クスノキ祭⑨
「……いや、まさかこんなところでガパオライスが食べられるなんて思いもしなかった」
ガパオライス。
細かく刻んだ肉や野菜にホーリーバジル(ない場合はスイートバジルで代用可)で風味付けをして、ご飯の載せた皿に盛り付けて目玉焼きを載せた、そんな料理だ。
何でそんな知識知っているのか、って話になる訳だけれど、僕の父は料理人だ。そして変わったものが大好きである。だからそういったものも、家で『試食』と題して作ってしまうのである。その度に家計に大ダメージを与えていつも怒られている訳だけれど。
それはそれとして。
「美味しいだろ? バスケ部が作ったガパオライス! ……といってもあとで私も作らなきゃいけないんだけれどさ」
ガパオライスを勧めたのは八事さんだった。
八事さんはバスケ部のマネージャーとして一年目から活躍している。というのも、前居たマネージャーが急に辞めてしまったらしいのだ。まあ、それは本人から聞いた話なんだけれど。そういう訳で気づけば八事さんがチームを引っ張るマネージャーとして活躍する羽目になってしまったらしい。もともとバスケがしたくてバスケ部に入ったんじゃないのか? と聞いたら、
「うーん、でもまあ、バスケが出来る環境だったら何処でも良いよ。中学校にはバスケ部がなきところもあるしねー」
……確か八事さんは沖縄生まれだったか。
だからそんな風に、意気揚々と出来るのかもしれない。
正直羨ましかった。
「宇宙研究部は、楽しい?」
唐突に。
八事さんはそんなことを言ってきた。
「……何で急にそんなことを?」
「決まっている。今の部活動が楽しいかどうか聞いているの。だって、いっくん、運動神経良いし。バスケ部とかどーかなって思ったんだけれどさ」
「……考えておく」
「ちょっと、いっくん! 私達を捨てるつもり!?」
捨てるとはひどい言い草だ。
もっと何か良い言い方がなかったのか。
「捨てるつもりなんてないさ。今のところは宇宙研究部に在籍する。そっちの方が、楽しいしな」
「いっくん……」
「ふーん。まあ、別に良いけれど。バスケ部に来たかったらいつでも言うがいいさー。それじゃ、私はそろそろ準備があるから」
時計を見ると、十三時十分前。
「……僕たちも行こうか、あずさ、アリス」
「うん」
こうして。
僕達はそれぞれの道を歩むことになるのであった。
僕達はクラスの出し物へ。
八事さんは部活動の出し物へ。
それぞれやることは変わらない。
ただこの二日間を乗り切ることだけを考えれば良いのだ。
※
特段、それから話すようなことはなかった。
……といえば、嘘になるか。
「いっくん、いっくん」
「うん? どうしたんだよ、あずさ。ジュースはもう運び終わったのか?」
「運び終わったよ、完璧にね。たまにはやるでしょう、私も」
「はいはい、そうだな。次は三番テーブルに三つ持っていくことになっているからそこんところよろしく」
「何か言葉をかけるとかそういうのはないんですかね!?」
「……何が?」
「いや、例えば、お疲れ様だとか!」
「うんうん、お疲れ様。それで良い?」
「何だろう、その言わされている感マシマシな発言!」
「……二人とも、いちゃつきたい気持ちは分かるけれど、ちゃんと仕事はこなしてよ? ほら、ジュース」
「いやいや、いちゃつくつもりとかないから。何を言っているんだ君は」
「ジュース零れているけれど! 全然動揺隠し切れてないけれど!」
……僕がそんなことを言うと思っているのかな? まったく理解できないよ。
それはさておき。
「あずさ、ジュース出来たからさっさと持って行ってよ。それが君達の仕事なんだから」
「えー、いっくんの言葉には愛がないから嫌だー」
……巫山戯てんのか、てめえ。
言ってやりたかったけれど、自重しておく。それ以上言っておく意味はないからね。
「いっくん、いっくん」
「はいはい、いってらっしゃい」
「分かったよー。いっくんのケチ」
やっとあずさが出て行ってくれた。
まったく、あずさは色々と誤解されるような言動を取ってくれるな……。
あれ?
そう思ったけれど、僕はそこで立ち止まる。
もしかしてあずさは誤解されて欲しくて、その行動をしているんじゃないか?
否定しているのは、僕の感情だけの話なのではないか?
いやいや。
有り得ないって。
そんなこと考えたって、何が解決するんだって。
僕には分からない。
分かるはずがない。
分かり合える訳がない。
「……いっくん、ジュースの列止まっているからさっさとジュース注いでくれよ!」
栄くんの言葉を聞いて、僕は我に返った。
ああ、僕は何を考えているんだろう。
そう思いながら――僕はシフトをこなしていくのだった。
※
あっという間にシフトの時間は終わりを迎えて。
気づけば時刻は十五時を回っていた。
「いっくん、休憩の時間だよ。お疲れ様。明日もこの時間だったっけ? よろしくね!」
明日は十一時から昼を挟む時間帯だったと記憶しているはずだけれど。
……まあ、良いか。
何か否定する気分にもなれなかった。
そんなことを思いながら、僕はすたすたと歩き出す。
「ちょっと、いっくん!」
……そんなところで、僕は思いきり襟を引っ張られた。
「痛い痛い! 引っ張るなって、首が絞まるだろ!」
「……いっくん、何処へ逃げるつもり?」
「逃げるつもりなんて毛頭ないけれど」
「だったら私達に付き合って」
見ると、あずさとアリスがまた大量のビラを抱えていた。
まだビラが余っているのかよ?
