第10話 工藤の話 その3
「ドイツ、落ち着き先が決まったら教えてよね。たまにはヨーロッパに行くこともあるから。」
「そうだな。でも、ドイツって行っても、辺鄙な田舎の方だ。」
「別れたくないなら、ちゃんと言わないとだめよ。」
「まあ、それは調停の成り行きしだいだろ。あいつがどうしても別れたいっていうのなら、あいつの意思も尊重してやらないといけないし。」
「そうじゃないの。奥さんの気持ちがどうとかとは、また別の話でしょ。奥さんが別れたくても、あんたのことなんて大嫌いって言われても、俺は別れたくないんだって言わなきゃだめなのよ。」
この人は全然変わってない。私たちだって、結局そうやって別れてしまったのに、覚えていないのだろうか・・・。
本当はあの時、どうしても別れたかったわけではなかったのに・・・。
確かに二人の関係は行き詰っていて、小さな問題を色々抱えてはいたけれど、乗り越えられない問題ではなかったはずだ。
私がもうだめだ・・・と思ったときに、強く引きとめてさえくれたら、離れる必要なんてなかったのに。
あの時もあなたは、『君が本当にそうしたいのなら、僕は君の幸せを願うだけだ・・・』って・・・。
『別れたくない。君が何と言おうが、別れたくない。』聞きたいのはそれだけだったのに・・・。
「ちゃんと自分の気持ち伝えないと、夫婦でも以心伝心っていうのはありえないよ。」
ウエイターに向かって手を振って、支払いのサインをする。気づいたウエイターが、レジへ向かって歩いていった。
「今車まわすから・・・。」
工藤が携帯で運転手に連絡をしている。バンコクの駐在は、大抵車と運転手がつくから便利だ。バンコクの渋滞も、自分で運転するのでなければ、大して気にもならない。
「大丈夫よ、スクンビットをUターンしてもらって、それから家に向かうのは大変だから、私はタクシーで帰るから。」
「そうか、それじゃあここで。」
財布から自分の分をだすと、テーブルに置いた。
「そうね、また今度。次はドイツで・・・かな。」