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殿下を失うその日まで  作者: ゆきみましゅまろ
序章
3/22

2.



『リアムおにいさまから、おてがみがきました。なかに、あのひのきいろのおはながはいっていました。まだ、けんのくんれんのひまで、10日もあるのね。はやくあいたいです、とおてがみをかえしました。』


また日記のページを捲った。

殿下に初めてお会いした日から3日後にお手紙が届いた。

まさか本当に書いて下さるとは思わなかったので、日を空けずお手紙を出して頂いた事がとても嬉しかったのを覚えている。



―――


「ねえ、ミラ。リアムお兄さまからお手紙だわ」

「まあ、それは良かったですね」


封を開けると中から手紙と一緒に、お互いに髪の色のようだと思ったあの花が押し花にして入れてあった。


「…嬉しい。宝石箱にしまっておこうかしら」


わたくしがそう言うやいなや、ミラがすっとどこかに消えた。


「あの宝石箱がやっと役に立つ日がきたわね」


あれはわたくしが生まれた日にお父様が職人にいって作らせた、小さな宝石をたくさん埋め込んだきらきらと豪華な一品なのだが、今日の今日まで中身は空っぽのままである。


それもそのはず、わたくしはまだ5歳。宝石などを身に着けずとも、お肌が輝いている!とお母様が仰っていた。


「でも宝石箱だと枯れてしまうかしら…。そうだわ、(しおり)にするのがいいわ!ミラ!」

「はい、お嬢様」


わたくしの呼びかけに答えるミラの手には、栞を作る為の道具や、花を枯れないよう加工するものなどが入れられたトレイが乗せられていた。


「あなたって、本当に何者なの?人の考えが読めちゃうの?」

「いえ。私も栞にするのが良いかと存じまして」


昔から良く出来た侍女だったミラと共に、殿下から頂いた花を栞にする作業に没頭し、夕方慌ててリアムお兄さまへのお返しの手紙を書いた。封筒には、昔とても綺麗だと思い取っておいた水色のクリスタルの飾りボタンを入れた。リアムお兄さまの目の色にそっくりなのだ。丁寧に蝋で封をして手紙を返した。










その5日後、またリアムお兄さまからお手紙が来た。恐らくわたくしの手紙が届いて直ぐにお返事を出してくださったのだろう。そう考えると嬉しく、少し飛び跳ねてしまった。


リアムお兄さまのお手紙は短めの内容だったけれど、お勉強の合間を縫って書いて下さっているということが嬉しい。最後にとても綺麗な字で、『プレゼント有難う、僕も贈ります』と書かれてあった。


「今度はうすピンク色のリボンが入っているわ」

「お嬢様の目の色に合わせて下さったのかもしれませんね。本日はこちらを髪に編み込みましょうか?」


ミラの言葉に、わたくしを想像してこのリボンを贈ってくださったのかと嬉しくなり顔が熱くなる。しかし、火照りに気付いた途端、先日のガゼボでの会話を思い出す。もしやこれは恥ずかしがった時のわたくしの頬の色だ、と言いたいのではないかと邪推してしまった。桃のコンポートを出して頂いた時の、リアムお兄さまの悪戯な笑顔は忘れない。


「……いえ。これは宝石箱にしまっておいてちょうだい」

「……?畏まりました」


もしそうなら、これはからかわれているのかしら?と思い少しムッとしながら返信の手紙を書いてしまった。










その3日後、剣術訓練開始日の前日に、急遽リアムお兄さまは馬車ではなく早馬に乗っていらっしゃった。


「殿下、ようこそお越し頂きました」

「ああ、ベルティーレ侯爵。急に1日早く来てしまって済まない」

「構いません。クリスティーナは今淑女教育の授業中ですので、こちらにどうぞ」


急に早く来られたのはティナのせいでしょう?とでも言いたげな侯爵に案内される。

すると侯爵に遅れて夫人が屋敷の奥から出迎えに来た。


「まあ、フォードリアム殿下!ようこそお越し下さいました」

「ごきげんよう、ベルティーレ侯爵夫人。今日明日とすまないが世話になる」

「大歓迎ですわ。ティナもそろそろ授業が終わる頃かと存じますわ。ごゆっくりなさっていて下さいませ」


ベルティーレ侯爵夫人はそういって、近くに控える侍女に目配せすると、すぐさまティーセットが用意された。



暫く侯爵と訓練について話していると、2階からバタバタ階段を降り、勢いよくこちらに近づいてくる足音に頬が緩んでしまう。部屋の前で足音がやみ、皆が注目する中、10秒程無音が続いた。


