第14話 あきこの話 その1
少し早く着きすぎたかな・・・と思いながら、前庭を通り、レストランのドアを開けると、あきこが丁度テーブルに案内されるところだった。
「あら、久しぶり。」
あきこが気がついて、振り返った。
「アソークの駅から、もっと時間がかかるかと思って、早めに家を出てきたんだけど、思ったよりもずっと近かった・・・。」
「今日は、運転手は?珍しいじゃない、電車で来るなんて。」
「今日は旦那が乗ってる。今頃子供たちと買い物に行ってるよ。」
歩いてきたのが暑かったのか、あきこはハンカチで首の辺りを何度もぬぐっていた。
「珍しいなと思ってたのよ。週末にあきこが出てこられるなんて。大丈夫なの?ゆっくりできる?」
「大丈夫、大丈夫。旦那が子供を見ててくれるから、そんなに急いで帰る必要もないし・・・。今日はいい機会だから、会いたかったのよ。」
ここのブランチセットはボリュームが多いことで有名だ。テーブルにある選択用紙に書いてあるアイテムの、欲しいものにチェックマークをつける。色々な種類のパンから一つ、卵の料理方法の中から一つ、ジュースの選択を一つ、サイドディッシュから一つ、デザートクレープから一つ・・・。沢山ある項目の中から、それぞれ一つずつ選ぶことができる。いつも、全部食べきれたためしがない。
午前中から昼にかけて、女友達と長話をするにはもってこいの場所だ。
「実はさ、本帰国することになったのよ。日本に帰ったら、そうめったに会えなくなるでしょう。だから、今日は是非とも会いたかったのよね。」
あきこはまだ、デザートクレープの選択に迷いながら、そう言った。
「四月付けの移動?」
「違う、違う。旦那は居残り組みよぉ。」
最後の『お』のところに、力が入っていた。
「旦那は任期が延長になったばっかり。私だけ子供を連れて帰ることにしたの。」
鉛筆を動かす手を止めて、あきこが視線を上げた。
「子供、受験とかそういう時期だったっけ?」
あきこの子供はいくつになるんだったろう・・・。
「まあね、そういう理由がないこともないんだけど・・・。どっちかというと、そっちはこじつけた理由かな。そういえば、旦那の会社の人の手前なんか、話しやすいしね。」
あきこがクスッと笑う。そういう笑い方をすると、ひとまわり位若く見える。
「本当のとこ、体裁のいい別居よ。少なくとも、結婚生活を建設的に持続していくための、苦肉の策・・・ってとこかな。」
私達のテーブルの様子を伺っていたウエイトレスに向かって、記入済みの用紙を振って見せた。