15歳の誕生日
お読み頂きありがとうございます。
初投稿で緊張しておりますので、ゆるく暖か〜い気持ちで見ていただけると嬉しいです。
――殿下を失うその日まで、わたくしの全てを捧げます
目覚めのいい朝。
今日、わたくしは15歳になった。
お昼からは、お父様とお母様、そしてお兄さまたちと屋敷の者たちでお誕生日パーティを開いてくれるという。
しかし、わたくしは今年も届くことの無かった手紙を思い、心に穴の空いたような気持ちになった。
小さい頃はお兄さまと呼ぶほどお慕いしていた、フォードリアム殿下からのお手紙である。
殿下は、陛下とお父様の間で内々に婚約が決められている、わたくしの婚約者さま。
確か、12歳の誕生日まではお手紙もプレゼント届けて下さったりしていたのに。あれ程頻繁に交流していたはずなのに、今となってはお手紙の1枚も来ない。
そのような事を考えているうちに、気持ちが海よりも深く沈みそうになる。
――コンコン。
「ソフィアでございます」
「ええ、どうぞ」
「失礼致します。クリスティーナお嬢様、旦那様がお呼びでございます」
「あら、何かしら。ありがとうソフィア。支度をしてから参りますってお父様にお伝えして?」
「畏まりました。ミラ、お嬢様のお支度を」
そう言い残して、ソフィアはすっとお辞儀をして出ていく。
入れ違いで入ってきたのは、わたくしの専属侍女のミラである。
「お嬢様、パーティの時間まではこちらの普段着をご用意致しましたが如何なさいますか」
ミラはとても出来の良い侍女である。
主の予定を把握し、呼ばれる時間までもしっかり計算し動いている。
もちろんクリスティーナのドレスの好みから、生活習慣や飲食の好みまできっちり理解している。
「そうね、それにするわ。あと何か暖かい飲み物をお願い」
只今。と言うやいなや、いつ持ち込んだのか、紅茶セットでお茶を用意し始めた。
「ピーチミルクティー、砂糖2個です」
「まあ、さすがねミラ。やっぱり、朝はこれを頂かないとパッとしないのよね」
ピーチミルクティー砂糖2個だなんて、外道も外道なのかもしれない。けれど、昔からこの香りも味わいも甘ったるい桃の紅茶が大好きなのだ。
「それを召し上がられた後は、少しばかり急いでお支度をお願い致しますね」
「そうね、だから今は少しばかりゆっくり紅茶を頂くわね?」
やれやれ、という面持ちのミラをみてクスッと笑いつつ、朝の支度をした。
「旦那様、クリスティーナお嬢様がお見えになりました」
「ああ、通せ」
わたくしはお父様の書斎へと案内される。
「お早うございます、お父様」
「おはようティナ。15歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。お呼びと伺いましたので参りました」
「ああ、悪いね。…今日、ティナには話さなければならない事がある」
「…その口ぶりだと、いい話ではないのね」
「はあ…。ティナは聡くて困るね」
大きい溜息をつき、神妙な面持ちでこちらを見遣った。
お父様が目配せをすると、室内にいた使用人たちが出ていく。
ここまで人払いをして、わたくしに話すことなど一つしか考えられない。
「殿下についての話だ」
「そうだと思いましたわ」
「やはり聡くて困るな。何か具体的な話は誰かから聞いたのか?」
「いいえ。どういうお話なのですか?」
暫く押し黙ったあと、お父様がゆっくり口を開いた。
「殿下が毒殺未遂に遭われた」
―――毒殺…!?
想像もしていなかった物騒な単語に、開いた口が塞がらない。
「なっ!そんな…。でも、未遂と言うことは…」
「ああ、生きてはいる。ただ…」
ただ、と続ける声が暗くなる。
「ご記憶を無くされてしまった」
「……そんな」
お父様の声や存在が遠のいていくように感じた。
ご記憶を無くされたとは、具体的に何の記憶を失ったのか。ご自身のことは?周りの人間のことは?わたくしのことは?
問い詰めたいのに声が出てこない。
「ご自身がこの国の王子でいらっしゃることや、国王陛下をはじめとする周りの人間も皆、覚えておられないのだ」
「みんな…」
頭に霞がかかったようにぼぉーっとし、理解が出来なくなってきた。
何かの間違いではないの………?
