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殿下を失うその日まで  作者: ゆきみましゅまろ
序章
7/22

6.



夕食も終わり、すっかり日も落ちてしまった。

騎士の皆さまは片付け作業に追われているようで、忙しなく動いている。


9歳の女の子の体力はそろそろ限界を迎えていた。

ティナはいくつも張られた天幕の中心にある、明かりを得るための大型の焚き火の前にへたり込んでいた。


「皆さん働いていらっしゃるのに…。でももう立ち上がることすらできなさそう…」


情けないとは思うものの、ぐったり疲れ果て、地面に根が生えてしまったように動けなかった。

せっかく訓練に参加させてもらったのだから、最後までちゃんと働かないと…。


「ティナ、今日はお疲れさま」

「あ、リアムお兄さま…」

「ふふ、もう眠そう」

「…そんなことありませんわ」


リアムお兄さまに頭を撫でられ、小さい子どものような扱いに少しムキになってしまう。


「野営というのはこんなに大変だと僕は初めて知ったよ」

「わたくしもです」


リアムお兄さまも、同じように感じておられると知って少し安心する。


勉強も出来て、知識も豊富で、剣術の腕もメキメキ上達なさっていると噂のリアムお兄さまに置いていかれているように感じていた。今日は特に、自分の無力さを実感し、3歳しか変わらないリアムお兄さまとの大きな差を見せつけられたように思えた。だって、騎士の方々と同じように全てこなしていたから。余裕そうに見えた。

だから、リアムお兄さまも今回の訓練を大変だと感じていると知って、少なくとも余裕ではなかったのだと分かり、まだ追いつけそうな気がした。


「わたくし、明日からもっと頑張ります」

「ティナは充分頑張っていると思うよ?」

「いいえ。騎士の皆さまは今回の野営訓練のように、剣術だけでなく様々なことがお出来になります。わたくしも淑女教育だけでなく、体力や知識をもっと身につけねばならないと感じました」

