困惑(二)
空気なルミア王子様。
本文で王子様と呼びたい今日この頃。
「は、母上……」
「一体何をしているの、ルミア」
「私は、ベルナード夫人とリーリア嬢に話があって……」
たくさんの侍女や侍従を引き連れたドミニア妃がルミア様に近寄る。
それを見て、お母様が私を隠すように立った。
「……あら、ベルナード伯爵夫人。いらしたの。気が付かなかったわ」
気が付かなかった筈がない。
なのに、わざとらしく嫌味ったらしくドミニア妃はお母様に話しかけた。
「お久しぶりです、ドミニア王妃」
身分が下の者から、上の者に話しかけてはいけない。
そんな決まりの通り、お母様はドミニア妃の言葉を受けてから挨拶を返した。
「夜会にも茶会にも殆ど顔を出さなくなった伯爵夫人が、今更王宮になんの用かしら」
ふんっと鼻を鳴らし、ドミニア妃は嘲るように言った。
前世からそうだった。
私が産まれる前。
未だお母様が結婚していない頃。
社交界には二人、華と呼ばれる令嬢がいた。
赤みのさした茶色の髪。
淡い藤色の瞳。
白く艶めかしい肌。
血を吸ったように紅い唇。
紫色の瞳は、この国にはほとんど居ない。
そんな神秘的な色素を持ちながら、それに負けない立ち居振る舞いの優雅さ。
この国で、強い権力を持つローゼリア公爵家の娘。
白薔薇と称されたお母様。
対して、目の覚めるような金糸の髪に、同じ色の瞳。
作り物めいたお母様の美しさと違い、人らしい魅力を放っていた侯爵家の娘。
それが、ドミニア妃。
ドミニア妃はお母様と違って何かの華に例えられた訳では無い。
正直、社交界の華はお母様だけだ。
家柄も、権力も、娘の容姿も、全てにおいてローゼリア公爵家に劣った侯爵家が、負け惜しみなのかはわからないが娘を華と例えたことから、彼女は多少の侮蔑も込めて華と呼ばれるようになった。
プライドの高いドミニア妃からすれば屈辱的だったのだろう。
ことある事にお母様に突っかかり、騒ぎ立てる。
それが彼女だ。
「国王陛下に呼ばれましたので、参上致したのですよ。」
いつもと変わらず返すお母様は、あからさまに私を隠そうとしていた。
お母様を毛嫌いするドミニア妃は、生き写しである私を好くことはないから。
お母様の心遣いは分かるし、とても嬉しい。
ドミニア妃は四歳だなんて年齢関係なしに、私を見れば攻撃するだろうから。
けれど、この場でそれはまずいような気も……。
だって廊下ですよ?
遮るものは何も無い……ながーーーい廊下。
さっきルミア様、普通に私の名前も口にしましたし……。
「……ふぅん、それ以外の思惑があったのでは?伯爵夫人如きを、陛下がお呼びするなど……。どうせ貴女から声をかけたのでしょう?考えることが卑しいわね」
…………は?
今何と?
