第13話 バンコクの朝 その3
まだ時間も早く、気温もそれほど高くない。なるべく日陰になっている所を選びながら、のんびり歩いて行く。
レストランへ行くソイの入り口に、『王様と私』という名のマッサージ店がある。そういえば昨日の晩に行った店はなんていう名前なんだろう。エンポリウムの近くに泊まる時は必ずというほど行くのに、今まで名前を聞いた記憶がない。ホテルのまん前にあるから、タクシーで行く時も、ホテルを目印にして行けばいい。予約を入れるわけでもないから、名前を覚える必要がなかったのだ。
『王様と私』に比べると、スタッフも気さくでアットホームな店だ。私がつたないタイ語で話しかけると、みんな喜んでくれて、あっという間に人気者になる。
それに比べると、『王様と私』のほうは、もっと組織的な会社の匂いがした。料金体系も明確で、規定のサービス以上も以下もしない。ここではタイ語なんて使ってみようという気にさえならない。スタッフの愛想も、お世辞にもいいとはいえない。ただ、どのスタッフにあたっても、マッサージの腕は確かだった。
このソイをもう少し奥まで行くと、『キャベッジ&コンドーム』というタイ料理のレストランがある。大抵のガイドブックには載っていたし、観光客相手にしては良心的な料金だったから、ランチもディナーも、いつもそこそこ客が入っていた。
それでも、観光客が入ってくるのはこの辺りまでだ。
『クレープ&コー』には観光客は少ない。殆どがバンコクに住んでいる、特に西洋人が多い。長く住んでいても、日本人には余り知られていないようだった。
はじめてあきこと待ち合わせをした時、あきこもあきこの運転手も随分迷ったらしく、一時間近く遅れてきた。そのせいで、その日はゆっくりできなかったが、あきこがこの店を気に入って、その後二人で待ち合わせする時は、いつもここと決めている。
レストランの前まで来て、時計を除くと九時四十分になるところだった。随分のんびり歩いてきたのに、約束の時間より随分早く着いた・・・。