―――コンコンコン


「恐れ入ります、クリスティーナでございます」

「入りなさい」


お父様の声に、侍従がドア開ける。


「リアムお兄さま、ごきげんよう。またお会いできて光栄でございます」

「やあ、クリスティーナ」


自室からここまで走ってきたのであろうに、ドアの前で身なりを綺麗に整えられたのか、慎ましそうな美少女がぺこりとお辞儀をしていた。


「ふふ、まあティナったら。フォードリアム殿下とお呼びしなさい?」

「あ、そうだったわ。申し訳ございません、殿下」

「構わないよ。それよりクリスティーナ、先日送ったリボンはお気に召さなかったかな?」


少しどきりと心臓が跳ねる。

今日リアムお兄さまがいらっしゃる事を知らなかったのもあるが、実は授業が終わった後、勿論ミラにリボンを着けるか聞かれたのだ。けれど、わたくしの赤面を暗に示したかもしれないリボンを浮かれて着けているなど、それこそ赤面の至りだと思い身に着けずにきた。

あと、リアムお兄さまの意地悪に反抗したい気持ちもある。まさか、それに気付かれるとは思わず、気まずくなる。


「恐れ入ります…、その…」


どう答えるべきか分からなくなり、目が泳いでしまう。


「ふふ、クリスティーナが僕の色の贈り物をくれたから、僕もクリスティーナの()()()のリボンを贈ったのだけど…」


リアムお兄さまが困ったような優しい微笑みをわたくしに向ける。


「――!もちろん嬉しかったです。明日、必ず身に着けさせて頂きますね」


やはり、瞳の色だった。心からの贈り物を訝しんで、リアムお兄さまにそんな顔をさせるなんてと、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。しかし、やはり瞳の色を想って贈ってくれていたということが分かり、内心踊り出しそうなくらいだった。


「殿下、もし宜しければ屋敷をご案内いたしましょう」

「そうだな」

「ではクリスティーナ、夕食の時間まで殿下をご案内して差し上げなさい」

「勿論ですわ、お父様」


そうして、ふたりで部屋を出た。

リアムお兄さまの護衛騎士がいるものの、少し離れているので、ほぼふたりきりである。初めてお会いした日から、気付けばリアムお兄さまの事を考え、今は何をしていらっしゃるかしらとか、お手紙はご覧になられたかしらとか、そういった類の事ばかり頭に浮かんでくるのだ。そんな相手がとうとう目の前に現れて、しかもふたりきりになってしまって、緊張せずにはいられなかった。


「―――ティナ?」

「きゃあ!」


緊張しているわたくしの後ろから、顔を覗き込むようにして声を掛けられ、淑女らしからぬ悲鳴をあげる。


「し、失礼しました」

「大丈夫?さっきから何度か声を掛けたんだけど聞こえて無かったみたいだから…」

「え、ええ、大丈夫です。気が付かず申し訳ありません」


謝りながらも目線は床を見て、両手は頬を押さえる。お顔があまりにも近くにあったので、驚きすぎてまだ心臓がどきどきしている。

そんなわたくしを追い詰めるように、リアムお兄さまは両手を握ってくる。そして目線を合わせるように、また覗き込まれた。


「僕、手紙で何かティナを怒らせるようなことしたかな?」


ぎくりとする。リアムお兄さまが仰っているのは確実に3日前にわたくしが出したお手紙のことだろう。リボンの贈り物をまたからかわれているのだと勘違いしたわたくしは、少し素っ気無い文を書いてしまった。


「いいえ、全くそんな事はありませんわ」

「そう…、じゃあ…」


悲しそうなお顔をするリアムお兄さまは、じゃあなんであんな素っ気無い手紙だったの?と言いたげたった。


「その…、少し誤解をしてしまって」

「何を誤解したの?」

「―――っ!それは…」


誤解した内容を掘り返すのも恥ずかしい。その上、照れた頬が桃のコンポートの色に似ているなどと言われた事を、私だけが物凄く意識していたようで、絶対に言いたくなかった。


「ティナ?」

「うぅ…」


絶対に言いたくはなかったが、リアムお兄さまが困ったような顔で見つめてくる。そもそも誤解したわたくしが悪いのだし、リアムお兄さまを悲しませたり困らせたりするのは本意ではない。いよいよ話すべきなのかと思い直し、恥を偲んで口を開きかけた時、ふふっと天使がにっこり微笑んだ。


「ティナはほんとに可愛いね。困ってる顔も、悩んでる顔も、全部可愛い」


恥ずかし気もなく、全部可愛い、などと言われ一気に顔が熱くなる。こんなかっこいい人にそんなことを言われて、赤面しない方がおかしい。自分がもはや全身桃色になっているだろう事に気付き、穴があったら入りたい気持ちになる。


「そうそう、この顔も食べたいくらいに可愛い」



―――


とどめの一撃を喰らい、わたくしの頭は真っ白になった。

この後に屋敷をご案内したはずだが、どこをどうご案内差し上げたか全く記憶がない。


殿下との再会も、わたくしにとっては忘れがたい思い出となった。


15歳の今だからこそ思うが、恐らく殿下はわたくしが何をどう誤解していたのか、気付いていらっしゃったと思う。それをあんな風に問い詰めるなんて、少し意地悪だと思った。


この日から、2週間おきに殿下の訓練が始まった。わたくしは殿下がいらっしゃる日を心待ちにしていたし、訓練がない日は皇宮に招いて頂いたりして、沢山の時を共に過ごした。





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