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涙の訳  作者: 飯野こゆみ
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告白

「出ておいでよ」



私に届いた一通のメール。

差出人は稔先輩だった。

自分の事が精一杯で、私に想いを打ち明けてくれた先輩の事をすっかり忘れていた。

一体どんな気持ちでこのメールを打ったのだろう。

キャンパスだけでなく、街中や駅にまで貼ってあるポスター。

先輩はどんな気持ちで見ていのだろう。

実際、あの絵の中の私とあなたは付き合っていたわけじゃないけれど。

翔子にしか打ち明けていない私の想い。

先輩に届いているはずもないのだから。

暫く携帯を見つめ、返信を送った。

いいかげん話さなくてはいけない。

優しい先輩を振り回してはいけない。

そう決心した私は、ポスターの溢れる大学へ戻る決心をした。


翌朝、大学へ向かうと校門にもたれる稔先輩がいた。

「おはよ」

「おはようございます」

挨拶を交わすだけで、2人無言で並んで歩く。

これから返事をしなくてはいけない事を考えると、ズシンと身体に鉛が入ったように重たくなる。

河原でバーベキューをしていた時に着ていたグリーンのTシャツ。

「良く似合ってますよ」って言ったら先輩は嬉しそうに言ったんだ。

「俺の勝負服だよ」って。

確かあの時も着ていたかもしれない。

今日だって。

あながちあれは冗談じゃなかったのかもしれない。

こんな私にと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

ますます顔をあげられなくなってしまった。


ちょっといいかな。

そう言って稔先輩は裏庭にあるベンチに私を誘った。

勿論断る事なんて出来なくて。

私は無言のままベンチに。

稔先輩は私の隣に少し隙間をとって静かに座った。


小さくなる私。

消えてなくなってしまいたい。

この期に及んで、私は先輩に話掛ける勇気もでない。



「正直、ガツンときたよ。あれには」

あのポスターの事だ。もう一呼吸おいて言葉が続く。


「自信があったわけじゃないけれど、今すぐにはそう思えないかもしれないけれど、

このままずっと一緒にいたらきっと振り向いてくれるってそう思ってた」と。


私も、私だってあれを見るまでは先輩とならそう思った。

だけど、それは絶対言ってはいけない事だ。

私は黙って先輩の言葉を一言も漏らさぬよう耳を傾ける。


「だけど、やっぱり無理だったのかもしれないね。きっと瑠璃子ちゃんは気がつくんだ、俺じゃ駄目だっていうこと」

先輩は前を向いたまま、それは先輩自身にそう言い聞かせているみたいなそんな言い方だった。


「俺ね、あの時あそこにいたんだ。覚えてない? あの日、受験生の案内係がいた事」


「えっ」

思わず声が漏れた。稔先輩があそこに……。

確かに校門を入ってから、発表がある中庭まで続く道に大学生の姿はあったような気がするけれど。


「俺はね、掲示板の前が担当だったんだ、あの日、嬉し涙や悔し涙を沢山見たんだ。

その中でも一人だけ焼き付いて離れない涙の子がいた、そう瑠璃子ちゃんの涙が頭から離れなかったんだ」


私は膝の上でぎゅっと手を握りしめた、その手と同様に胸もぎゅっと握られるような苦しさが襲う。

目を開けている事さえ。

強く瞑っていないと涙が溢れてしまいそうだから。

せめて、先輩の話が終わるまで。違う私がきちんと先輩に話し終えるまで、流してはいけない涙だ。


「おかしいだろ、その子の隣にはちゃんと一緒にいる男がいて、

そいつに肩を抱かれているのに、俺が抱きしてあげたいって思ったんだ、自分でも驚いたよ」


その時先輩は、大学のHPに載せるため写真を撮りにきた広報の人と一緒にいた、と。


通年、ポスターに載せるモデルを頼んでいたのだが、

今回はこれでいきましょうと声を掛けると全員一致で決まったらしい。

要はいいのが出来たためHPには使わず、ポスターになってしまったと。

写真を撮った広報の人は、私が入学したか、それこそ他の大学に行っていたら洒落にならないからと。

春になって、私の顔を見るまでは気が気じゃなかったと後に教えて貰った。


「だからね、あの日キャンパスの前で見かけた時は、驚いた。まさか瑠璃子ちゃんの方から俺のテリトリーにきてくれたのだからね」

翔子に連れられていったあの日、戸惑っている私に先輩のくれた優しい笑顔は良く覚えている。

そっか、あの時にもう先輩は私の事知っていてくれたんだね。

先輩の呼吸をおいた話一つ一つに耳を傾けていると、本当に申し訳なく思ってしまう。


「彼氏がいるって解っていたから、自分で予防線を張りながら瑠璃子ちゃんを見ていたんだ。

勿論奪おうだなんてそんな事は思ってなかった。そんな隙がない程、あの時の2人は2人で居る事が自然だったんだ。

だけど、近くで見れば見るほど瑠璃子ちゃんはちっとも、楽しそうじゃなくて。とても恋をしている顔じゃなかった。

だから段々と瑠璃子ちゃんを……って思ってしまったんだ、それは今でも変わらないよ」


これが、俺の告白だよ。そう言い終えて先輩は口を閉じた。

次は私の番だ。ここまで話してくれた先輩にちゃんと言わないと。


「あの人が好きなんです。忘れられないんです。稔先輩には本当に感謝しています。

今の私があるのも先輩のおかげだと思ってますから。でも……ごめんなさい」

一気に言い終えた。それ以上は言えなかった。

先輩を好きになりかけてました、だなんて。

苦しくて、苦しくて。言い終えた私は堰を切ったように涙が頬を伝う。

何度拭っても、それは止まることがなくて。

そんな私に先輩は

「そんな顔しないで、って言ってあげられればいけれど、俺の本心は少しでも俺の事を考えていてって思ってる。

それが俺にとって苦い選択肢だとしても。瑠璃子ちゃんに覚えていて欲しいんだ、俺が瑠璃子ちゃんの事好きになったということを」

ちょっと意地悪な言い方だな。

そう笑った先輩。

そして、おもむろにポケットから携帯を取り出すと電話を始めた。

「あぁ、今裏庭にいる。俺からも宜しく頼むな」

そう言って電話を切った先輩。

未だ止まらない涙。目頭にあてたハンカチがまるで手をふいた後のよう。


「来月誕生日だったよな。ちょっと早い俺からのプレゼントかも。来年の俺の誕生日。期待しているよ」

そこで、一度言葉を区切り私を見て微笑んだ。

「諦めたわけじゃないんだ、今でも君と一緒にいたいという気持ちは変わらない、だから何かあったら遠慮なく俺を頼って欲しいんだ」


そう言って私を置いて先輩は行ってしまった。

先輩と入れ違いにきたのは、あの時の学内のカフェで同席をしたあの女の子だった。


深々とお辞儀をした目の前の女の子。

射抜くような瞳。

私の心臓が激しく音を立てる。

この胸の高鳴りが何を意味するものなのか。

それは、一つの答えに向かっていた。


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