残念な女 城ヶ崎さん 前編
私の名前は城ヶ崎 麗華。
容姿端麗、才色兼備とは私のためにあるような言葉。
なんて聞かされたら高飛車で性格悪そうな女って思うよね?
それとも人生勝ち組じゃんって思う?
私はそのどちらでもない。
そもそも自分の性格がこの容姿についていけてない。
小さい頃から損することばかりだった。
怖い容姿の人がたまに良いことをするとギャップ萌えっていうの?その行い以上に良い人に見えたりするんだけど、私の場合はその逆。
忘れ物をしただけであの城ヶ崎さんが?!ってなる。
小学生の頃はそれがわからず、友達と同じことをしていても私だけ必要以上に厳しい目で見られた。
中学生の頃は普通にしてても生意気だとか言われた。
そして高校生。
私はとにかく真面目で良い子で過ごしていた。
いつもニコニコ。差し障りなく……
今までの経験からしてこれがベストだと思ったからだ。
そしたらなりたくもないのに生徒会長に任命された。
大人しい性格の私にとってそんな大役無理だ。
でもイヤですと断れるわけもなく……
大きな行事があるごとにお腹が痛くなった。
でももうすぐ年度末。
辛かった一年もようやく終わる。
「城ヶ崎さんさようなら。」
「ええ。さようなら。」
「城ヶ崎さん、また明日〜っ。」
「ええ。また明日。」
「城ヶ崎さーんっ!」
校門を出るまでに何人に声をかけられただろう……
私は一人一人にニッコリ微笑んで丁寧に応えた。
生徒会長になったせいで全校生徒に名が知れ渡ってしまった。
これが帰りに毎日繰り返される。
朝なんて同じ時間帯にみんな学校にくるもんだからもっと声をかけられる。
体調が悪かろうが気分がのらなかろうが必ず笑顔で対応している。
はい、正直疲れます……
でも言えない。態度にも出せない。
電車の中でついついため息がもれた。
前の席に座っているサラリーマンがぽけっとした間抜け面で私に見とれていた。
いけないいけない、気を抜くのはまだ早かった。
誰が見てるかわからない。
私はいつものキリッとした美少女の顔へと切り替えた。
「お母さんただいまー。おやつあるー?」
「麗華ちゃんお帰り。ポテチならあるよー。」
素の私を出せるのは唯一家の中だけである。
部屋のベッドにゴロンと寝転び、ポテチを片手にスマホをいじる。
「うわっなにこの漫画っ尊いっ!エロい!」
いつものお気に入りのサイトをのぞく。
このサイトは男と男が恋愛するという漫画や小説がたくさん投稿されていて、好きなだけ無料で読める。
本当の私はBL好きの腐女子である。
完璧美少女だと思ってるみんなにこんな私、絶対見せられるわけがない。
今日は水曜日。私にとって一番憂鬱な曜日だ。
なぜなら生徒会の活動日だからだ。
放課後の生徒会室での集まりはもう大きな行事はなく、引き継ぎの資料をまとめるくらいだからいい。
問題は朝校門の前に立って、やってくる生徒の服装をチェックする生活指導の方だった。
今日も朝から私は他の生徒会のメンバーと共に校門の前に立っていた。
もうほとんどの生徒が登校して来ていた。
毎週水曜日は服装をチェックされるのはわかっているので、この日校門をくぐるこの時だけはみんな真面目な服装をしてくれる。
茶髪の生徒も帽子で目立たないように隠してくる。
そう、普通なら……
もうすぐ予鈴が鳴る。
そろそろやってくる頃だ。
はあ……
思わずため息がもれる。
「和真マジかよそれ〜。」
「逆ナンとかすっげー笑える!」
朝から騒がしげな男女の集団がやってきた。
そのいつも中心にいる和真と呼ばれた人物。
黒沢 和真 高校三年生。
学校でも女ったらしで有名な生徒だった。
私と目が合い、にっと笑った。
「俺、城ヶ崎の指導受けてくるから先行っといて。」
茶髪にパーマにピアス……
ネクタイはしてないしカバンは指定の物じゃない……
言い出したらキリがないほど違反していた。
「黒沢先輩何度も言いますがそれは違反です。直ぐに反省文をお書き願います。」
