4. (side リアム)
数日後の彼女からの返信は、実に素っ気なかった。同封したプレゼントにもふれず、ただただ業務連絡かのような内容に首を傾げる。
「手紙、だけか…」
いや別に、何かものが欲しい訳じゃない。ただ勝手に今度は何を入れてくれているだろうと想像してしまっていた。彼女が僕を想ってプレゼントを考える姿を。
しかし、手紙の内容も相まって、何か気に障ることでも書いただろうかと考える。
「フォードリアム殿下、お茶のご用意をいたしました」
「ありがとう。―――…ん?」
桃のタルトだった。薄切りの桃が綺麗に並べられ、丁寧に塗られたナパージュがつやつやとしていた。ふわっと甘く爽やかな香りが鼻をかすめる。
――ああ、これか。そういうことか。
それに気付けば、彼女の思考が手に取るように分かった。
すぐに早馬を飛ばして侯爵に今日赴くむねを伝えさせる。そして自分も馬に乗り、少しの侍従のみを連れ侯爵邸へと向かった。
手紙の内容ひとつに振り回されている自分に呆れた。だが、楽しかった。
彼女の誤解を早く解きたい。それ以上に、素っ気ない手紙を書いた彼女を少しだけ困らせたい。稚拙な感情だと思ったが、またあの顔が見たかった。
侯爵邸にて、ティナに会って早々、リボンを着けていないことを指摘する。
誤解したままであろう彼女は、どう答えていいか分からない様子だった。
「クリスティーナが僕の色の贈り物をくれたから、僕もクリスティーナの瞳の色のリボンを贈ったのだけど…」
極めつけに「リボンをつけてくれていないのが悲しい」という顔をしてみせる。
僕の言葉を聞いて、ティナは嬉しそうな顔をしたあと申し訳ない事をしたな…という顔になる。
分かりやすくて、可愛い。思わず口元が緩みそうになる。
そして、彼女を困らせるのは思いのほか楽しくて、もう少しだけ意地悪したくなった。
屋敷を案内するティナがあまりにも緊張しているので、わざと後ろから顔を覗き込む。
「ティナ?」
「きゃあ!し、失礼しました」
「大丈夫?さっきから何度か声を掛けたんだけど聞こえて無かったみたいだから…」
「え、ええ、大丈夫です。気が付かず申し訳ありません」
――もちろん何度も声など掛けていない。しかし、謝る彼女は下を見ながら、紅い頬を両手で押さえている。その手を僕は上から包むようにして握った。そして目線を合わせる。
「僕、手紙で何かティナを怒らせるようなことしたかな?」
分かっている。
僕は、瞳の色に合わせて桃色のリボンを贈ったつもりだが、彼女はそうは思っていなかったのだ。
先日のガゼボで、動揺で頬を桃色に染めた彼女が可愛いと思い、ふと桃のコンポートを思いついたので出した。皇宮で採れた桃がちょうど旬だったのだ。美味しいものを食べさせてやりたいと思った。ただそれだけで、他意はない。少しからかってしまったが。
しかし彼女は、淡いピンクのリボンがその桃色の頬を揶揄していると感じたのだろう。淑女たるもの、人前で動揺を表に出さないように、と教育されるものだ。僕が彼女をバカにしたと怒っても無理はない。
「その…、少し誤解をしてしまって」
「何を誤解したの?」
「―――っ!それは…」
困ったように目を泳がせて悩む彼女は、なかなか答えを言おうとはしない。仕方ない、意地悪はこれくらいにしておこう。やりすぎて嫌われても困る。なによりティナの色んな表情を見れたことに満足した。
「ティナはほんとに可愛いね。困ってる顔も、悩んでる顔も、全部可愛い」
本心をそのまま伝えたのだが、困った。ティナは、ぼんっと音がしそうなくらい全身を紅く染めた。素直な反応に笑みがこぼれる。
「そうそう、この顔も食べたいくらいに可愛い」
抱きしめそうになるのを堪えて、にっこり微笑む。
そのあと屋敷を案内してくれるティナは心ここにあらずといった様子だった。少しやり過ぎたようだ。しかしやはり、ティナとふたりで過ごす時間が何よりの憩いになるのは間違いなかった。
彼女と出会ってから1年、隔週でベルティーレ領に赴いては剣術の稽古を理由にクリスティーナと親睦を深めた。会えない間も、短い内容ながら頻繁に手紙のやりとりをした。
彼女は、侯爵の方針なのか普段は屋敷から出して貰ったことがないらしい。屋敷といっても、歴史あるベルティーレ侯爵家の屋敷であるので、小さな林や庭園に池や川など色々あるのだが。
それでも、屋敷を出て遠出したことがあるのは唯一僕と会うためだけに来る皇宮だけである。
とんでもない箱入り娘だ。しかし、ベルティーレ侯爵家に女児が産まれたのは約百年前ぶりと聞いている。過保護になるのも仕方ないのだろう。
そのせいか、ティナは外の話を聞きたがった。僕は知っている限りを話す。
侯爵邸に来る途中に通るベルティーレ領の中心街の村人の様子や、王都の城下の街の話。どんな店があって、どんな物が流行しているか。服装は貴族とは違いあっさりした装いであること。森には可愛らしい小動物から恐ろしい獣がいるということなど。
その時の彼女があまりにも目を輝かせて真剣に聞き入るので、次回の野営訓練の際にティナも同行させることを侯爵に提案した。