interlude.Ⅰ 白薔薇の蕾
リーリアちゃんは出てきません。
リーリアちゃんのお母さんと国王陛下のお話です。
読まなくても本編と関係ないので大丈夫!といえたらいいのですが……読んでいただけたら幸いです。話が繋がりやすくなると思います。
退屈。
本当に、退屈。
不機嫌そうな表情を浮かべ、周りを睨みつけるように目を細め、組んだ足に頬杖をつく少女。
本来ならば褒められた行為ではないものの、喧騒から離れ奥まった場所にあるそこには、少女を咎める者はいない。
それどころか、整えられた庭園の中に一人いる少女は、雪のように白い肌に血を吸ったような紅い唇。ほんのり桃色に染まった頬。影を落とすほど長い睫毛が縁取る藤色の瞳。そして表情を隠すかのように零れる長い髪は、白に近い色であるのに、陽の当たり方によって金色に揺らめく。
花の精と見間違えたくなるような美貌であるがためその少女の姿を見ても、誰もが言葉を失うと思われた。
「隣に座ってもいいかな?」
突然降ってきた声に少女は顔を上げる。
少女の前に立つ少年も身目麗しかった。
癖のないさらさらと流れるダークブラウンの髪に、高い鼻梁と整った顎のライン。
柔らかな笑みを称えた薄い唇に、細められた淡いブルーのアーモンド型の瞳。
十人とすれ違えば十人が振り向く美貌である。
……とは言ったものの、少女には驚いた様子もなく、見蕩れるわけでもなく、只々「面倒くさい」という感情を示した。
「お好きなようにすればいいのでは?此処は貴方の城でしょう。ルディウス・セヴァ・ラティフォリア厶王子」
にこやかに対応する訳でもなく、不機嫌さを隠さない少女に苦笑しながら少年は彼女の横に腰を下ろす。
「見事な髪色だね。ローゼリア家の人々は皆その髪色なのかな?」
その言葉に少女は眉を顰める。
自分とさして変わらない年に見える少年が、自分の家を知っていたからだ。
王子であることを考慮し、少女の家が国の中枢を担うことを含めても、おかしな事である。
少女が社交の場にやって来たのは今日が初めてだった。
勿論、主催の王妃には挨拶に行ってある。
だが、その場に王子と呼ばれた少年…………王太子である第一王子は居なかった。
その場に居なかった者に知られているというのは少し気味が悪い。
公爵家令嬢だからという理由で姿絵が広まっているなら、もっと気味悪く気色悪い。
「見事かどうかは私共が決めることではありませんから。母と兄はこの色ですけど。……それよりも、名乗るくらいはして頂けませんか?私、第一王子とお会いしたことがないので、本当にルディウス王子なのか分かりませんから」
不敬で処罰されても仕方ないなと思いながらも、少女は態度を改めない。
先程王子と断言しておいて何を言うのか、と他に人がいれば口を揃えて叱っただろう。
だが、少年は愉快そうに笑って少女と向き合った。
「初めまして、ルディウス・セヴァ・ラティフォリアム第一王子です。」
「……初めまして、ローゼリア公爵家娘のラヴィアと申します。」
立ち上がったラヴィアは、矢張り不機嫌な顔で、そんな顔に似合わない優雅な仕草で膝を折った。
「あぁ、そんな気にしなくていいのに。君のことはオリバーに教えて貰ったんだよ。流石に社交界に出てない人間の姿絵は広まっていないから安心して?……オリバーは…別だけど」
オリバー、という言葉にラヴィアが少し表情をゆるめる。
オリバーは公爵家の跡取りであり、優秀で頼りになるラヴィアの兄だ。
年の離れた彼はラヴィアと違い既に父の仕事を手伝い、社交界にも出ている。
見目の良さと、身分の高さ、自身の優秀さから、ご令嬢からの人気が凄いと家の者は笑う。
本人はチヤホヤされようが何だろうが自分に害がなければどうでもいいらしく、勝手に姿絵が広まろうが気にしていなかった。
そんな兄は父の仕事の手伝いで王宮に参上することもあるし、妹が王子と同い年ということでルディウスの話し相手兼遊び相手も務めていた。