「政治や外交について学ばれた内容も、訓練してきた剣術なども覚えておられない。陛下は毒殺未遂事件の後、殿下に再度同じ事を学ばれるように仰った。恐らく殿下の元々の高い能力があれば、1から学ばれてもすぐに追いつくと思われたようだ」
流すように聞いていたが、ふと違和感に気付く。
「待ってお父様、殿下はいつそのような……その、災難に遭われたのですか?もうお体は回復なさったの?再度学ばれるように仰ったって…?」
「小さいティナに告げることができず、話すのが今になってしまったが、これは3年前の事件だ」
「―――3年前…!?」
「殿下は既に回復なさっている。しかし未だに記憶は1つも戻ってはいない」
3年前と聞いて、お父様に対して、どうしてすぐに仰ってくれなかったのか、という怒りがぶわっと膨らんだ。
しかし、誕生日に手紙すら届かないのはこういう訳なのね、と妙に納得し、嫌われたわけではないという安堵が広がった。
忘れられてはいるのだけれど。
「この3年間、殿下は政治や外交を学ばれる事を極度に嫌われるようになり、王子教育が全く進んでいない」
勉強を嫌われるという言葉にさらに驚く。わたくしの知る殿下はどんな内容も貪欲に学ばれていた。そしてその記憶力も凄まじかった。
「このままではフォードリアム殿下を皇太子とするわけにはいかない、というのが陛下のご意見だ。そうなった場合、皇太子妃として嫁ぐことを前提にした婚約であったから、婚約破棄をしても、咎めはしないと」
……そうか、陛下はわたくしを慮って下さっているのね。小さい頃から慕っていた殿下が、わたくしの事を忘れてしまっている姿を見るのは辛いだろうと。婚約破棄してしまえば、関わりは無くなる。お咎めもなしなら、まだ表立って公表されていない婚約を破棄しても、評判が落ちることなど無い。
「どうするかはティアが決めなさい。この婚約で得をしているのは王家の方だ。王族と婚姻を結ばずとも、家門の力は落ちないし、娘1人守り抜ける自信くらいある」
家門に旨味のある相手と縁を結ぶのは、貴族では当たり前のことだ。しかし自由にしなさいと仰るお父様を見て、本当にわたくしは恵まれているのだと感じた。
「わたくし、フォードリアム殿下との婚約を継続致しますわ」
殿下の記憶が無くなろうと、お慕いする気持ちは今も昔も変わらない。殿下が剣が使えず、政にも外交にも興味がないのなら、わたくしが側でお守りし、支えていく。殿下が皇太子という身分でなくても構わない。
ただ、お側にいたい……。
「ティナ、気を遣わずともいい。よく考えてきなさい」
「いいえ。殿下と共にいたいのです。わたくしであれば殿下の身をお側でお守りして差し上げられます。今までのわたくしの訓練は全て殿下の御身の為。血反吐を吐くような思いをして鍛錬して参りました。それに比べれば、記憶が無いことなど取るに足らない事ですわ」
クリスティーナに気圧されたお父様が、驚いたような顔をした後、諦めたように頷いた。
「そういう顔の時のティナは、何を言っても考えを曲げない。わかった。しかし、妃教育を受ける前に、訓練を追加しよう。皇宮に出入りするようになれば、いよいよ暗殺を企てられる側となり得る」
娘を案じる気持ちを抑え、わたくしの意見を尊重し手助けしてくれるお父様に感謝の気持ちが込み上げる。
「畏まりました、お父様。宜しくお願いしますね」
「今日の夜から始めよう。陛下からは、妃教育は殿下の19歳の誕生パーティーの翌日から始めたいと言われている。もう1年もない」
お父様にぺこりと礼をし、自室に戻った。
殿下をお慕いする気持ちは、小さい頃から変わっていない。
殿下を守り支えることこそが、わたくしの使命だとずっと思ってきた。
ただ、ご記憶が無いだけ。
先程はあんな啖呵を切ったが、1人になった途端不安が押し寄せる。
「ミラ、いるかしら?」
「はい、お嬢様」
「わたくしの昔の日記を持ってきてくれない?1番最初の物から全て」
「畏まりました」
暗い顔をしていても、察して敢えてどうしたのかとは聞いてこないところが、さすがミラだった。
「お持ち致しました」
「ありがとう。机に置いておいて貰える?」
「承知致しました。朝食はこちらにご用意致しますか?」
「そうね、少しお行儀は悪いけれど、朝食を頂きながら読むことにするわ」
ミラはお辞儀をして、厨房へ朝食を取りに行った。
今日の夜から始まる訓練もまた、耐え難く辛いものなのだろうか。これからの1年弱を憂える。しかしあともう少しなのだ。あと1年弱で、殿下のお側にいくことができる。
「―――ご記憶がないのね…。いや、わたくしを覚えておられない事については大丈夫だわ。また1から関係を築けば良いのよ、大丈夫」
それでもやはり湿っぽくなる気持ちを奮い立たせる為、暖かい思い出、殿下と出会った頃からの日記を読もうと、ページを1枚捲った。