「陛下と昔馴染みだからって、今では伯爵夫人如きの貴女が、図々しいのよ」
お母様が言い返さないことをいいことに、ドミニア妃は楽しそうに話し続ける。
……汚い。
王妃という権力を笠に着て、好き勝手言うなんて。
心が汚い。
本当は言い返したい。
でも、そんなことは何があっても許されない。
悔しい。
痛い。
零れ落ちそうになる涙を、歯を食いしばって止める。
「……そう言えば貴女、娘がいたわね……ん?リーリア嬢?」
そこでドミニア妃は気づいたようだ。
私がこの場にいると。
「………出てきなさい!!!いるのでしょう?!王妃の私に隠し立てをするとは…、その意味をわかっているのかしら!!!」
すぐ様激昂したドミニア妃は、ヒステリックに叫ぶ。
私はお母様の後ろから出ようとして……止められた。
振り返ると、ダークブラウンの髪をした少年が私の手を引っ張っていた。
見たことがある顔。
いや、忘れることなんてできない顔。
「しー、こっち、君だけなら逃がしてあげられる」
「で、でも、お母様は……っ」
小さな声で話しかけられ、手をひかれるが、いやいや、この場にお母様を残していけるわけないでしょう。
なんて無言の圧力の掛け合いをしているときだった。
「おや、ドミニア様ではありませんか?」
「まぁ!セシル!」
落ち着いたボーイソプラノの声がしたと思ったら、甲高い悲鳴のような声が聞こえた。
……え。
どっからどう聞いてもドミニア妃の声でしたけど…………え。
「怒鳴り声が聞こえたので見に来たのですが…………まさか、ドミニア様ではありませんよね?」
ドミニア妃を様付けで呼べ、怒りを姿だけで鎮めてしまえるのは一体どういう人物か。
前世にはいなかった…………ハズ。
四歳児の記憶力のせいか、未だ転生したばかりだからかは分からないけれど、思い出せないこともある。
然し……、あのドミニア妃を抑え込める人を忘れるだろうか。
そっとお母様のスカートの影から声の方を見る。
ルミア様よりも背が高い白銀色の髪を持つ少年だった。
遠目から見ても、とても、とても綺麗な少年。
「リーちゃん……」
小声でお母様に名を呼ばれ、上を見ると、お母様は片目を瞑ってみせた。
その仕草に頷いて手をひく少年に従う。
耳ざとく目ざといドミニア妃は、白銀色の髪の少年との会話に夢中で、とうとうその場を立ち去る私に気が付かなかった。
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「ふー、相変わらずおっかないなぁ、あの人。」
少年に手を引かれ連れてこられたのは、王族のみを護る近衛兵とは別、国に従事する騎士団の練習場と宿場近くだった。
「だいじょーぶ?」
「……うん」
全然大丈夫じゃない。
予想外のことばかりで頭の中混乱しっぱなしだ。
何が人生やり直しだ。
全く違うよ!全く知らないよ、こんな展開!
「…………大丈夫だって!君のお母さん、絶対セシルが助けてくれるから」
考えていたことは別だったけれど、気になっていたことを教えてくれてありがとう。
少年はうーん、と一つ唸ったあと綺麗な笑顔を見せて言った。
「俺の名前は、レオンハルト・セヴァ・スターリス。君の名前は?」
『リア!うちの料理長がリアの為にマカロンを作ったんだ。一緒に食べない?食べるよね!』
あぁ……、あの頃と何も変わらない笑顔。
懐かしさに胸を締め付けられながら、私は名前を言う。
「リーリア・ベルナードです……。はじめまして、レオンハルト様」
前世で、お母様と使用人以外で私に気を使ってくれた人。
前世で、最期の挨拶も出来なかったことをずっと悔やんでいた人。
前世で、何も言わずに幼馴染の私の前から消えた人。
「じゃあ、リアだね!俺の事もレオでいいいよ。リアはいくつ?」
「四歳だよ。レオと同じ、今日で四歳」
心の中ではレオと呼ぼう。
前世と何も変わらないレオに安心しながら、またレオ様ではなく、『レオ』と呼べるかなと思っていた時だった。
植え込み近くの芝生に座り込んだ私達の上から大きな影と声が降ってきた。
「……あっ」
「セシル!」
レオに名前を呼ばれた彼は、私を見てにっこりと笑った。
「はじめまして、リーリア嬢。セシル・フレジードといいます。」
お母様に絡み、私を見つけそうになったドミニア妃を諌めた白銀色の髪の少年……セシル様は片膝をついてそう名乗った。
…………え?
「おいおい、セシル。リアに騎士の忠誠を捧げる気かよ〜」
「おっと、私としたことが。父様に習ってから使いたくてうずうずしていたんだよね。やっちゃった」
「セシルは頼れるけど、偶に抜けてるよなあ〜。二つ年上には思えない。」
「んー?私からしたら、レオは充分ちいさくて可愛い弟だよ?」
「もう四歳だからな?!」
痛い。
心臓がドクンドクンと煩い。
私は、セシル・フレジードなんて人知らない。
こんな人、前世では見たことも聞いたことも無い。
レオと仲のいい人なら、知らないはずがないのに。
「えっ!リア?!ねぇ、どうしたの?!」
だから、きっとこれはレオに会えた喜びから止められないんだと思う。
「リーリア嬢?大丈夫ですか?」
なのに如何して。
セシル様を見ると、涙が止まらないんだろう。
名前と立場と年齢がややこしくなってきたので、そのうちまとめます。
本日もお読みいただきありがとうございます!