1. 出会い
過去回想はじまります…(笑)
宜しければお付き合い下さいませ
『きょう、はじめてのおともだちができました。とてもかっこいいおうじさまです。とてもうれしいので、きょうからにっきをつけることにしました』
初めて殿下とお会いした日だ。あまりにも素敵な、よくお母様に読んでもらった絵本に出てくる王子様のような(事実、王子様だったのだが)、キラキラした男の子だと感動したのを覚えている。
拙い日記を読みながら当時を思い返した。
その時の光景が、ありありと目に浮かぶ。
まだ朝露の残る緑生い茂る庭園。国王陛下とお父様に紹介される形でわたくしは殿下とお会いした。
―――
「クリスティーナ、よくぞ来てくれた」
「さあティナ、ご挨拶しなさい」
ベルティーレ侯爵に促され、ミルキーブロンドの少女がとことこと前に出る。
「お、おはちゅにお目にかかります。ベルティーレ侯爵家の長女、クリスティーナ・ベルティーレにございます」
先日7歳の誕生日を迎えたばかりのクリスティーナが、ぺこりと辿々しくも可愛らしい淑女の礼をしてみせる。
「誠に可愛らしいな。リアム、こちらに来て挨拶しなさい」
「こんにちは、クリスティーナ。僕は、フォードリアム・エメ・ヴァロア。これから宜しくね」
そう言って、天使のように微笑む金髪の美しい男の子に思わず見惚れる。
「こら、クリスティーナ。殿下をそのように見つめてはいけないよ」
「はっ、ご、ごめんなさい」
お兄さまたちも、とてもかっこいいけれど、この王子様はもっともっとかっこいいわ。あまりにも素敵で、きらきらで、見入ってしまった。
「ははは、クリスティーナもリアムを気に入ったようだ。良き友人になるだろう。これからも、いつでも遊びにきなさい。では私は失礼するよ」
「ありがとうございます、陛下」
深くお辞儀をすると、陛下は宮殿内へ戻っていった。
「さあ、ティナ。お父様は今から陛下と大切なお話があるから、迎えに行くまで、殿下と遊んでいなさい」
「はい、分かりました」
「殿下、クリスティーナを宜しくお願い致します」
「ああ、分かった」
お父様も行ってしまった。
7歳でも、この男の子がとてもえらい人ということくらいは、何となく分かる。お声をかけていいものか、どうするべきか悩んでいると、パッと手を握られた。
「クリスティーナ、何して遊ぼっか?」
「えっ?」
手を繋いだまま前から顔を覗き込まれ、間近で見る天使に緊張と照れで固まってしまう。
「僕のことは、リアムと」
「そんな…、おそれおおいです」
「ふふ、難しい言葉を使えるんだね」
馬鹿にされたのかと、少しムッとすると、王子様は慌てたように訂正する。
「とても7歳には見えないと感心したんだよ」
「…おそれいります」
「ふふ、じゃあ僕の方が年上だから、リアムお兄さまと呼んでくれるかな?」
えらい人をお兄さまと呼んでもいいものなのか分からないが、言われる通りにする事にした。
「リ、リアムお兄さま?」
「うん。君のことはティナと呼んでも?」
「はい」
「じゃあ、ティナ。こちらにおいで」
そういって、手を引いて庭園の奥へと連れて行かれた。
途中で、庭園にある珍しい植物を見せてもらい、リアムお兄さまが色々説明してくれた。
「この花はね、国内では皇宮の庭園にしか咲いていない花だそうだよ。この淡い黄色の花が特に珍しいらしい」
朝露に濡れた花はより一層輝いている。淡い黄色がリアムお兄さまのお髪の色を連想させるようで、とても綺麗だった。
「とても綺麗なお花…」
「この淡い黄色がティナの髪色のようで、可愛らしく感じるね」
―――っ!まさか同じような事を思っていたなんて。嬉しいやら恥ずかしいやらで、クリスティーナの頬はふわっとピンク色になった。
「…かわいい」
「えっ?」
「そうだ、いい事を思いついた」
そう言うなり、近くに控える従者に何か伝え、わたくしの手をとりまた歩き出した。
連れてこられたのは庭園の奥にあるガゼボだった。
