残念な女 城ヶ崎さん 後編
今日は水曜日。
三年生はすでに学年末試験も特別授業も終え、用事がある場合をのぞいては卒業式の日まで特に登校する必要はない。
毎週いつものように校門前で立っていた生活指導もあと数回したら終わる。
もうすぐ予鈴が鳴るこの時間。
どうせまた違反しまくりで来るんだろうなと毎回ため息をついていた。
来るわけないのはわかっているのに、姿を探してしまう……
予鈴のチャイムが鳴り、私も教室へと向かった。
「城ヶ崎。」
下駄箱で生徒会担当の先生に呼び止められた。
卒業式の送辞が仕上がっているかの確認だった。
生徒会長である私は在校生を代表して卒業生に贈る言葉を伝えなければいけない。
当然、卒業式は和真先輩もいるわけで……
もうすぐ卒業式か……
このまま卒業式まで会えないのかな……
いや、会ったところでどうなるんだろ?
もう相手は卒業するというのに。
私は自分の中に芽生え始めた気持ちに戸惑っていた。
出来ることなら気付かずにいたかった。
放課後、私は一人生徒会室で送辞を考えていた。
和真先輩のことが浮かんできてちっとも進まない。
「もうっどうしちゃったのよ私っ。」
先生には一度チェックしたいから今日中に書いて渡すようにと言われていた。
だいたい生徒会長だからってなんでこんな大役を当たり前のようにしなきゃいけないんだ。
卒業式という晴れの舞台で、来賓とか保護者とかもいる大勢の前で自分の言葉でしゃべるだなんて、私にとっては拷問以外のなにものでもない。
「……送辞なんて…私には無理だよ……」
泣きそうになってきた。
みんな私のことを誤解しすぎている。
──────城ヶ崎を…汚したくないから……
和真先輩には私はどう映っているのだろうか?
清廉潔白で純真な子にでも見えているのだろうか?
和真先輩も私のことを誤解しているのだろうか……
先生に言われた時間になんとか送辞は仕上がった。
真面目でいなければと思う自分がイヤになる……
卒業式の朝、私は来賓用の受付の手伝いをしていた。
名簿をチェックし、しおりと胸にさす花を渡し、待合室に案内する。
私の場所からは生徒が登校してくる姿も見えた。
騒がしげな男女の集団がやってきた。
あの中に和真先輩もいるはずだ。
一緒に電車に乗ったあの日から、もう一ヶ月近く会っていない。
「和真なにして過ごしてたんだよ?電話したのに。」
「あー?死んでた。」
「なんだよそれーっ!生きてんじゃんっ。」
ゲラゲラとした笑い声が聞こえてきた。
相変わらず騒がしい……
なんとなく視線を感じたのだが、和真先輩がいる方を見ることが出来なかった。
卒業式が厳かに始まった。
開式のことばが述べられ、国歌斉唱が始まる。
私は壁際の一番端っこの席に座っていた。
ここからでは前の方に座る和真先輩を見ることは出来ない。
卒業証書授与は一人ずつ壇上に上がって校長先生から直接受け取る。
「黒沢 和真。」
「はいっ。」
少し低い、よく通る声が聞こえてきた。
壇上に上がる和真先輩は茶髪でパーマでピアスだった。
先生にたくさん注意されたと思うのだが……
珍しくネクタイはきっちりしめていたのでちょっと笑ってしまった。
式は進み、いよいよ私の送辞の番である。
緊張しすぎてお腹が痛い……
今まで生きてきた中で一番の緊張感かもしれない。
みんなの注目の中、壇上に上がりマイクに向かう。
散々練習したので暗記していたのだが、どこを向けばいいのかわからないので書かれた紙を見つめた。
「寒さがまだ残りつつも、温かな日差しに春の訪れが感じられる季節となりました。」
特になんの面白味もない文章である。
「このような佳き日に、卒業生の皆様が晴れて高等学校の全過程を了えられご卒業を迎えられましたことを在校生一同、心よりお祝い申し上げます。」
時間にして二分程度の文章を、ただ淡々と読み上げた。
生徒会長らしく、凛とした姿で。
みんなが信じて疑わない、あの城ヶ崎 麗華として。
「みなさまはこの三年間をどのように過ごされたでしょうか?」
和真先輩はこの三年間をどんな風に過ごしたんだろうか……
「入学したばかりでおろおろしている私たちに優しく声を掛けてくださったあの時から、先輩方は常に私たちの模範でした。」
私が和真先輩に初めて声をかけられたのはいつだっただろう?
