表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐はしあわせのもと?!  作者: 森本美夜
3/19

困惑(一)

「初めまして、リーリア・ベルナードです……」



生地のいいワンピースの裾を持ち上げ、ぺこりとお辞儀をする。


床に目をやると、ふかふかした品のいい絨毯の大振りの柄が目に入った。


……薔薇だ。


「幼いのに、しっかりしているのだね」


「あら、陛下に褒められるなんて、光栄ですわ〜」


「君に言ったんじゃないよ?ラヴィア」


顔を上げると、お母様と国王陛下が楽しそうに話していた。


何それずるい。


え、それよりもお母様挨拶いいの?


そんなことを思いながら目をぱちくりさせていると、国王陛下が私を見た。


「よいしょ……」


「年寄り臭いですわよ、陛下」


「いちいち喧しいよ?」


ねぇ、待って。

こんな展開なかったよ。





私は、フレンドリーに話す国王陛下とお母様を前に困惑していた。


出来れば王宮になんて来たくなかったし。


前世のことを思うと、ちっさい王太子にも会いたくなかった。



…………なのに。






色々変わりすぎでは???







前世では、通されたのは謁見室だったのに、今回執務室だし。

前世では、たーーーくさん周りに近衛兵とか大臣とか文官とかいたのに、今回私とお母様と国王陛下しかいないし。

ちっさい王太子何処行った。


何よりお母様、国王陛下にそんな口聞いていいの?!


前世なんて、何言ってるかよくわからないくらいの敬語だったじゃない。

四歳児には理解不能だったよ。


あと、国王陛下はまだまだお若いよ!?


お母様が若くして私を産んだように、国王陛下も子持ちとは思えない若さだから……!



目の次に口をぱくぱくさせていると、執務チェアから国王陛下が立ち上がり近づいてくる。


そのまま顔をのぞき込まれた。


近い近い。


前世でも思ったのだけれど、この人顔がすごくいい。

国王陛下と言うよりは、御伽噺に出てくる王子様って感じ。



「初めまして、小さなお姫様」



国王陛下はそう笑うと私の頭を撫でた。



「あら〜、うちの子はあげませんわよ?陛下〜」


衝撃で固まっている私を尻目に、お母様が楽しそうに言った。


その瞬間、国王陛下の顔が引き締められた。


纏う雰囲気も変わり、思わず体がビクつく。




「それは…………、ルミアに対してかな?ベルナード夫人」




「えぇ、そう受け取って頂いて構いませんわ。国王陛下」




なんというか、ばちばちしている。


先程まで和やかに軽口をたたきあっていた二人が、正式な礼をはらいながら話している。



「……そっか、()()()()そっくりで聡明そうだから、ぜひと思っていたんだけれど……。残念」


もう緊張感は漂っていなかった。


国王陛下のお母様に対する呼び方も、ベルナード夫人からラヴィアに戻っている。


「ルミア様は、ドミニア王妃に似たのだからいいじゃない」


「…………それは嫌味かい?」


「そんな訳ありませんわ〜〜〜」


「……お母様」


そう呼び、お母様のスカートの裾を握ると、お母様は「あらあら、ごめんね」と私の頭を撫でた。


決して、誕生日なのに放置されたから拗ねたわけではない。


屋敷にいては優しい笑みしか見せないお母様が、国王陛下と話す時に子供のような笑みを浮かべていることに妬いているわけでもない。


寧ろ、あの馬鹿旦那によって曇っていた表情が晴れて嬉しいのだが……。



前世と違いすぎてない?


確かに、人生変えようと思っていたけど……未だ何もしていない。


なんて一人で思考の沼にハマっている時だった。




「ルミアです。父上、入ってもよろしいでしょうか」


控えめなノック音と共に、声が聞こえる。


「いいよ」



「お久しぶりです、ベルナード夫人。そして初めまして、リーリア嬢。ルミア・セヴァ・ラティフォリアムです。」



きらきらと輝くはちみつ色の髪。

空のような、でも、冷ややかさを感じさせるアイスブルーの瞳。



嗚呼、前世と何も変わっていない。




扉を開けて入ってきた王太子ことルミア様は、私とは比べものにならないくらい優雅に一礼した。


前世で死ぬ前はそれほどでもなかったけれど、四歳と五歳の時の一年の差は、マナーや礼儀に顕著に現れる。


国王陛下への挨拶を、それなりにこなしたと思った自分が少し恥ずかしい。



「ラヴィア・ベルナードです。お目にかかれて光栄ですわ。殿下」


「リーリア・ベルナードです……。初めまして、殿下」


お母様にならって礼をする。


前世では、私を視界に殆ど入れず、目を向けたと思ったら睨んでばかりの彼であったが、今世はどうだろう?


