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涙の訳  作者: 飯野こゆみ
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噂の人

サークルの年変わり初めのアウトドア、題して「河原でバーベキューして、仲良くなろう大作戦」

の連絡が来た。

相変わらずの翔子。

いくら、行かないと言っても大丈夫だよと暫しの押し問答。

挙句の果てにはまだ了解していないのに先輩に迎えを頼む始末。

先輩も私の気持ちを少しは察してくれたみたいだったけれど、最後は翔子の気迫に負けてしまったようだった。

そして、今、私は先輩の車に乗っていた。

と言っても私だけではなく、他にも2人、先輩と同じ経済科の浩太先輩と笑うとエクボの可愛い結菜先輩。

助手席に結菜先輩、後部座席に浩太先輩と私が座っている。浩太先輩は結菜先輩と漫才のようにしゃべりっぱなし。

一見、ケンカでもしているような2人だけど良く聞いていると違うんだろうなって。

一生懸命アピールしている浩太先輩をかわす結菜先輩といったところだろうか。


ゴールデンウィークの真っ只中、行楽地へ向かう一本道は渋滞とまではいかないが、程ほどに込んでいた。


車から流れる緩やかな景色をぼーっと眺めていた。

結菜先輩と休戦したのか、浩太先輩が私に話掛けてきた。

会話に参加せず、外を眺めていたからか

「もしかして、酔った?大丈夫?」と気遣う声を。

私は直ぐに

「初めてみるとこだなぁと思って、具合は全く」

と言ったのだが。

「ほんと、無理しないで早めに言うんだぞ」

ってまだ心配してくれているみたいだった。

助手席の結菜先輩も心配してくれたようで、大きく振り返って

「席替わろうか?」

って言ってくれた。本当に良い人達だななんて。

先輩もバックミラー越しに私を気にしてくれているのが解った。

いつもよりもちょっと大きな声で

「ほんと、大丈夫ですよ」と笑ってみせた。


「先輩は前にも来たことがあるんですか?」

初めて私から話掛けてみた。勿論私は運転している先輩に放った言葉なのだが、この言葉に他の先輩も反応をする。

先輩は先輩だし、浩太先輩も結菜先輩も今日会ったばかりだから。

そう思った事を呑みこんだ。

浩太先輩に

「紛らわしいからこいつの事は稔先輩と呼んでくれないか?俺は浩太ね。結菜はいいとして。先輩って呼ばれるとその度に反応しちゃうからさ。なっ。」

最後の”なっ”は結菜先輩にむけた言葉だ。結菜先輩も「そうだね、その方が紛らわしくなくていいかもね」なんて

肝心な先輩と私を置いて話は進んでいく。私が返事をする前に先に先輩が口を開いた。

「俺もその方が嬉しいかな」って。

先輩にそう言われたんじゃそうする他ないよね。と私もそれから先輩だけではなく名前を付けて呼ぶようになったんだ。

車内でのおしゃべりはそれから私も参加するようになって、私の気持ちもちょっと変わってきた。

あれだけ行かなくてもいいよなんて言っていたはずなのに、楽しくなってきている私も出てきた。



目的地に着くころには、本当に馴染んできて来て良かったなんて思い始めた。

これも稔先輩のおかげなのかもしれない。

それから、荷物を降ろして集合場所へ。

この前の新歓の半分位の人数だ。

翔子は先に到着していたようで、何人かと楽しそうに話をしていた。

私の姿をみると駆け寄ってきて、「ちょっと心配したけど、良かったちゃんと来たんだね」

って私の手を握って、繋いだその手をブンブンと振り回した。

サークルの先輩に何をしたらいいのかをレクチャーしてもらって私は野菜を切る担当になった。

当然、女の人が多いだろうと思っていたのに、簡易的につくられた調理場ならぬテーブルの周りには男の人ばかりがいたのだ。

翔子は、包丁はパスと薪拾いに行ってしまって、この中には名前を知っている人と言えば……。


「久しぶり」

大きな声で話掛けてきたのはあの新歓出隣になった私の背中をバシバシと叩いたあの男の子だった。

確か、名前は――。

「うん久しぶりだね」

そこに助け舟

「おーい高橋、人参持ってって〜」

目の前のこいつが「おう」って返事をした。

高橋君ね。今度はきちんと覚えておかなくちゃだ。頭の中にインプットした。

男子と言ってもこなれた包丁使いにびっくりした。料理人に男の人が多いのも納得かもね。

私も目の前に積まれた野菜を黙々と刻んでいく。

「そういや、瑠璃ちゃんって稔先輩と付き合ってるって本当なの?」

思わず手に持った包丁を落としそうになった。

今、何て言った?