多分、2年生で生徒会長になって初めて生徒指導として朝の校門前に立った時だ。
ガチガチに緊張してる私に明るく声をかけてくれた。
俺、いっぱい違反してくるからよろしくねって笑顔で言われた気がする……
「最後に……」
もう締めの言葉を言って自分の名前を言えば私の生徒会長としての仕事は終わりだ。
「……最後に……」
最後…なんだ……
言いようのない切なさが込み上げてきた。
私は紙から目を離し、卒業生が座っている席へと目を向けた。
他の人より髪の色が明るい和真先輩はすぐ見つけることが出来た。
和真先輩を見るのも今日で最後かもしれない。
和真先輩と視線が合う……
私は、驚いた表情の和真先輩を見つめたままで最後の言葉を続けた。
「最後に卒業生の皆さまのご健康とさらなるご発展を
私は……私はいつものあの場所で……………」
────待っています────
私は和真先輩に向かって、口だけを動かして伝えた……
水曜日の放課後、いつものあの非常階段。
いつから和真先輩は私が来るのを待っていてくれたのだろうか……?
この…息苦しくて逃げたくなるような学校生活の中で、私のたった一つの秘密。
誰にも理解なんてしてもらえないと思っていた……
なんで私はもっと早く───────
「……心よりお祈り申し上げ在校生代表の送辞とさせていただきます。平成31年3月1日 在校生代表 城ヶ崎 麗華。」
お辞儀と共に体育館に拍手が鳴り響いた。
途中から涙がこぼれそうになって和真先輩の顔を見ることが出来なかった。
席に戻ると、涙がポロポロあふれてきた。
なんで私はもっと早く
気付くことが出来なかったんだろう──────
卒業式後、私はあの非常階段にいた。
みんなと写真撮ったりして盛り上がってるんだろうな……
もう一時間が経っていた。
もしかしたら来てくれるかなと思ったんだけど……
伝わらなかったのかな?
私はスマホを取り出した。
電話で呼び出すのもなぁ……
ため息をつきながらスマホをしまった。
「なんだ、BL見るんじゃないのかよ。最後に城ヶ崎がニヤニヤしてるとこ見たかったのに。」
この声は……
私がキョロキョロと周りを見渡すと、非常階段の上の手すりからヒラヒラと手を振る和真先輩が見えた。
「いつもそこから見てたんですか?」
「まあね。ごめん、すぐ来るつもりだったんだけど追っかけ回された。」
上の階から姿を現し、階段を降りてくる和真先輩は上着もブラウスも全部のボタンがなかった。
ボタンを欲しがるたくさんの女の子からもみくちゃにされている和真先輩の姿が浮かんだ。
「まさか卒業式の送辞で俺を誘ってくるとは思わなかった。」
照れながらそう言って私の目の前まで来た。
「もう嫌われたと思ってたからすっげえ嬉しかった。」
和真先輩が目の前にいる。
すごく久しぶりだ。
すごく……会いたかった………
「ご卒業おめでとうございます。」
私は深々と頭を下げた。
「城ヶ崎らしいな。ありがとうございます。」
和真先輩も深々と頭を下げ、にっと笑う。
この笑い方……好きだった。
「生徒会長のお勤めご苦労様。よく頑張ってたよな。」
「ありがとうございます。」
「毎週ごめんな。違反ばっかりして。」
「いえ、あれは……今考えれば楽しかったです。」
「俺も楽しかった。城ヶ崎の反応が素直すぎて。」
「なんですかそれ、ひどいです。」
「だって虫刺されをキスマークって言ったら真っ赤になるし。」
「あ、あれウソだったんですか?!」
私達はたわいもない会話をしてしばらく楽しんだ。
「三年間あっという間だったよ。城ヶ崎はあと1年あるんだから…頑張れよ。」
「はい。頑張ります…… 」
なにを頑張ればいいのだろう。
「俺……そろそろ行くわ。この後打ち上げがあるんだ。」
「……そうですか。」
「もうお別れだな。」
「……そうですね。」
なにを期待していたんだろう。
今日は卒業式で、お別れの日なのに……
「城ヶ崎は、そのままでいてくれよ。」
和真先輩はじゃあと言って私に向かってウインクをし、去って行った。
そのままってなに?
