不穏
短いです。
「あら、ベルナード伯爵。お久しゅうございます。五年ぶりでしょうか?お変わりなさそうで何よりですわ」
玄関に繋がる階段にラヴィアが現れる。
皮肉めいた口調で穏やかにベルナード伯爵に語りかけるが、その目は夫を見るものでは無い。
それもそのはず。
ラヴィアがリーリアを身篭って以来、ベルナード伯爵は一度も屋敷に帰ってきていないのだから。
バレてないとでも思っているのか、バレても構わないと思っているのか、領地の中にあるとある町に住む愛人の元へ身を寄せていた。
領地の管理も本人から言わせればやっているのかもしれないが、傍から見ればおざなりで名ばかり伯爵といったところである。
そんな使えもしない、愛人の元へ入り浸りの夫を、公爵家の令嬢であったラヴィアが尊敬も尊重もするはずがなかった。
表面的にはいくらでも繕ってみせるが。
「……何だその言葉は…。お前、私を莫迦にしているのか!!!」
「まあ、大声を出せばいいと思っていらっしゃるの?品がないこと。お会いしたかったですと涙を流せば満足ですか?ならばそのように致しますが」
「五月蝿い!!!お前も、相変わらずのようだな……!」
「お客人が来ておりますので、其方を優先していただけですもの。態々貴方にご挨拶したいと言ってくださってるから、その場から動かないでくださいな」
喧しく怒鳴り続けるベルナード伯爵を無視しながらラヴィアが後ろにいたレオンハルトとセシルに目配せする。
二人は頷きラヴィアの後ろから階段を降りた。
ベルナード伯爵はラヴィアの後ろの二人に気づいたようだが、子供と分かってか威圧的な態度を改めようとはしない。
「客人というのはその子供か?男でも連れ込んでいると思ったが、そっちの趣味なのか?」
莫迦にしたような言葉をベルナード伯爵は投げつけるが、ラヴィアは何も言わない。
莫迦に付き合う程、無駄な労力の消費だと分かっているから。
「初めまして、ベルナード伯爵。レオンハルト・セヴァ・スターリスです。本日はリーリア様にお招き頂きました。伯爵は不在と聞いていたのですが……ご挨拶できて良かったです」
“セヴァ”という名にベルナード伯爵が肩を揺らす。
それも当然だろう。
貴族の役割を放棄し、社交界へ殆ど出ていない者でも、この名が持つ意味を分からない莫迦はいない。
「……リーリア?」
「貴方の娘ですよ。」
ラヴィアの言葉にレオンハルトが顔をしかめる。
レオンハルトやセシルは、ベルナード家の話をなんとなくは知っていた。
だが、これ程酷いとは思っていなかった。
静かに言葉を紡いだラヴィアではあったが、その内心は計り知れない。
既に怒りなんてものはないのかもしれない。
「セシル・フレジードです。レオンハルト様と同じく、ご息女のリーリア様にお招き頂きました。」
レオンハルトに意識を持っていかれていたベルナード伯爵は、挨拶をしたセシルを横目で見る。
その姿にラヴィアの笑顔が一層輝く。
侯爵家子息だと分からないのかこの莫迦は?
という心の声が聞こえてきそうである。
「フレジード……?騎士団長の息子か……?」
セシルをじっと見つめたベルナード伯爵は、騎士団長という言葉を出した時、嫌な笑みを浮かべた。
「近衛兵に所属しない変わり者の息子か」
「……それは侯爵家に対する侮辱でしょうか?」
セシルがにこにこと返す。
だが目は笑っていない。
「……セシル様、伯爵の無礼をお許し下さい」
すかさずラヴィアが丁寧に腰を折る。
「ベルナード夫人が謝ることはありません。……ですが、これ以上この場に居たくはありませんので、リーリア様の元へ戻っても?」
「勿論ですわ。メイドに案内させます。」
「それでは私も失礼します」
レオンハルトもそう言って頭を下げる。
メイドに続き玄関を去ろうとした時だった。
「……あぁ、そういえば。国王陛下がベルナード家のことを大変気にしておられましたよ。今日のことは伝えさせて頂きますね」
にっこりと笑ってレオンハルトが言った。
ベルナード伯爵は「なっ」と声を漏らす。
「それは、どういう意味だ……!!!」
「失礼」
それほど大きくはないが、怒りを滲ませた声で追及しようとするベルナード伯爵を無視し、レオンハルトとセシルは玄関を離れた。
「私も失礼しますわ。貴方の屋敷なのですから、貴方もお好きに過ごされては?あぁ、書斎に領地管理についての書類が積み上がっております。見る気があればどうぞ?」
ラヴィアは綺麗な笑みを浮かべて踵を返す。
執事長はその後ろを着いてくる。
さて、五年ぶりの屋敷で伯爵はどうする気なのか。
誰か使用人を捕まえて案内させるのか、ラヴィアに怒鳴りつけ案内を命じるのか……考えるだけで実に見ものである。
ふふっと、声を漏らしたラヴィアに「……奥様」と執事長が苦言を呈す。
「大丈夫よ。アレはこれ以上屋敷に居ないわ」
ラヴィアの言葉の通り、数分後馬車が走り去る音が微かにした。
結局あの男は何をしに来たのか。
ラヴィアや執事長は後に後悔することになる。
あの男を一人にさせたことを。
直ぐにでも屋敷から追い出さなかったことを。
リーリアの存在を、リーリアが招いた客の存在を、知らせたことを。