「ティナは甘い物は好きかな?」
「ええ、大好きですわ」
リアムお兄さまが目配せすると、目の前にはティーセットとマカロンやクッキーに加え、見たことのない薄ピンク色のつやつやした丸いものが盛り付けられた一皿が運ばれてきた。
「可愛い…」
「それは桃のコンポートだよ。先程用意させたんだ」
さっき伝えていたのはこちらのデザートのことだったのね。
「そうなのですね。でもどうして急に?」
「あまりにも可愛くてね」
どういうことかと首を傾げる私を、リアムお兄さまはニッコリと正面から見つめる。
「さっきの恥ずかしがるティナの頬の色にそっくりだろう?」
「なっ…」
「そうそう、そういう色」
間接的に可愛いと言われたように感じて、また顔が熱くなってしまう。そんなティナを少し悪戯な顔をしたリアムが見つめた。
「リ、リアムお兄さま。…あまり意地悪な事を、言わないで下さい」
「可愛いから、ついね。良かったら食べてみて、とても良い香りで甘くて美味しいよ」
かっこいい天使様に見つめられながら可愛いなどと言われてしまうと、今まで感じた事がない程緊張して、脈が早くなってしまう。
勧められたものの、ずっと見つめ続けるリアムお兄さまが気になり、固まってしまう。
「どうしたの?もしかしてティナは桃が苦手だった?」
「いえ、好きですわ。その、あまり見られると緊張してしまいます」
そうか…、といいながらリアムお兄さまは少し考えたような仕草をして、またにこっとこちらを見つめる。
「でも、ティナが食べるのを見たいな」
「淑女が食事する姿を見るのは、不躾ですわ…」
「ふふ、そっか、そうだね。じゃあ諦めて僕は先に頂くことにするね」
そういって、リアムお兄さまが桃のコンポートに手を付けたのを確認して、やっと平常心で頂くことができた。
「…っ!!とても美味しいです。甘くてさわやかだわ。こんなにきらきらで可愛くて、いい香りで、その上美味しいなんて。こちらの桃は何か特別な産地のものなのかしら?」
「それは良かった。確かに桃は皇宮で特別に栽培している品種だね」
「えっ!そんな特別なものをわたくしが頂いてしまって良かったのですか」
「もちろんだよ。もう既にティナは特別なんだから」
「…?」
もしかして、おともだちだから大丈夫ということかしら?
リアムお兄さまの仰る意味がいまいちよく分からなかったが、とりあえず大丈夫という事だと納得した。
それからは、ガゼボでティータイムをしながら沢山お話をした。
今受けている教育の話になり、歴史から帝王学や、周辺諸国についてもお勉強なさっているということを聞いた。リアムお兄さまはまだ10歳でいらっしゃるというのに、王子様というのは大変なのだと驚いた。わたくしはまだ行儀作法や文字を習い始めたばかりで、リアムお兄さまの足元にも及ばない。もっと頑張らねば。
そして、近々ベルティーレ家にて王室騎士団の団長を務めるお父様から剣術の指導を受け始めるのだそうだ。そうしたら、剣術の授業の後は一緒にまた遊べると。お忙しいリアムお兄さまに遊んでもらうのは、お体に障るのではと心配になる反面、定期的に会えると思うと飛び跳ねたいくらいに嬉しかった。
あっと言う間に時間が経ち、お父様が迎えにきた。
「ティナ、剣術の訓練が始まるまでに手紙を出すよ」
「はい、お待ちしています」
「じゃあまたね」
そういうと、リアムお兄さまは私の甲に小さくキスをした。とても驚いたが、その瞬間、ふわっと髪から桃の香りがした。
「ティナの手、桃の香りがするね」
また同じような事を思っていたと分かり、顔が火照る。
(わたくしの手、リアムお兄さまと同じ香りがするのね…)
そう思うと嬉しくなり手を胸に抱いた。
「ふふ、可愛い。またねティナ」
そういって、リアムお兄さまは帰っていった。
―――
とても素敵な日だった。
あの日から、桃の香りはかっこよくて優しいリアムお兄さまの香りになった。