そのままでいてくれよって……
和真先輩はいったい私のなにを知っているの?
私は和真先輩が去っていった方に走り出していた。
校庭にいた和真先輩はすでにたくさんの人に囲まれ、その中心にいた。
私が行けない場所。行けない世界。
でも今は────────……
「和真先輩っ!!」
その場にいた全員が驚いて振り返った。
「私は……和真先輩が思ってるような子じゃありません!」
和真先輩にはもっと本当の私を知って欲しい。
「私は、ゆるキャラが大好きで…しかも、マイナーな気持ち悪いのが好きで……部屋が、置き場所がないくらいのキモいぬいぐるみ達であふれています!」
「……城ヶ崎?」
私は昔から変な収集グセがある。
「子供の頃は消しゴムのカスとか鉛筆の折れた芯とか集めてたし、セミのぬけがらなんかはもう段ボールいっぱい集めてそれを見てニンマリしてたし……」
「ちょっと城ヶ崎?」
野次馬がいっぱい集まってきたけどもう止まらない。
「大衆演劇も好きで、お年玉をお気に入りの役者さんのパンツにおひねりではさんだ時はもう見えちゃうんじゃないかってめっちゃドキドキしたし……結局見えなかったけど。」
和真先輩が近くまで来ているのも気付かずに大きな声でしゃべり続けた。
「地方プロレスも好きで、覆面レスラーのマスクを部屋で被って一人でベットから飛び降りてダーッとかやっちゃってるし、アニメの美少女戦士も大好きで、決めポーズとか歴代の全部覚えてて出来ちゃうし。実際、気分上げたい時はやっちゃってるし……」
ここで私は和真先輩が目の前にいることに気付いた。
「私はっ……私はかなり変な子なんです。」
和真先輩が電車で私に言った言葉を思い出す。
「和真先輩が思ってるような子じゃありません……」
──────本当は見てるだけで良かったのに……
俺みたいな男が付きまとったりしたら迷惑だろうし
城ヶ崎を…汚したくないから……
「だから……迷惑だとか、汚したくないとか……私に向かって言わないで下さい。見てるだけでいいなんて言わずに、もっと、ガンガン来て下さい……」
「……なんだよ…それ。」
ずっと黙って聞いていた和真先輩が口を開く。
言わなくていいことまでしゃべりすぎた。
さすがに呆れてしまっただろう……
「可愛すぎるだろっ。」
和真先輩がギューっと私を抱きしめた。
一気に歓声がわいた。
周りを見たら凄い人だかりだった。
まだほとんどの卒業生が残っていた。
その保護者や先生や来賓の人達まで……
そんな中で和真先輩に抱きしめられている。
これ私、退学になったりしないだろうか……
「城ヶ崎の言う通り、俺諦めようとしてた。」
「ダメです。諦めないで下さい!」
「もう諦められるかよ。可愛くて悶絶しそうなのに。」
「遠慮なく、ぐっちゃぐちゃにして下さいっ。」
「……城ヶ崎、それやらしすぎるから。」
和真先輩が抱きしめるのを緩めて私の顔を間近で見つめた。
「キスしてもいい?抑えられないんだけど?」
この大観衆の中で?!
