孤島の名探偵⑥
これからは解決編。
至ってシンプルな物語であろうとも、推理物ならばいつか解決編はやらなくてはならない。解決編のない推理物など、セオリーに違反するからね。
だから、この物語はいずれ終わる。
やがて、この物語は終わりを迎える。
けれど、この物語の終わりを聞いたとき、心底悲しむかもしれないけれど、それはそれで、受け入れて貰うのがセオリーってものだと思う。
セオリーセオリー五月蠅いって?
仕方ないだろ。それも語り手のセオリーだ。
さあ、これからが解決編。
最後までこの物語を――見送って欲しい。
※
「池下さん」
池下さんは、意外にも素直に僕の言葉を受け入れてくれた。
というか、そんなことよりも、と言いたげな表情を浮かべていた。
何が言いたいのかさっぱり分からなかったけれど、何をしたかったのかさっぱりと分からなかったけれど、いずれにせよ、今回の事件の犯人と向かい合っているのだ。今は神経を研ぎ澄ませなくてはならない。人間と人間同士の戦いであり、犯人と探偵の戦いだ。
フーダニットは既に終わっている。
今は何故やったのか、ということについて質問する番だ。
「先輩。フーダニットは既に終わっているんですよ」
僕は、思っていることを、繰り返す。
ふふっと笑ったような気がした。
「今は、ワイダニットに関する時間だ、と言いたいのか?」
フーダニットとワイダニット。
どれもミステリーに関する用語であり、ミステリーに関する単語であり、ミステリーに使われる手法である。
「そうです。先輩」
「お前が俺のことを先輩と呼ぶのも、初めてのような気がするな」
そうだろうか。
言われてみれば、確かに普段はさん付けで呼んでいるような気がする。
それが僕のセオリー。
それが僕の考え。
それが僕の持論。
「……先輩と呼ぶことに抵抗でもあった、とか?」
「今は僕の過去を語る場面ではありませんよ、先輩。今は貴方が語る場面なんです」
「果たしてどうかな?」
先輩はこのような不利な状況においても、なおも自分目線で立とうとする。
それを、なんとかして僕の目線に持ち込んでいく。
そのためにも、先ずは話を進めていかねばなるまい。
「君の過去についても、少しは触れても良い機会じゃないかな、と思うんだよ。なぜこのタイミングで転校してきたのか。それはほんとうに転校なのか、果たして転校と言えるものなのか?」
「……何が言いたいんですか、先輩」
「とどのつまり、だよ」
先輩――ああ、もうややこしい――池下さんは話を続ける。
「君の存在は、UFOを呼び寄せるんじゃないか、ってこと。不思議なことを呼び寄せる中心にあるんじゃないか、ってこと。それを、俺は、君に問いたいんだ」
※
昔から、僕の周りでは不思議なことが良く起こると言われていた。
小学校の頃は、常に行楽のときは雨が降っていた。
小学校の頃は、運動会は常に雨が降っていた。
僕が関係する行事になると、結局何らかの影響で中止になった。
それが、僕のせいなのか、僕にまつわる何かのせいなのかは分からない。
分からないけれど、子供というのは無慈悲に傷つけることが出来る存在である。
気づけば、僕という存在は、傷つけられて当然みたいな感じに収まっていた。
先生もそれを止めなかった。
家族もそれを止められなかった。
だから僕は不登校になった。
それが何のためなのかは分からない。
それがどうして起きるのかは分からない。
けれど――だけれど、僕は、悪いことを呼び寄せるんだって。そういう星の下に生まれたんだって、言われてしまえば、それまでのことなのかもしれないけれど。
けれど――、不思議なことが起こるのは、ずっと昔からのことだった。
中学に入って、転校が決まった。
父は料理人だった。料理人ということは寮とか、食堂とかに専属で入ることになる。
そして、父の所属先は――瑞浪基地だった。
瑞浪基地。
UFOの噂が絶えない、謎の自衛隊基地。
その自衛隊基地と縁があるというのは、やはり僕の課せられた運命なのだろうか。
それは分からない。
語り手が、信頼できない語り手になってしまうのは、セオリーとして失敗だ。
だとしたら、物語が変な方向に進んでしまう。
それだけは避けなくてはならないと思った。
それだけは避けるべきであると思った。
それだけは避けていかねばならないと思った。
であるならば。
僕は岐路に立つ。
このまま、無視されて生きていくべきか。
その星の下に生まれたことを受け入れるか。
そんなことを考えている矢先に――あずさに出会った。
彼女は宇宙研究部に入ろうと僕を呼んだ。
僕の過去を知らない、唯一の人間が、僕のことを、受け入れてくれた。
それが僕にとって、どれだけ嬉しかったか。
それが僕にとって、どれだけ喜ばしかったか。
それが僕にとって、どれほどの喜劇だったか。
「……ふうん、成程ね」
僕の空間は破壊される。
ヒビが入り、破滅していく。
その先に広がっているのは――無。
紛れもない――無。
落ちていく。永遠に落ちていく。
その先に何が広がっているのかは――誰にも分からない。
※
気づけば。
僕は池下さんに今までのことを吐露していた。
僕は池下さんに心を許してしまっていた。
探偵が犯人に心を許すなんて、ミステリーの中では御法度と言ってもいいぐらいだったのに。
「でも、それはきっと偶然だよ。君が、そう『思い込みが過ぎる』だけに過ぎない。相手もそうだ。そういう風に『思い込んだ』だけだ。俺達がUFOを見つけたのも、偶然だ。君が居たからじゃない。そもそも、あの瑞浪基地は昔からUFOの飛び交う噂が絶えなかった。ただそれだけの話だ。UFOについて、君が考えるべき話題ではない。UFOについて、君が考えるべき話ではない。一は全、全は一。全ては巡り巡ってくるものなのだから」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」
池下さんは立ち上がる。
「…………話を聞けて良かったよ、探偵役としては随分と立派なことだったんじゃないかな。俺達もこの『名演技』を見られて良かったと思っているよ。なあ、そうだろう? みんな」
「……は?」
そう言って。
入ってきた人間の顔を見て、僕は面食らった。
だって入ってきた人間は部長、金山さん、アリスに――あずさと桜山さんまで居たのだから。
「な、なんで……。二人は死んだはずじゃ……」
まるで殺し損なった犯人のような台詞を吐いてしまう僕。
「どういうことなんだ? 僕は、僕達は、確かに彼女達が死んだのを目の当たりにしたはずだ! だのに、どうして! どうして、君達は生きているんだ? いや、生きていて悪い訳じゃないけれど……。全然理解できない! 理解できるはずがない! ちょっと待ってくれ、頭を整理させてくれ……」
「いいよ、整理する時間はたくさん与えようじゃないか」
言ったのは部長だった。部長は優しい表情で僕を見つめていた。
全然理解できない。
いったい全体、どういうことだって言うんだ?
この事件――まさか。
「まさか――この事件は『狂言』だったっていうんですか?」
その問いに、部長はゆっくりと頷いた。