「ほんとにティナは真面目だなあ。こんな訓練で体力が残る程に鍛えられたら、僕の出る幕がないじゃないか…」

「…え?」


最後の方が良く聞き取れなかったので聞き返すと、少し困ったように微笑まれてしまった。


「ティナは今のままで充分だよ。僕にも守らせて…」


守らせて、だなんて…。どこの国に王子様に守ってもらう侯爵令嬢がいるというのか。その逆ならあり得るけれど。

しかし、その時のリアムお兄さまの目がとても真剣だったので、言い返すことも出来なかった。


「ティナ、今日渡したくて持ってきたんだ」


そう言って、いつもの便箋に書かれた手紙を渡される。

こんな時まで手紙を持ってきてくれるなんて、と嬉しくなりお礼を言う。開けると、いつも通りの短めの手紙の間にいつかのあの淡い黄色の花が入っていた。


「これ、覚えてる?」

「勿論ですわ。初めて出会った日のあの花ですね」

「これはね、シークレットリリスという花なんだ。皇宮でしか咲かない」

「名前は初めて聞きました」

「そうだね。名前も含めて外にはあまり出せないんだ」


そう言いながら、手紙を持っている方のわたくしの手をそっと握る。


「この花の絞り汁は少し特殊でね。火に炙ると少しの間キラキラと輝くんだ。こんなふうに」


リアムお兄さまは手紙を焚き火に少し近づける。


すると、手紙の真ん中がキラキラと輝き出した。

炎の熱を感じながらも、恐る恐る見ると文字のように見えた。


「―――き、み、を、大、切、に、思う?」

「うん。ティナ、君のことが好きだ。大切にする。もう少し大きくなったら僕のお嫁さんに、お妃さまになって欲しい」


驚きのあまり固まってしまう。

手紙のキラキラ輝く文字が徐々に薄くなっていった。


「わ、わたくしなんかで宜しいのですか?」

「勿論だ。むしろティナしか―――――」


その時だった。

リアムお兄さまがわたくしを覆うようにして抱きとめる。

咄嗟の事にびっくりしていると、呻き声が耳元で漏れた。

見るとリアムお兄さまの腰には矢が刺さり、服が血で染まり出していた。


「り、リアムお兄さまぁぁーーー!!誰か!誰か助けて!」


私の叫びに騎士たちが反応する。


「―――殿下!」

「大丈夫ですか!」

「矢はあっちからだ!」


瞬時に状況を判断した数名が、矢が飛んできたであろう方角に犯人を追いかけに行った。

お父さまやアランお兄さま、ユーグお兄さまも駆けつけた。すぐに矢が刺さった場所を確認している。

わたくしは何が何だか分からず、リアムお兄さまを抱きとめたまま泣くしかできない。


「殿下!」

「り、リアムお兄さま…。ううっ、ひっく、どうして?」

「………大丈夫だよ、急所は外してる。ティナは怪我してない?」

「わ、わたくしは、大丈夫、です。りあむおにいさま、は?痛みは?」

「うん、痛いは痛いけど、死ぬような痛みじゃないよ」


側にいたのに、何も気が付かなかった。リアムお兄さまが狙われるなんて。お守りすることも出来なかった。

ティナを気遣い大丈夫と言う顔は、とても苦しそうだった。


「うぅっ、ご、ごめんなさい」


自分の無力さに、謝るしか出来ない。


「ティナは、何も悪くない。謝らないで」

「狙われている事にも気付かず…、側にいたのに、わたくしが、盾にならなければならなかったのに…」


お父さまがリアムお兄さまの創傷を確認する。


「―――殿下は一刻も早く治療しましょう。……ティナはもう天幕に入って休みなさい。アラン、ユーグ。ティナの側を離れるな」

「わ、わたくしも何か……!」

「ティナ。お前にできることは何もない。早く休みなさい」


普段は優しいお父さまの突き放すような言い方に、従うより他に選択肢はないのだと悟る。ユーグお兄さまに抱えられ、自分たちの天幕に戻った。泣きながら、後悔ばかりがティナの頭を埋め尽くした。


「リアムお兄さまが狙われている事に気付けていれば…」

「そんなこと、普通できやしない。誰であろうと、ティナと同じ状況になっていた」

「そんなことないわ…!だって、お父さまやお兄さまたちなら気付くことができたわ。そうでしょう?」


わたくしの背中を撫でてくれていたユーグお兄さまの手が止まる。


「……そうだね。でも、ティナはまだ9歳だ。()()()()()()()


ユーグお兄さまにもハッキリと言われて、呆然とする。やはり、わたくしはもっと努力しないといけない。今のわたくしは無力すぎる。リアムお兄さまの隣に居たいのなら、それ相応の実力をつけなければ…。


しかし、幼いティナの体はもう既に限界だった。

気絶するように眠りにつく。暗い顔をしたユーグは妹に毛布をかけてやった。


ティナは、殿下が狙われたと思っている。

大半の騎士たちもそうだろう。

だが、恐らくそれは違う。ユーグは確信していた。











「殿下、一時的な応急処置は致しました。朝、明るくなり次第皇宮までお送り致します」

「ああ、わかった」

「傷の深さを診るに、矢はかなり遠くから放たれたようだと処置した者は申しておりました」

「恐らく、致命傷を与えたかったわけではないな。侯爵、これは威嚇だ。それもティナに対する……」


やはりか、とベルティーレ侯爵は思う。


この訓練に殿下が参加することは、アラン、ユーグ、ティナ以外には当日まで伏せていたし、外部に情報は出していない。漏れようもない。


それに殿下が直前まで狙撃に気付かない程、犯人は腕の立つ人間なのだろう。

しかも周りには精鋭の騎士たちがいたというのに。

ティナをかばったがために、矢は殿下に刺さったが、そうでなければ……。


ベルティーレ家の百年ぶりの一人娘に対する威嚇。

それはベルティーレ侯爵家に対しての牽制か。

はたまた第一王子の婚約者候補であるティナに対してか。

それとも、ティナを大切にしている第一王子を潰したい者の仕業か。


全てだな。

侯爵はそう結論づける。


ティナはまだ弱い。何も知らない。

その時が来るまでは。強くなるまでは、私が守ってやらねば。


我が家門の秘密を知りその一員となるべく、男でもつらい訓練に入る日が刻々と近づく。

自分の身は自分で守れるように。

王太子妃にでもなろうものなら、今日のような威嚇程度では済まない。本格的な暗殺を目論まれる事もあるのだ。


でも、せめてその日までは。

少女らしい優しい日々を送ってほしい。

そう願った。















野営訓練から一週間がたっていた。

ティナは事件の翌日から毎日、お父さまに直談判に行った。


「お父さま、わたくしに剣術を教えて下さい」

「駄目だ」


即答だった。わたくしがそう言うだろうことを見越していた。


「…強くなりたいのです」

「ティナの気持ちはよくわかる。しかし、まだその時ではない」

「その時とは何ですか!いつになったらその時はくるのです!」

「ティナ、父上にもお考えがあるのだ。今は諦めなさい」

「アランお兄さま…」


お父さまだけでなくお兄さま達まで、断固として剣術の訓練をすることを許してはくれなかった。


早く、リアムお兄さまの隣に立てるような人間になりたい。本を読んだり、勉強するだけでは足りない。その一心だったが、認められる事はなかった。



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