顔を上げ、私より少し高い位置にあるルミア様の表情を窺う。


「……えー…………」


思わず小さな声が漏れた。


いや、仕方ないと思う。


大きなアイスブルーの瞳は、隠すことなくお母様に向けられていたのだから。



前世で初めて顔を合わせた時は、何の表情もないお人形さんみたいで、婚約が決まった瞬間すら微動だにしていなかったのに。


初恋はお母様とかいう話ですかね。まさかの。



「ルミア?」


国王陛下が名前を呼んでやっとルミア様はお母様から目を逸らした。


そして私に向き直る。



こうして見つめ合うと、ルミア様も顔がいいことは分かる。


だが、国王陛下とは似ていない。


ダークブラウンの髪に、柔和で甘い、王子様のような顔の国王陛下に比べ、ルミア様は五歳にして少し神経質そうな、特に目元がきりりとした顔に、はちみつ色の髪をしている。


二人の共通点といえば、澄み渡った空のような、アイスブルーの瞳だけ。




「リーリア嬢、お誕生日おめでとうございます」


じっと自分を見つめる視線を無視して、如何にもといった作り笑いを浮かべ、ルミア様が私に花束を差し出した。



「……………………ありがとう、ございます」





前世では、何故あんなにルミア様に嫌われるのか分からなかった。

どれだけ努力しても、ルミア様は私を遠ざけた。

一体何故。

異母妹にかける優しい言葉を、どうして私にかけてはくれないのか、と。




簡単な話だった。





差し出されたのは白薔薇の花束。


四歳の子供が持つには大きく、些か不釣り合いなもの。


そして、紛れ込んだ一本の白百合。


白百合には様々な花言葉がある。

然し、人は決して一本の白百合を人に送ったりはしない。



「…………死者に捧げる花…………ですか。…………高尚な趣味をお持ちで…」


ルミア様が大きく目を開く。


そんな彼に構わず私はルミア様の腕から花束を奪うようにしてとった。


何とか腕に納まった大きな花束を顔に寄せる。

見間違いではなく、白薔薇の中に一本だけ白百合が混じっている。






ルミア王太子は、私のことが嫌い。





ただそれだけのことだったのだ。


悩むことも努力することも無駄なはずだ。

最初から嫌われていれば、そんなものなんの意味も成さない。







「…………私の息子は、随分と愚かに育ったようだね」



低い声が部屋に響いた。


誰が発したのか、分からないくらい、怒気を孕んだ声だった。


「あっ……」



「ごめんね、リーリア。こんな花束、君には相応しくない」



国王陛下は私に綺麗な笑みを向けながら、腕から花束をさらった。


「ひへっ」


「……んっ!!!」


直後、その花束でルミア様の顔をぶった。


いや、花だけど。

すごい勢いだったし。

いや、それよりも、え、ぶっちゃう?

そんな人だったの???


私の頭が大混乱を起こしていると、また低い声が聞こえてきた。



「お前は、本当に愚かだね。白百合を一本とは…………。まさか、その意味を知らなかったとは言わないね?」



笑ってるように聞こえる。

でも、心臓を掴まれるような冷えた声。


国王陛下の方を見ようとして、見れなかった。


「お母様……」


「ごめんね、リーちゃん。ちょっと待っててね。」



「あぁ、渡したかった相手はリーリアでは無いのか。ベルナード家と聞いて薔薇を用意したけれど、命じられたのは、彼女への贈り物。腹を立てたのか知らないけれど、馬鹿なことしたね」


お母様の広がったスカートの先で見えた。


頬に赤い線を作ったルミア様が泣きそうな顔で国王陛下と向き合っているのを。



赤い線……?


思わずぎょっとする。

え、薔薇の棘が引っかかって切れたやつ?

流石にこれはまずいよね???



「お母様……っ、王太子殿下のほっぺたに、血が」


「んー?あー、別にリーちゃんが気にしなくていいのよ。」


あれ?


誰にでも優しいお母様が何か冷たい。


よくよく見てみると、お母様、顔は笑っているけど、目が笑っていなかった。


待って待って。

そんなに怒ることじゃないよ?


確かに白百合一本って腹立つけど、大人二人がそこまで怒る程じゃないから。


私が一発ひっぱたけば、済む話だから!


