生徒会選挙③
「ちわっす!」
そんな会議をするかしないか、みたいなタイミングで図書室副室にノックもせずに誰かが入ってきた。首にカメラをかけたカメラ小僧、みたいな風貌の男子生徒だった。見覚えがある気がして、僕はその名前を呼んだ。
「もしかして、栄くん?」
「おっ、いっくんじゃん! どうしてこんなところに? ああ、もしかして、君は宇宙研究部に入部したのかい? 結局、この部活動にしたってのは、どうやら伏見さんの影響が強そうだけれど!」
ぺちゃくちゃと喋る男だった。
栄一輝。
それが彼の名前だった。新聞部のカメラ小僧、と言われれば彼のイメージが定着しているらしい。一年生なのに充分過ぎるポテンシャルを秘めている訳だけれど、それを言ったところで何も変わりゃしないので意味がないと言えばそれまでになるのだけれど。
「おい、お前。カメラを使うのか」
言ったのは、池下さんだった。
ああ、そういえば池下さんもカメラをよく使う人間だ。というか、何処かのタイミングでカメラは全部自分が管理しているとかどうとか言っていたような気がする。それゆえに、カメラを持つ人間とは相性が良いのかもしれない。
「ええ、僕はカメラ小僧ですからね! 昔から一眼レフを手にいろんな場所を撮影しに行っていましたよ! 最近だと、猿島とかでしょうか?」
「猿島か。あそこは良いところだ。……でも、時期が悪いだろう? もっと海水浴が出来る時期に行けば良かったものを」
「あそこは遠泳禁止エリアですよ。……それに、泳ぐために行く場所でもありませんから」
「それもそうだな」
「あ、あの、えーと……猿島? って何処にある島なの?」
「横須賀にある島のことだよ! 東京湾最大の自然島と言われていてね、要塞の跡地とかあるんだよ。もし機会があれば君も一度行ってみると良いよ。面白い場所だよ、猿島は」
「へ、へえ。そうなのか……。ところで、栄くん。どうして君はここにやってきたんだ?」
「そうだ!」
栄くんは、僕から離れて、部長の前に立つ。
「噂を聞きました。何でも、次の生徒会選挙に立候補する、と」
「早い噂だね。さては、金山が情報を流出させたな?」
「へへっ、まあそうですね」
「まあ、そうですね、じゃねえよ。上腕二頭筋を破壊してやろうか」
「え?」
「いや、ちょっとしたゲームのネタだ」
「そうですか」
「軽いな!」
「ゲームには疎いもので。ポケモンぐらいなら知っていますけれど」
「へえ。世代は?」
「アローラですね」
「ということは、アローラの姿がなかったことを知らない世代ということになるのか……?」
「そういうことになりますけれど。野並さんはどの世代なんですか?」
「……カロスだ」
「一個前じゃないですか。一応僕は初代もプレイしていますよ。バーチャルコンソールですけれど」
「バーチャルコンソールだったら僕も遊んでいる。二台の3DSを活用して無事種類を揃えた」
「……別にピカブイとPokemon GOで揃えれば良かった話じゃないんですか……?」
「ところでお前は何の話をしに来たんだ。ポケモンの話をしに来た訳じゃあるまい?」
「そんな訳! だから言ったじゃないですか、生徒会選挙に立候補するらしいですね、と」
「ああ、言ったな。それがどうかしたか?」
「それについて、インタビューを取らせてください。六月号に載せるんで」
「六月号って明後日だよな……? 間に合うのか?」
「前日は徹夜で頑張るので!」
「うわあ……、相変わらずハードだな、新聞部は」
「それより! 話を進めても宜しいですか、野並さん」
「良いけれど、先ずは座れば?」
パイプ椅子の束から、椅子を一席取り出し、それを広げる部長。
「ありがとうございます、わざわざやっていただいて」
それを見た栄くんは頭を下げて、そこに腰掛けた。
「別に問題ないよ。それに、こちらとしても一応来て貰おうかと思っていたところだったしね。……で、何を話せば良いのかな、僕は」
「あ! そうですね。えーと……『今回の選挙に当たって、注目するべきポイントは?』」
