第12話 バンコクの朝 その2
スカイトレインの中はガラガラに空いていた。週末の朝九時というのは、誰にとっても中途半端な時間なのだろう。
レの前ノ日本人とタイ人らしきカップルが座っている。確か、同じ駅から乗ってきたのを覚えている。日本人の男の方はビジネスマンのようでもあり、観光客のようでもあり。週末を含む長めの出張で来ているのかもしれない。鼻の下を長くしてニコニコしている男の横で、女の方は退屈している様子を隠そうともしない。早くもらう物をもらって、さっさと帰りたいと思っているのが明らかだった。昨日の晩ゴーゴーバーから一緒に帰って、男の宿泊先のホテルで一晩を明かし、朝食を食べて出てきた・・・、どうせそんなところだろう。ここでは珍しくもない話だ。
こういうカップルが多いから、同じようなアジア人顔の私は、バンコクのホテルに夫婦で出入りするときに、殊更に左手に光る指輪が目立つように気を使って歩かなければならないのだ・・・。
天気もよく、せっかくいい気分だった朝が、ほんの些細なことで萎んでいくような気がした。
『・・・。』
目の前で閉じていく扉のガラス越しにアソークという駅名が見える。
目の前のカップルのことに気を取られているうちに、降りる駅を通り過ぎてしまった。バカみたいだ。気にしたって何の特にもならないことをぼんやりと考えていて、電車を乗り過ごしてしまうなんて。一駅なんだから、あっという間なことは分かっていたはずなのに・・・。
次の駅で降りたら、歩いて戻ろう。まだ時間はたっぷりある。レストランまで歩いても十分間に合う。
次の駅はナナ。普通の観光客には、取り立てて珍しいものがあるわけでも、大きなショッピングセンターがある分けでもない、通り過ぎるだけの辺りだ。
デコボコで、真っ直ぐ歩くのも難しいような歩道も、そんな歩道にひしめき合うように連なっている屋台の土産物屋も、こうやって高いところから見下ろすと、一時整然として見える。砂埃も排気ガスも入ってこない、エアコンの効いた電車の中。窓の外に広がるバンコクの町並みは、まるでテレビ番組の中の一場面のようだった。