第9話 工藤の話 その2
『私がいてもいなくても、あなたの生活には全く影響がないでしょう。』
あいつは、カウンセラーにこうも言った。
『私がいたって、あなたはちっとも幸せでも楽しそうでもないし、私がいなくたって、全然寂しくも悲しくもないでしょう。』
カウンセラーを前にして、あいつは涙声になっていた。
『そいういう愛のない生活を、もうこれ以上続けていくのはいやなの。』
泣き声で、でも最後のところはやけにはっきりと言い切った。
何か言わなければいけなのは分かっていたが、何を言っていいのか分からなかった。
大の大人だ、誰かがいなければ生きていけないなんて、口先だけならまだしも、本気で言える分けがない。そう言わないから、離婚されるのか、俺は・・・。
一人になって寂しくないはずはないだろう。だが、現実にはまだ一人じゃないんだ。たとえ一人になったって、寂しさがこみ上げてくるまで、時間だってかかるはずだ。数週間、数ヶ月・・・。段々と寂しいと思うようになるものだろう?それを、日々あちこちで、そんな態度を表さないと、愛していることにはならないのか・・・?
『病気の時だって、いたわりを見せてくれない。』
この時は、もうカウンセラーに言っているのか、ただ独り言を言っているのか分からないくらい、小さな声になっていた。
病気だって、せいぜい風邪で寝込むくらいの病気しか、したことがないじゃないか。
入院したり、手術をしたりする程の時に、ほったらかしにしておいたわけじゃない。ちょっと高熱で寝ているくらいの時に、いちいち看病なんかされたら、俺なら煩くてたまらない。
いったい、離婚したいと思うほど、何がそんなに不満なんだ。
俺のことが嫌いになったのなら、嫌いになったとはっきり言えばいい。
単身赴任の間に、他に好きなやつでもできたのなら、そう言ってくれたほうがすっきりする。
『私がこんなに愛しているのに、自分のことを愛していない人といるのは、もう耐えられないんです。』
カウンセラーに二人で会ったのは、この時が最後だった。