殺人鬼、御園芽衣子④
次の日。朝のニュース番組では、今日も連続殺人鬼の報道を伝えていた。
『昨晩、鎌倉市七里ヶ浜相浜公園にて死体が発見されました。死体は昨日午後九時以降に殺害されたものとみられています。身元は未だ確認出来ていませんが、二十代から三十代前後の男性と思われます――』
「うわっ、相浜公園ってあなたの通学路じゃない? 大丈夫? 学校中止になったりしない?」
「……たぶん、なったりしないと思う」
「何で中止にならないんだろうねえ」
「そんなこと、僕が知りたいよ」
そんな会話を交わしながら、朝食を終える僕達。
連続殺人鬼を話題にするには、少々へビィ過ぎる時間帯だったのだ。
※
相浜公園を通ろうとすると、警戒線が張られていた。
ここを通ると学校への近道になるのだけれど、警戒線を潜って抜けようと思う程、僕も馬鹿じゃない。そう思って、僕は公園を遠回りして歩いていった。
ただ、それだけのことだった。
※
「明日は登校日だけれど、半ドンだろ?」
「半ドン?」
部長と池下さんの会話を聞いて、分からない単語があったので思わず反芻してしまった。
「ああ、半ドンというのはね、昼までしか授業がないってことだよ。昔からある言葉なんだけれどね。何でも昔は土曜日にも学校があって、そのときは半ドンだったらしいけれど」
「へえ。そうなんですか」
「だから、昼休みで学校は終わりってこと。……だったら午後は部活動が出来るな」
「でも天体観測出来るのは夕方ですよね?」
「そういうことになる」
「だったら登校日以外は夕方からにして欲しいものですけれど」
「図書室はクーラーが効いているからいいじゃないか」
「副室は効いていないじゃないですか」
「だったら図書室に居ればいいだろ。ただそれだけの話だ」
「でも、図書室は……」
図書室をちらりと見やる僕。
図書室の座席は既に勉強したい生徒や、休憩したい生徒で一杯になっていて、とても我が宇宙研究部が使えるスペースなど有りやしなかった。
だからこの副室に僕達が追いやられている訳だけれど……。
副室には扇風機しかない。だから時折やって来るクーラーの風を、扇風機で室内に送り込む。そうやって何とか涼しい風を得ている訳だけれど。
「それでも暑いことには変わりないからなあ……」
副室には窓がない。四方が通路と図書室で囲まれているからだ。だから僕達は涼しさを知らない。暑い部屋に閉じこもってただひたすらと本を読んでいることしか出来やしないのだ。
ちなみに今日は何を読んでいるか、って? 今日読んでいるのは、『大進化どうぶつデスゲーム』という本。最近入ってきた本なのでどういう内容かは分からないけれど、このタイトルでSFらしい。SFか。SFはなかなか読んだことのないタイトルなので、興味が湧いている。
「というか、女子高生十八人が八百万年前の地球にタイムスリップってどういうことだよ……」
帯を見ながら溜息を吐く僕。いや、別に悪いことでも何でもないんだけれどさ。噂によれば、『最後にして最初のアイドル』という作品でデビューしたらしい。そちらは読んだことがないのでこの作品でお初ということになる。群像劇というだけでポイントが高いのに、百合が付くというのがさらにポイントが高い。あ、ちなみに百合というのは女性同士の恋愛という意味だ。それだけ聞けば興味を持つ人間も居るかもしれない。何せ図書室に納品されるぐらいの書籍なのだ。よっぽど面白いに違いないだろう。
「……ほら、いっくんも手伝ってよ、天体観測の準備!」
……だが、今日はこれを読み進めることは出来ないだろう。
借りる準備を進めておきながら、僕は天体観測の準備をするために席を立つのだった。
※
天体観測は今日も失敗に終わった。
いや、天体観測自体は成功している。UFOの観測自体が出来ていないだけの話だ。
「今日も観測出来ませんでしたね……」
「まあ、明日なら観測出来るだろう! 明日は午後から部活動だからそこんところよろしく頼むぞ!」
そう言って。
部長と池下さん、それにあずさは片付けを任せてしまって、僕とアリスは帰るようにしてくれた。
帰るようにしてくれた、と言っても帰ることが出来たという訳であって、それは、片付けするには人員が余るから余った人間はさっさと帰れよ危険だから、と言う桜山先生のお達しがあったためである。
アリスと離れ、一人で歩くことになった僕だったが、あっさりと知り合いに会うことが出来るのだった。
知り合いと言って良いのか分からないけれど。
「……御園芽衣子」
「お前は俺を呼ぶときはいつもフルネームで呼ぶのかい?」
相浜公園のブランコに乗っていた。
ちなみに警戒線は既に解除されているので、今は誰でも自由に入ることが出来る。
だから問題はない――と言いたいところだが、警戒線が解除されたばかりの場所に入るのも何だか気が引ける。
しかしずかずかと中に入っている彼女を見ると、自分も中には言って良いのだろうか、という思いが湧いてきてしまう。
そう思いながら、結局僕は中に足を踏み入れた。
「……何を考えているんだか知らないけれどさ、時間かけて入ってきた割には何も考えていないよね? 恐らく」
「ごもっともです、はい」
「ところで、お前はいったい何をしていたのかな?」
「何をしていた……って、学校の帰り道だよ。そういう君は?」
「殺人の帰り道、かな」
まるで学校の帰り道みたいに殺人を肯定するなよ!
そんな突っ込みを入れたかったけれど、それよりも先に彼女が、
「まるで学校の帰り道みたいに言ってみたけれど、特に問題はないだろう?」
「問題あるよ! 学校の帰り道みたいに殺人を肯定するんじゃないよ!」
「殺人鬼にとって、殺人は学校みたいなものだからね。技術は見て盗め、と良く師匠に言われたものだよ」
師匠なんて居るのかよ。
「師匠は二年前に捕まった。だから、俺が唯一の弟子みたいなもんだ。名前は藤岡達喜。もしかしたら名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか? 世紀の殺人鬼、ついに逮捕される、なんて見出しが出ていたはずだろう」
「どうだろうね、僕、あんまり新聞とかニュースとか読まないから」
「へえ、珍しい。でもスマートフォンがあるだろう。それを使ってニュースとか」
「スマートフォンは学校には持ち歩かないことにしているんだ。だからいつも家に置いてある」
「それ、携帯電話って言うのか?」
「さあ? 携帯はしていないけれど、携帯出来る電話なんだから携帯電話で良いんじゃないの?」
「それならそれで良いけれど」
「ところで一つ聞きたいんだけれど」
「何?」
「昨日、人が死んだ」
「らしいね。警戒線が張られていた」
「その犯人って、君?」
「それは冤罪だ。それに昨日は人殺ししていないよ」
「でもあのとき、『人殺しは夜にする』って」
「あれはジョークみたいなものだよ、ジョーク。殺人鬼ジョーク」
殺人鬼ジョークって何だよ。
「でもまあ、要するに君は人を殺していないんだね。ちょっと安心した」
「どうして?」
「もし殺していたら、僕も殺されるんじゃないかって思ったからさ」
「ははは。……そう思うのも当然か。ま、前にも言ったじゃないか、お前のことは殺さない。つまらない殺戮はしないって言っただろ?」
言っていたような気がする。
「じゃ、今日はもう眠るから俺はさっさとバイバイするよ」
そう言って。
ブランコから立ち上がると、さっさと公園から出て行ってしまった。
それを見た僕は、ただそれを見送ることしか出来なかった。
殺人鬼を見送ることだけしか、出来ないのだった。




