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殿下を失うその日まで  作者: ゆきみましゅまろ
序章
6/22

5. 野営訓練

リアムお兄さまと出会ってから、あっと言う間に、2年が経った。

私は9歳になった。


「ティナ、翌週にフォードリアム殿下も参加なさる野営訓練がベルティーレ領で行われる。女の子を天幕にひとりで寝かす訳にはいかないから、父さまや兄さまたちと一緒に寝ることにはなるが、参加するか?」

「本当に!?」


わたくしは、嬉しさと驚きのあまり口を開けたまま固まってしまう。

生まれてこの方、どんなにお願いをしてもベルティーレ領の街にも遊びに行かせてもらえなかったのに、どうして?

その疑問が伝わってしまったのか、お父さまが答える。


「フォードリアム殿下が提案して下さった」

「まあ、リアムお兄さまが?」

「そうだ。ベルティーレの騎士兵だけでなく、王室騎士団の半数も参加する訓練だから、余程の事がない限り安全であろうと。それに私や、アランとユーグも参加するからな。護衛としては充分だ」


その護衛というのは、わたくしの為の護衛という事だろうか。たかが侯爵家の娘よりも、王族であるリアムお兄さまの御身の方がよっぽど大切なのに大袈裟だ。しかし、娘を想う父であれば大袈裟になってしまうのも仕方ないのかしら。


とにもかくにも、屋敷の外に出られる事は嬉しかった。そしてリアムお兄さまが提案したということも、わたくしの事を気にしてくたさっているようで嬉しかった。












こうして野営訓練に参加することになったわたくしだが、あまり役に立っているとはいえなかった。


「ああっ姫さま、天幕のペグ打ちは自分がやりますからっ!」

「クリスティーナ侯爵令嬢、荷物を運ぶのは我々にお任せ下さい。(殿下の大切な)ご令嬢にケガでもさせたら、我々が叱られてしまいます」


……何もさせてもらえないわ。

確かに、力仕事において7歳の女の子は足手まといなのかもしれない。物理的な力不足に肩を落としていると、リアムお兄さまが近づいてくる。


「ティナはあそこの木陰でお茶でもしておいで」


額に汗を煌めかせながら、にっこりと天使の微笑みを向けられる。

まぶしい笑顔に少しときめくも、自分の役立たずを再認識させられ更に落ち込んでしまう。

リアムお兄さまでさえ働いてらっしゃるのに、私だけ何もしないのはおかしい。それに、皆が必死に天幕を張ったり、火おこししたり、食材を運んだりしているのを、お茶を頂きながら見ているなんて、できそうにない。


それを見かねたベルティーレ侯爵家の長兄アランが優しく言う。


「そうだな…。じゃあ、ティナは天幕の中に運び込まれた寝袋を広げていく仕事を任そうかな」

「ええ!わかったわ!」


嬉々として出来上がった天幕の中に消えていくティナを見送る。

正直、寝袋を広げるのは寝る前に各自でやればいいのだが、先ほどから手伝おうとしてはやめさせられるティナが少々不憫であった。皆は、ティナを思っての行動だろうが。


一般的な貴族令嬢というのは、騎士たちがせわしなく動いていても気にせずに、お茶を飲みながら本を読んだり、若しくは周辺を散歩してみたりするものだ。特にティナは、蝶よ花よと育てられたはずの侯爵家のひとり娘だ。生まれた時から守られる立場で、世話される事に慣れているはずだが、こういう状況でじっとしているのは性分に合わないらしい。


