
千鳥の頭の中では推測や妄想、想像など様々な考えがぐるぐると飛び回る。おそらく今の千鳥の想像力は東大生のそれと遜色がないほどだろう。いや、妄想力と言った方が良いかもしれないが。
その後も千鳥は莫大な量の考えを巡らせ、時にはブツブツと呟きながら家まで歩いていったのだった。
ちなみにそんな彼の隣を歩く健也は千鳥の様子に少し……いや、かなりドン引きしていた。
そして数週間後。
(遂に……遂に来たぁぁぁぁ! よっしぁぁぁぁぁッ!!)
現在の千鳥の脳内はこんな感じ。何がどうなって千鳥はここまで狂い果ててしまっているのか。
その原因は頻繁に視線をこちらに送ってくるあの女子にある。
千鳥に呼び出しがあったのだ。
そう。その例の女子からの呼び出しが。
放課後に体育館裏へ来てください、との呼び出しが。
千鳥はその言葉を聞いた瞬間、それはもう歓喜に震え上がった。
遂にこんな俺にも女子から、ましてやあんなに可愛い女子から告白される日がくるんだ! と。
授業中、ノートなどを放り投げてその女子のいる教室へ特攻しに行こうかとどれほど思い、それを必死に堪えたことか。
そして、
今日の授業が順当に終わっていき……。
帰りの挨拶が終わり……。
そして運命の放課後。
漫画などでよく登場する、あのぐるぐる足の演出が現れるのではないかというほどの速度で、千鳥は体育館裏へと向かった。
体育館裏へ到着するも、まだ彼女の姿は見当たらない。
千鳥が体育館裏で待つこと数分。
靴音が聞こえてくる。その音が近付いてきていることから、千鳥のいる場所へ向かってきていると分かる。
そして、靴音が徐々に大きくなっていき姿を見せたのは当然、あの女子だった。
彼女は、ここまで走ってきたのか少し乱れた髪を手で整えながら最初に、遅くなってごめんなさいと千鳥に謝ってから、話を始めた。
「急に呼び出したりしてごめんなさい。それで、さっそく本題に入るんですが大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫ですよ」
「では……じ、実はですね? す、す……」
やっぱり告白だよなこれ。す、っていったら好き以外ないだろ。つ、ついに俺にも恋人が……。
と、はやる気持ちを必死に抑えながら彼女の言葉を待つ。しばらくしてから、彼女は意を決したのか表情を引き締め、再び口を開く。
「す、好き、なん……です」
「え、す、好きって……何が?」
「え、えーと……。せ、せ……」
ドキドキ、ドキドキ。
「……せ?」
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
「せ、千鳥くんとよく一緒にいる健也くんのことが好きなんでしゅっ!」
(あ、今噛んだよななにそれ可愛い。……ってそんなことよりもッ! え、今……健也のことが……好きって? こ、この俺じゃなくて? な、なんでだよ。だって……だって、そんなのおかしいでしょうが。なにせ毎日俺の事を見てたんだから)
「え、えーと。毎日、廊下からこっちの方を見てたのはどういう理由があって……?」
「うっ、やっぱりバレてましたよね。それは……け、健也くんのことを眺めるため、です」
「え……。じ、じぁ、下校中に俺たちを尾行してきてたのも健也を眺めたくてのことだったんですか……?」
「は、はい。お恥ずかしい限りです……」
「なっ……。じ、じぁ、どうして今日この場所に俺を呼んだんですか」
「実は健也くんに渡してほしいものがあって……」
「……わ、渡したいもの、とは?」
「ら……ラブレター、です」
「…………」
この拙作を最後まで読んで頂きありがとうございます。
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