公開ファーストキスなんて聞いたことがない。
私は首を左右に振った。
のだけど……
和真先輩は構わず唇を重ねてきた。
私をいたわるような、優しいキスだった……
「コラーっ黒沢!それはさすがにやりすぎだっ!」
生活指導の先生に怒られた。
「しゃーねぇじゃん。俺の彼女めっちゃ可愛いんだから。」
か、彼女……
「なぁ、打ち上げ俺の彼女も連れてっていい?」
みんなが両手で大きくまる〜ってポーズをしてくれた。
怖そうだなと思ってた和真先輩のグループの人らはみんな面白くていい人達だった。
ボーリングしたりカラオケしたり、私は卒業生ではなかったんだけど、すっごく楽しい打ち上げだった。
3年生になった。
私の鞄にはキモいゆるキャラのキーホルダーが揺れていた。
「城ヶ崎さーんっチケット手に入ったよ〜!」
「うそっ?やったーっナマ茶々丸様が見れる〜!」
私が卒業式でみんなの前で言ったことは学校中に知れ渡ってしまい、隠す必要がなくなった。
案外みんな変な趣味嗜好があるようで、私も私もと打ち明けてくれる子が多くて趣味仲間が増えた。
来月は美少女戦士のコスプレをしてイベントに行く約束もしている。
放課後、私は待ち合わせの駅で和真先輩を待っていた。
和真先輩が通っている大学は高校から近いので、学校が終わってからも頻繁に会うことが出来た。
和真先輩がき……
なに?あの女の子達は……
「悪い、城ヶ崎。待った?」
女の子達と別れて和真先輩がやってきた。
「待ってはないですけど……」
「あいつら俺には彼女がいるって言ってるのにしつこくって。城ヶ崎見せたら可愛くてビビるだろうと思って連れてきた。」
相変わらずモテてらっしゃるようで。
「ほら、これあげるから機嫌直して。」
和真先輩が持っていたのは小さなぬいぐるみで、私好みのキモい見た目で手触りがモチモチしていた。
うっ……欲しい。顔がニヤける。
「し、仕方ないなぁもうっ。」
言葉とは裏腹に可愛くてスリスリとほおずりしてしまった。
「もう、城ヶ崎は可愛いなぁ。」
和真先輩はそんな私にほおずりしてきた。
毎週水曜日、いつものあの非常階段。
私はこっそりBLを読んでいた。
まさかそれを知っている人がいて、私が来るのを待っていてくれてただなんて夢にも思わずに……
もうあの非常階段に行くことはなくなったけど、私は今、その私のことをこっそり見ていた人と毎週水曜日に会ってデートをしている。
私の全部を受け止めてくれた人。
私もこの人の全部を受け止めようと思っている。
「私に変なことしてこないですけど遠慮してます?」
「そりゃ…城ヶ崎のことは大事にしたいから……」
「そんな壊れ物みたいに扱わなくて大丈夫ですよ。たくさんBL読んで耐性ついてますからっ。」
「漫画で読むのと実際やるのとじゃ全然違うからね?」
「和真先輩って実際どの程度までやってるんですか?」
「そんなことをワクワクテカテカしながら聞いてくるんじゃないっ!」
「和真先輩って男との経験もあったりします?」
「俺、そっちの趣味は一切ないから…」
「和真先輩って……」
「城ヶ崎っ、ちょっとしゃべるの禁止!」
「え──っ!!」
私の名前は城ヶ崎 麗華。
容姿端麗、才色兼備とは私のためにあるような言葉。
なんて聞かされたら高飛車で性格悪そうな女って思うよね?
それとも人生勝ち組じゃんって思う?
えっ?もうそんな風には思わないって?
まぁ、バレちゃったしね……
そう私、
とっても残念な女なんです──────