「兄さん、ティナは?」

「ああ、ユーグか。あっちの天幕の中にいるよ。寝袋を広げてくれている」


なんでそんなことをティナが?と言わんばかりの顔だ。


「とにかく何か手伝いたいらしい」

「はあ…。僕らの妹はなんて健気なんだ!僕も手伝いにいこっかな」

「やめておけ。数少ないティナの仕事を奪うな。それに、 何かにつけて構おうとするな。しつこいと嫌われるぞ」

「はあ?それは兄さんの方だろ。どんなに優しく接してても、その仏頂面が恐いのなんのって」

「なっ……!」


ユーグがひらひらと手を振って去っていく。


…そんなに仏頂面か、私の顔は。確かに、表情豊かな方ではないが、ティナに恐いと思われているのだろうか…。他の誰にどう思われていてもいいが、8歳年下の可愛い妹にそんな風に思われていたら立ち直れない。


「アランお兄さまー!全て広げたわ!他には何かなーい?」


ぱたぱたと小走りで近づいてくるティナはやり遂げた達成感でいっぱいだ。


「ありがとうティナ。そうだな、皆も設営は完了したようだから、炊き出しの準備を始めようか。一緒においで」

「はい、お兄さま!」


……うむ。この笑顔を見る限り、私はまだ恐がられてはいないのだろう。そんなことが起こらないよう、徹して優しく接していこう。そう心に決める。













炊き出しの準備といっても何をするのか検討もつかないわたくしは、アランお兄さまの横で様子を伺う。炊き出し自体、本で読んだことがあるだけで、初めて体験するので、その光景にとても驚いた。


「まあ!なんて大きなお鍋なの?それに騎士の皆さまがお料理してくださるの?」

「ああそうだ。この鍋で30人分ほどの分量を作ることが出来る。それに、遠征の時などは料理人を連れて行く訳にもいかないからな。自分たちである程度のものは作れるようにしているんだ」


お兄さまの言葉になるほどと納得する。普段は長い剣を振っておられる騎士の皆さまも、お野菜やお肉をさすがの手付きで切っていらっしゃった。


程なくして、料理が出来上がる。

野営をする時は、日が落ちてしまうまでに片付けを済ませる為、夕食も普段よりかなり早めに済ませるらしい。

まだティータイムより少し遅いくらいの時間であったが、今までに経験したことがない程動いたティナは、お腹もぺこぺこだった。


「はい、ティナの分」

「殿下、ありがとうございます」


リアムお兄さまが真っ先に運んで来て下さった。でも、騎士の皆さまより先に頂いてもいいものかと考える。

確かにわたくしは、今日が人生で1番働いた日だ。でも、それは騎士の方々の働きには到底及ばない。そんなわたくしが真っ先に頂くだなんて…。もちろん、お腹はぺこぺこだけれど。


「どうしたの…?ああ大丈夫、毒味はもうアラン卿が行なったからね」

「毒味?お兄さまが?」

「あれ、その事を気にしていたのではなかったんだね」


毒味なんて仕事をお兄さまがしている事に驚いてしまう。

すると後ろから声がした。


「まあ私には心得があるからな。だから私の事は心配するな、ティナ」

「お兄さま…」

「さあ早く頂きなさい。作ってくれた皆が、チラチラとこちらを伺っている。ティナの反応が楽しみなんだろう」


お兄さまにすすめられ、早速頂いた。


「まあ!美味しい!料理人の方が作ったわけではないのに、お家で頂くよりもとっても美味しく感じるわ!」

「良かったね。ティナは今日とってもよく働いたからね」


リアムお兄さまに頭をよしよしと撫でられる。

先ほどまで静まり返っていた騎士の皆さまも、どっと歓声が上がってガヤガヤと話し始めたようだった。


とても美味しくて、淑女の作法もどこへやら、そのまま立って食べようとしていたところを、ユーグお兄さまが地面にシートを敷いてくれる。リアムお兄さまとふたりで横に並びながら、座って頂いた。



本で読んだ野営訓練の醍醐味『お外でご飯』を体験出来て、気分の上がったわたくしは、無作法なのもお構いなしにリアムお兄さまとお喋りをしながらぺろりと完食したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

おそらくティナたちはカレーライスを食べているのではないかと思います。

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