……仕方ない。こうなれば地獄までだ。
「付き合うよ。何処へ向かえば良い?」
「やたっ。えーとね、良いところがあるんだけれどね……」
あずさから言われた場所は――僕の想像を上回る場所だった。
※
「体育館?」
「ほら、体育館って学生バンドが演奏やっているでしょう? だから人が集まる可能性が高いのよ。それを利用して……」
「ビラを消化してしまおう、という作戦か。あずさの割りには良い作戦立てるじゃないか」
「何よ、あずさの割りには、って! それに、考えたのは私じゃなくてアリスですー!」
「えっ、アリスが?」
そいつは予想外だった。
まさかアリスがわざわざ人混みに行くような作戦を立てるとは……。
「……私が考えたの。悪い?」
「いや、まったく悪くはないけれど……。ちょっと驚いた」
「どうして?」
「いや、アリスってあんまり人混みに行きたがらないような感じに見えたし……。それに、そんな場所に行くってこと自体考えないと思ったんだよ」
「……ひどい、私のことそんな風に思っていたなんて」
「おーい? 違うんですよ、アリスさん? そんな風に思っていたことは、確かに悪かったと思うけれど……。でも、そういう風に思わせたアリスさんサイドにも問題があると思うんですけれど」
「素直に謝れないのか、あんたは」
いてっ。
あずさに脛を蹴られた。
何だよ、いきなり脛を蹴ってくるとか卑怯過ぎないか?
「とにかく! アリスの言った通り、ここ、体育館でビラを配る! 配りきれなかったら……」
「きれなかったら……?」
「そのときは、そのときよ!」
あ、逃げたな。
とにかく。
今はこの体育館でビラ配りに興じることにしよう。
そう思って、僕達は体育館へ足を踏み入れるのだった。
※
体育館では、『涼宮ハルヒ』の歌が演奏されていた。あれってもう十五年以上昔じゃなかったっけ? リアルじゃ僕達には関わりのない歌だったと記憶しているけれど……、でも意外と盛り上がるんだな。やっぱりバイブスが上がる? って奴? 良く分からないけれど、なんとなく言ってみました、はい。
「一年三組でメイド喫茶やっていまーす。いかがですかー」
「……いかがですかー」
バンドサウンドの鳴り響く中、メイド服でビラ配りをする二人。残念ながらその声はかき消されてしまっており、アリスに至っては近距離で居るのに何を言っているのかさっぱり分からない状態だ。
「なあ、あずさ。これってやっぱり失敗だったんじゃないか?」
「何言っているのよ。失敗な訳ないでしょう? ちゃんと受け取っている人も居るし。成功も成功、大成功よ」
ほんとうか?
でも、確かにビラの枚数はさっきより減っているような気がする。
「ね? 悪くないでしょう?」
確かに。
あずさの考えも悪くないのかもしれない。
正しいかどうかは別として。
「さあさあ、まだまだ配り続けるわよ! 一年三組でメイド喫茶をやっていまーす、いかがですかー!」
バンドはというと、歌が切り替わり、四、五年前に出たボカロ曲が演奏されていた。僕も知っている歌だ。若くして亡くなってしまったんだよな。あのときはちょっと何言っているか分からなかったぐらいだったし、その当時中学生や高校生、或いは大学生だった人たちはもっと感傷に浸っていたのかもしれない。
しかし、高速なメロディと歌詞、良く歌いきれるな。僕なら途中で舌が回らなくなりそうになるけれど。
「……よしっ、終わったよ、いっくん」
「嘘だろ、もう終わったのかよ?」
確かにあずさの両手はもう何もなかった。
アリスは未だ終わっていないようだったが、それでも数は残り僅か、といったところだろうか。それにしてもどれくらいの人間がビラを受け取ったのだろう? もう多くの人間が受け取ったものだと思っていたけれど、この様子だと未だ受け取り切れていない人間が居るのかもしれない。
「アリスもちゃっちゃと配っちゃって。そしたらあとは自由行動だから」
「……うん、分かった」
ほんとうに分かっているのだろうか。
アリスは案外その辺り無頓着だからな。
もしかしたら何も分かっていないのかもしれない。あくまでも僕の勝手な妄想だけれど。
「……終わった」
「はやっ!」
アリスも配り終えたようだし、後は自由行動。
それじゃ、しばらくバンドサウンドでも聞いていこうぜ。僕の進言に二人は従順に頷いてくれた。