然し、ラヴィアはその事を知らなかった。
ラヴィアが知らないのは覚えていないのではなく、兄のオリバーが話していないというせいではあるが……。
「オリバーが大切にしている私と同い年の妹さんに、一度会ってみたかったんだ。こんな美人だったとは。」
「お世辞は結構ですよ王子様。媚び諂う人間に飽きたって顔に書いてあります。私も否定はしませんよ。面倒くさい。私はもう行きますからどうぞここで休んでください。」
そう言ってのけたラヴィアにルディウスが目を見開く。
ラヴィアとルディウスにとって今日は初めての社交場であった。
だが、ルディウスは第一王子……王太子という身分から他人との関わりが必要不可欠であり、自分を偽ることに慣れていた。
大人に混じり笑みを振りまき、狐と狸の化かし合いのように言葉を重ねる。
本音も真意も読み取らせない。
そんな、人との付き合い方に自信があった。
自分でも気づかないうちに、ルディウスはラヴィアを侮っていたのである。
真逆、自分の真意など読み取れないだろうと。
「大方、迷子にでもなった公爵家の令嬢を口実に人の輪から離れたのでしょう?大して時間は稼げませんが、頃合いを見て兄を此方に寄越しますから、御安心を。」
淡々と言葉を紡ぐラヴィアに、ルディウスは驚嘆していた。
自分がここに来た経緯も、何を求めているのかも、まるで心を覗いたかのように言い当てられていた。
『俺の妹が男だったら、どんなに良かっただろうな』
そんなことをオリバーが呟いていたことを思い出す。
その時は、一体何を馬鹿な事を言っているんだと思ったが、彼女を前にしてその意味が分かる。
幼さに合わない洞察力に思考力。
優秀と褒め称えられる彼女の兄をも圧倒する、人の上に立つものの才。
「待って……」
ルディウスは立ち上がったラヴィアの手を掴もうとするが、その手は空を切る。
ラヴィアは呼び止めるルディウスの方を一度も振り返ることなく、彼の視界から姿を消した。
ルディウスは気づいていた。
軽やかに見える彼女の足取りが、本当は痛む足を庇っていたことを。
公爵家に相応しい高価な靴が、彼女の足に血を滲ませていたことを。
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「お兄様」
「あ、ラヴィア何処に行ってたんだ?探したんだぞ」
「人に酔ってしまって……少し休んでいたのです」
そんな風に言葉を交わすローゼリア家の麗しい兄妹に、周りは目を離すことが出来ない。
娘や息子を婚約者にと紹介したいものは多いものの、高潔な雰囲気を纏うローゼリア家に声をかけられる強者はそうそういない。
「それなら、父さん達と合流して帰るか?挨拶は済んでいるからかまわないぞ」
「あぁ、お兄様、少し耳をお貸しください」
そう言ってオリバーの耳に唇を寄せたラヴィアは、ルディウスについて耳打ちした。
オリバーは眉を少し上げるとにやりと口角を上げた。
「へぇ……?それで、アイツを見ての感想は?」
「……あらお兄様ったら、私如きが殿方を語るなんて…そんなこと出来ませんわ…。」
小さな手で口元を隠してラヴィアが笑う。
妹の笑いが作ったものであることに気づいたオリバーはやれやれと首を振る。
「一人にしても大丈夫か?」
「えぇ、勿論ですわ。お父様があちらに見えますので、私はお父様の元へ行きます」
「そうか」
二人は踵を返すと、お互いの目的に向かって歩き出す。
後に白薔薇と呼ばれ、社交界の華となるラヴィア・ローゼリア公爵令嬢と、後に建国以来の鬼才の王として君臨することになるルディウス・セヴァ・ラティフォリアム第一王子が再会するのはもう少しあとのことになる。
夏風邪は長引くので皆さん体調には十分お気をつけください……。
私は二週間ほど苦しみました……。