「あ〜動揺したからって包丁はちゃんと握ってないと怪我するぞ」

私の周りにいた人達はみんな私の様子を見て肯定とみなしたようだった。

「って私先輩と付き合ってないんだけど……」

そう言ったのに

「大丈夫だって、付き合うのは禁止なわけじゃないし、内緒にしなくちゃいけないわけでもあるんなら別だけど」

私だって、別に付き合っていたら内緒になんかしたくないっていうのに。むきになって反論したら余計に勘ぐられてしまった。

なんて事だろう。先輩は知っているのだろうか、私達がそう思われていること。

無性に腹立たしくなってきた。顔に出ていたようで、その後は誰もその話題を出す事はなかった。


だというのに、

「おっやっているな」

満面の笑みを浮かべて当の本人がやってきてしまった。

どれどれ?なんて私の隣に立って「結構上手いじゃん」なんて頭に手を置くものだから

ほらな、言った通りだろ

みたいな顔をしてこちらを見ていた。稔先輩はそんな事にちっとも気がつかず暫くいるときたもんだ。

その頃にはもうどうでもいいやなんて心境になっていた。

事実少しずつではあるけれど、稔先輩に魅かれている自分もいたからだ。

それが恋愛感情なのか、兄弟愛みたいなものかはわからないけれど。

だけど、そんな事を思いつつやっぱり考えるのはあの人の事で。

稔先輩もきっと妹みたいに思っているだけだというのが本音だろう。

仲良くなって、好きになって気まずくなるのはこれ以上ごめんだ。

だから、なるべく距離を置いたほうが自分の為なんだろうなと漠然と考えたりする自分がいた。


グリルに火が付き、テーブルの周りには見た事のない大量の食材。

とりわけ肉の量が半端じゃない。サークル内の誰だったがバイトしている精肉店で安く仕入れさせて貰ったらしいと高橋君が言っていた。

これだけの人が集まるといろいろな利点が出てくるものだ。

他にもスーパーでバイトしている人は商品入れ替えの調味料をただ同然でわけて貰ったりなんていうのも。

ただただ関心するばかり。

そして、もっと関心したのは男性陣の手際の良さだった。さっきの包丁さばきも見事だったけれど、やること全てに於いて無駄がないのだ。

さすが、アウトドアをメインにしたサークルだけの事はある。

そうだ、翔子は。

担当の仕事も終えて、翔子を探すと―― いた。

いつの間にやら仲良くなっていたあの稔先輩の友人だという先輩と2人で仲良く手を繋いで歩いてきた。

そういう事なのかな。翔子の事だ、他の人とでも手ぐらい繋ぐだろうけれど、いつもと雰囲気が違うような。

翔子の背中に花を背負っているようなそんな感じ。ほら、近づいてきたら、ぱっと手を放しちゃって。

明らかにおかしいよ、その行動。いつもはやられてばかりなので、後でじっくり聞いてみようかな、なんて意地の悪い考えが浮かんだ。


輪の中から私を見つけた翔子は大きな声で私を呼んで、腕に絡みついてきた。

小さな声で「見たよ」と言うと、翔子は可愛らしい赤い舌を出して

「まだ、これからが勝負なのよ」とおどけて笑った。


車の中でも思ったけれど、来て良かったかもしれない。

必要以上の事はあまり話さなかったけれど、居心地は悪く無かったと思う。

ささくれた私の心は少しずつだけど、丸みを帯びてきているようなそんな感じがした。

外で食べるのは案外気持ちの良いもので、話をしながらだらだらと食べていたせいか、いつも食べる量からは考えつかないくらい食べてしまった。

誰にも気がつかれないように、そっとベルトの穴をずらしている私がいた。

大学生にもなってと言われそうだが、綺麗な川に素足を入れて川べりを歩いたり、釣り好きな先輩の持ってきた釣り竿を持たせて貰って釣りを楽しんだり。

大きな声ではしゃいでみたり、日が傾き始めるその時間まで遊んでいた。本当に久しぶりに、外の世界を満喫したのだった。


初めに薪拾いやカマド作りをしていた人も片づけに加わったので、考えているよりも相当早くに片付いた。

行きと同じ車に乗って、帰路に着く。車の中では、来た時と全く違う私に先輩達は驚いていたようだった。

バックミラー越しに見えた稔先輩の笑顔がとても柔らかだった。



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