決意
「……ちゃん、………………ちゃん。」
懐かしい声がする。
それでも、下りきった瞼は上がることを拒む。
首を切られることが心地いいとは初めて知った。
「リーちゃん。お散歩に行かないの?リーちゃん?」
“リーちゃん”???
私のことをそんな風に呼んだのは、死んだお母様だけ。
嗚呼、そっか。
これは走馬灯なのか。
若しくは夢。
処刑された私が、死んで尚見る、幸せな夢。
「お母様……?」
「お早う、リーちゃん。よく眠れた?」
目の前で笑っている。死んでしまったお母様が、あの幸せだった日々と変わらない笑顔で。
「おか、……お母様……っ」
「あらあら?」
夢ならば。
そう思い抱きついた。
抱きつけたことに驚きながら温かいからだをぎゅっとする。
「甘えん坊さんねぇ、リーちゃんは」
ふわっと体が浮き上がる。
浮き上がる……?
「えっ……」
私はお母様に抱き上げられていた。
何かがおかしい。
十六を越した娘を、華奢で小柄な母が抱えられるわけがない。
「明日には四歳なんて…………。子供はあっという間に大きくなってしまうのねぇ〜」
明日には四歳……?
なんて夢だ。
一番幸せだった頃の夢なんて。
思わず泣いてしまいそうになりながら、お母様の胸に頬を擦り寄せる。
たった一人のお母様。
たった一人、私だけを愛してくれた人。
たった一人の家族。
今この時だけは、愛を感じていたい。
生前と何も変わらないお母様に、甘えながら時間を過ごす。
きっとこの夢は、眠ったら覚めてしまうのだろう。
「お母様、私、眠りたくない……」
ベッドに横たわった私の手を握り髪を撫でていたお母様は、そんな私の言葉に優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、リーちゃん。明日はリーちゃんのお誕生日だもの。素敵な日になるわ。だから、安心してお眠りなさい」
促され目を閉じる。
さようなら、お母様。
居るのか居ないのか分からない神様。
最期の夢をありがとう。
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「お早う、リーちゃん。そして、お誕生日おめでとう。」
why???
え、ちょ、待ってください。
え、ワタシイキテル???
え、え???
「さぁ、これから王宮に行くわよ〜。国王陛下がね、リーちゃんをお祝いして下さるんですって」
え、うん、え、知ってる。
四歳の誕生日、私は王宮に行く。
そこで王太子と婚約するのだ。
「王子様にも会えるわよ〜〜〜。王子様はね、リーちゃんの一つ年上でとっても可愛らしいの」
え、お願い、誰か説明を下さいませ。
あれですか?
死ぬ間際に、人生やり直せたら……とか思ってたけれども。
実際にそうなったってことですか???
「ルミア様っていって、金髪に淡いブルーの瞳なの〜」
あ、間違いなさそう。
「王子様と結婚したら、幸せになれる…………御伽噺ではそう言われてるけれど……。リーちゃんどう思う?」
どうもこうも幸せどころか処刑されました。
結婚する前にね。
「仲良くなれるといいわね〜」
全力でお断りします……。
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お母様に可愛らしいドレスのようなワンピースを着せられ、朝ご飯を食べさせられたあと、「時間まで待っててね〜」と部屋に一人残された。
さて、状況を整理しよう。
前回の人生、十七歳で首を刎ねられて死亡。
目を覚ましたら、前世の記憶を持ったまま三歳……、今日で四歳。
見たところ、前世と何も変わっていない。
父親は家にいないし、お母様は私を可愛がってくれている。
極めつけは本日の王宮訪問。
完全に前世と流れが一緒ですね。はい。
んしょんしょと移動してドレッサー前の椅子に座る。
覗き込んだ鏡に映るのは、赤みがさした茶色の髪に、淡い藤色の瞳。
少しだけ下がった目尻。ぽってりとした赤い唇。
お母様とそっくりな顔。
前世も、お母様の生き写しだと言われた顔。
「リーちゃん?そろそろ行きましょうか〜?」
そう声をかけられ、お母様に駆け寄る。
「ねぇねぇ、お母様。」
「なぁに?リーちゃん」
馬車に乗るべく、お母様と手を繋ぎ歩きながら、お母様に話しかける。
「お母様はしあわせ?」
お母様は足を止めて私を見た。
そして、私を抱きしめて言った。
「……えぇ。幸せよ。私にはリーちゃんが居てくれるんだもの。リーちゃん、リーちゃんも幸せに生きてね」
どこか悲しげに、でも明るく優しい声は、すとんと胸に落ちた。
「お、かあ、さま…………」
私は決めた。
二度目のこの人生で、私は幸せになる。
お母様をこんな目に合わせた父を。
亡くなっても尚、お母様を粗野に扱い続けたあの男を。
私から幸せを奪った継母を、異母妹を、王太子を。
絶対に許さない。
もう一度、同じ人生を繰り返すというのなら、変えてやろうではないか。
この下らない人生を。
果たそうではないか。
虐げられ続けたその恨みを。
私は、絶対に幸せになってみせる。
その為には、奴らに復讐しなければ気が済まない。
「……お母様、私も、お母様が居るから幸せよ」
覚悟しててね。
ありがち設定ではありますが、復讐!復讐!と張り切りつつ、前世と違い、心の声と毒舌を隠しきれなくなった可愛いリーリアちゃんの活躍をご期待あれ。