「それ、僕が決めるんじゃなくて新聞部が決めるポイントじゃないのか?」
「そうかもしれないですけれど……、まあ、良いじゃないですか」
「ええと。それなら、話すけれど、……実は今回は、お互いにお互いを副会長にするということを決めているんだ」
「ほうほう! そうなんですか!」
「そうだね。だから仮に僕が会長になったら、そのまま金山……さんは、副会長の座に君臨することになる」
「そうなんですね!」
インタビューは未だ未だ続きそうだ。
「次なんですけれど、『今回の選挙のポイントは?』」
「それって、僕が言って良いことなのかい? ……えーと、そうだね。部活動の充実を図るかな。僕が会長になったら」
「成程成程! それは僕にとっても素晴らしいポイントですね!! 出来ることなら、野並さんが会長になって貰うのもアリなのかもしれないですけれど!」
「いやいや、そういうところじゃないだろ……。新聞部は公平であるべきじゃないのか?」
「そうですね。確かに。……ま、僕は公平であるべきだと思っていますけれど。それでも、両方の陣営に話を聞いている以上、ちゃんと公平を保っていると思いますよ? それが正しいかどうかはまた別として」
「……次の話はどうするんだ?」
「次は、……ええと、取り敢えず以上です! ありがとうございました! 僕はこれから、金山さん陣営側に向かうので、これでさよならバイバイまたいつか、ということで!!」
「いつか会う機会があるのか……?」
「いや、あるかどうかは分かりませんけれど!! それでは!!」
騒がしい奴だな、と思いながら僕は彼が立ち去るのを見送るのだった。
手を振っておいたけれど、彼は何も見ないまま、そのまま立ち去っていった。ってか、走って行ったけれど、先生に見つかったら先ず怒られそうな気がするんだよなあ。
「……さて、話は変わるが、一つポイントは達成した」
「もしかして……さっきの新聞部のインタビューが?」
「写真も撮影して貰っただろ? あれで、完璧だ。広報活動は後はあっちが勝手にやってくれる。後やるとするなら……、七月頭の公開演説の内容決めといったところかな」
「「公開演説?」」
僕とあずさは、声を合わせてそう言った。
それを聞いてお互い目を合わせてしまった訳だけれど。
「……ああ、そうか。二人は一年生だから、分からないんだよね」
言ったのは、池下さんだった。池下さんはテーブルにカメラを置いて、説明を開始する。
「生徒会選挙には、決められた広報活動が存在する。一つは新聞部を利用したインタビュー形式の広報、もう一つは新聞部が作成するポスターによる掲示、そして最後が投票日一週間前に行われる公開演説。そこが一番のポイントで、そこが最後の紹介で、そこが一番を占める場所だと言われている。生徒会選挙の八割を占めるとも言われているね、その公開演説が」
「そんなに重要なんですか……、その演説というのが」
「そして、その演説についてちゃんと情報を整理して説明しないと、大変なことになるという訳」
「どういうことですか?」
「簡単だろ。適当に行き当たりばったりに演説をしている立候補者と、事前に整理して自分の言い分をきちんと説明してくれる立候補者、どっちに票を投じたい?」
「あ……」
答えは言わずもがな。
とどのつまりが、事前に整理しておくことが大事だと言うことだ。
「まあ、演説まであと一週間以上ある。時間はたっぷり……とは言えないが、残されているからそこについては問題ないだろう。とにかく、僕は今日は帰る。君達はどうする?」
「俺も帰るよ」
池下さんはカメラを鞄に仕舞い込んで、立ち上がる。
先輩二人が帰るなら、僕達も帰った方が良いだろう。そう思って、僕も立ち上がった。
「僕も帰るよ。あずさはどうする?」
「私は……少し残るかな。アリスは?」
「私も……少し残る」
「なら鍵は伏見に渡しておこう。それで良いな?」
あずさはそれを聞いてゆっくりと頷いた。
そうして、部室に二人を残したまま、僕達は部室を後にするのだった。