あ、でも、前世の分も込みで十発は……。


ってそうじゃなくて、ただでさえも前世と流れが変わりすぎなのに、これ以上変えられても困る。


ついでに、ルミア様の私に対する憎悪を育てられても困る。




「国王陛下!!!もう大丈夫ですっ!!!」



お母様の腕をすり抜け、国王陛下の腕に縋り付く。


本来なら不敬だけれど、今はそうも言ってられない。



「確かに、白百合はびっくりしましたが、たいへん素敵なお花でした!!!私はとても嬉しかったです!!!ですから、ルミア様を怒らないでください!!!」



あと思ったのは、いくら王太子だからって、ルミア様が花言葉を覚えているかどうかは怪しい。


だって五歳児だもの。


前世の知識があるから、つい言ってしまったけれど、相手は恨みがあるとはいえ五歳児。


復讐は忘れてないが、こんなちっさい王太子に復讐したって何もはれやしない。



「あの、ルミア様。お花ありがとうございます。……でも、白百合一本を贈るのは、死者に捧げる花という意味があるんです。ですから、今後は贈らないよう気をつけてくださいね。王太子殿下というお立場上、無知であることは罪ですから……」


驚いている国王陛下とルミア様を無視して、ハンカチを取り出し、ルミア様の手に握らせる。


「あ、……立場も考えず生意気申してしまいました。申し訳ご、ございません。」


最後にちゃんと謝る。

噛んだけど。



どうだ。



静まりかえった部屋で、最初に口を開いたのは国王陛下だった。



「怖がらせてごめんね。それにしても、君は頭がいい。本当に四歳かい?」



そう私に笑いかけると、私を抱き上げくるりと一周まわった。



「ラヴィア、見苦しい姿を見せて済まなかったね。この埋め合わせは必ずするから、勘弁してくれるかい?」


「リーちゃんがそれでいいなら。私は何も言いませんわ。でも、今日はもう帰らせていただきます。いいですね?」


疑問形にしながら有無を言わせないお母様の言葉。


いや、本当に国王陛下にそんな態度とってていいの?


「さ、帰りましょうか。リーちゃん」


お母様が私に手を差し出す。



王宮内で手を繋いで歩くなど、本来なら許されることではない。


礼儀を重んじるお母様なら分かっているはずだが……それでも私はその手を取る。


「さーてと、今日の夕ご飯は何かしら〜。昨日お魚だったから、お肉かしら?」


「私はお魚好きです」


「リーちゃんはそうね〜」


なんて話しながら、王宮のながーーーい廊下を歩いているときだった。



「リーリア嬢!ベルナード夫人!」



後ろから名前を呼ばれる。

振り返ろうとすると、お母様が私の肩を抑えそれを止めた。



「……あら、このような場で大声を出してはいけませんわ。殿下」



「…………褒められた行為ではないことは存じています。でも、どうしてもお伝えしたいことがあって……」



「お聞き致します」



「……ベルナード夫人ではなく、リーリア嬢にです」



五歳児だというのに、すごい。

あの、お母様相手に堂々と話している。

五歳児には思えない。


正直、四歳になって分かった。


この体すごく過ごしにくい。


仕方ないのはわかっているけれど、十七歳だった頃と同じように過ごすのは無理だとよーく分かった。


それなのに、ルミア様は前世よりもしっかりしているように思える。


……いや、私以外に対してはしっかりしていたのかもしれない。



「……お断り致しますわ。用件は存じ上げませんが、私は娘が一番大切ですので」



お母様、気づいてるのか気づいてないかは分からないけれど、恋する男の子に酷い言いよう……。でも嬉しい。


「ではそのまま聞いてください。リーリア嬢、あの花束ははじめ、ベルナード夫人に用意したものでした。……後になって、子女である貴女に贈るものだと聞きました。」


ちょいちょい詰まる所が、五歳児だなぁ。

なんて思いながら、背中越しの声に耳を傾ける。


「ベルナード夫人へ用意したものをそのまま贈る訳にはいかない、そう思いましたが、新しいものを用意する時間が無く、王宮に飾ってあった花から、百合を加えました。…………貴女の名前から、百合が浮かんだので」



確かに私の名前をなぞらえて、百合を贈る人は少なくない。


お母様には薔薇。

私には百合。


前世でもそういつの間にか決まっていた。



「白百合一本がどういう意味か、ちちう……国王陛下に聞き、どれ程失礼なことをしたのか理解しました」



ちくりと心が痛む。


如何して。


如何して、前世では、今のような素直さを出してくれなかったのか。


意味がわからない。


如何してこんなに違うのか。




「リーリア嬢、本当に、ごめ……」



「何をしているのですか、ルミア」




ルミア様の言葉は遮られた。


現れた人の顔を見て思わず息を呑む。



その人は、毛嫌いしていた。


社交界の華と呼ばれたお母様を。

その娘で、生き写しであった私を。


息子であるルミア王太子と私の婚約を最初から最後まで反対し、私との婚約破棄、処刑に口添えした人物。




私たちの前に現れたのは、不愉快そうに眉を顰めた現王妃、ドミニア妃だった。


四歳児と五歳児がそんな難しい言葉使えるか!と突っ込みたくなると思いますが、温かい目で見守っていただけると幸いです……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