第17話 あきこの話 その4
ランチの時間帯を過ぎたら、週末は予約がないと入れないこともあるくらい混むのに、日曜日といってもこの時間はまだ静かだ。
ブランチの最初の方がまとめて運ばれてきた。少しは手をつけないと、次が運ばれてきたら置くところがない。
「とりあえず食べよう。」
あきこが口角を思いっきり上げて言った。
「バンコクは好きなんだけどね。」
私もよ、という気持ちを込めてうなずいた。
「不思議よね。もう住んで何年にもなるのに、いまだに分かるのはサワディッカーだけだし、タイ文字の看板なんて全然読めないし。明らかに外国に暮らしているっていう状況なのに、なんだか日本の田舎に住んでるような気がする。」
あきこの言葉はそっくりそのまま私の気持ちを代弁していた。本当に不思議だ。特にバンコクの中心街にいれば、東京にも負けないくらいの大都会だというのに。
しかも、日本の田舎のように『よそ者』を拒絶するようなよそよそしさもない。外国人の私たちを、遠ざけるでもなく、歓迎するでもなく、ただごく当たり前の日常として受け入れてくれる。
「でも、タイの駐在人男たちは大変よ。」
一応周りに目を走らせて、他に日本人らしき客がいないのを確かめてみる。
「うちは駐在、ここが3ヶ国目だけど、うちの旦那、大変そうだもの。他の奥さん達の話を聞いても、どこも似たり寄ったりみたいだし。」
まだブレッド・バスケットも空にならないのに、次のフルーツサラダが運ばれてくる。バスケットに残っていたクロワッサンとバゲットを、オムレツの皿の端にのせて、空いた籐の籠を下げてもらう。
「シンガポールにいた時はさ、もっと仕事そのもので大変そうだったのよね。うちの会社なんて、シンガポールからマレーシア、インドネシア、インド、中東までカバーさせられるから、出張ばっかりで、月に三、四日しか家に帰ってこなかったりしてさ。」
そうだった、あの頃のあきこはいつも『うちは母子家庭よ』と言っていた。それでも、毎朝コンドの玄関まで迎えのバスが来て、一日子供は幼稚園で預かってくれるから、日中はゴルフのレッスンや陶芸の教室に通って、それなりに楽しくやっているようだった。
『ご飯の仕度をしなくていいから、楽チンよ。子供と私だけなら、スパゲッティで十分だもの。夕食後に同じコンドに住む他の母子家庭の家で、お茶を飲んでおしゃべりをしたりしてても、全然時間を気にしなくてもいいし。』