違反した者は反省文を書いて生活指導の先生に提出することになっている。
「だからぁ、和真って呼んでって何度も言ってんじゃん。」
「……和真先輩。そういう態度は困ります。」
和真先輩は私に毎回からんでくる。
「俺のどこが違反?ちゃんと指さして教えてよ、城ヶ崎〜。」
わかっているくせに聞いてくる……
私はこの人がすごく苦手だ。
仕方ないので指さししながら一つずつ違反箇所を説明した。
「もう一個違反してるとこあるけど?」
和真先輩がにっとしながら見つめてくる。
イヤな予感しかしない。
私が黙っていると和真先輩は首に巻いていたマフラーを取りワイシャツのボタンを外した。
「ここにキスマーク。不純異性交遊ね。」
鎖骨と首筋の交じわる辺りにバッチリとキスマークがついていた。
私の顔が一気に赤くなる……
「城ヶ崎は相変わらずウブだなぁ。」
和真先輩は笑いながら私が持っていた反省文の紙とペンを取り上げサラサラと書き、私に渡した。
「寒い中ご苦労さん。じゃあね。」
私に向かってウインクをし、和真先輩は去って行った。
反省文には、以後気をつけまーす。とだけ書かれていた。
和真先輩の書く字はとても綺麗だ。
この字の綺麗さがちょっとでも性格の方にいけばいいのにといつも思う。
放課後は生徒会室で会議がある。
といってももう特に話し合うようなことはない。
朝行った生活指導の報告だけをして会議は終わった。
「今日は以上で解散です。」
私は生徒会室を出てすぐにいつものサイトをチェックした。
私が一番お気に入りの作家さんが、毎週水曜日に更新しているからだ。
すぐに見たくて人が滅多に来ない非常階段へと急いだ。
ようやくこの二人くっついたかっ!
BLはなんといっても男同士という性別を越えなければいけないというところが、ホントに儚くて尊い……
今回は神ってる!と思いながらニヤニヤして読んでいたら背後から誰かが近づいてきていた。
「楽しそうだね。何見てんの?」
その男は私の背中ギリギリまで体を寄せて肩越しにスマホを見ようとしてきた。
「べっ別に何もっ!」
慌てて画面を消そうとしたら手がすべって、下にある中庭にスマホを落っことしてしまった。
「うわっ、なにこのスマホ!」
「すっげぇエッロ!男同士かよ?!」
中庭にいた人が私のスマホを拾いBL漫画を見てしまったようだ。
ちょうど場面は男と男が裸で絡み合っているところだった。
サイアクだ……どうしよう………
「なんかすっげーいい匂い。香水とか付けてんの?」
後ろの男が私の断りもなしに馴れ馴れしく人の首筋に顔を近付けて匂いを嗅いでいる。
それどころじゃないのにっ!
「ちょっ、ちょっと離れて下さいっ!」
どうしようどうしよう私のスマホっ。
取り返すにもあんな漫画見てたのが私だとバレるのは非常にまずい。
「おーいっこのスマホ落とした変態だれー?」
冷やかすように言ってきたので私は思わず顔を伏せた。
「それ俺のだからこっち投げてっ。」
後ろにいた男が非常階段から顔をのぞかせ、下にいる人達に声をかけた。
「うわっこれ先輩のなんですか?」
「そう俺の。女に飽きてきたから次は男ともヤろうかなと思って研究中なんだわ。」
横目に見えた茶髪でパーマでピアス……
私の苦手な和真先輩だった。
「なんならおまえら相手してくれる?」
「冗談きついっすよ。和真先輩っ。」
下からゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。
普通なら男が男にヤろうだなんてドン引きされるセリフも和真先輩が言うと許され、むしろ和んだ雰囲気になる……
前から思ってはいたけど
不思議な魅力を持っている人だ……
和真先輩は投げられたスマホを軽くキャッチし、私に渡してきた。
「これはさっき偶然拾って…誰のかなと思って見てただけで、決して私のでは……」
「この期に及んで自分のじゃないとか言う?」
和真先輩は私のスマホをいじり、どこかに電話をかけだした。
「ちょっと、人ので勝手に……!」
「やっぱ城ヶ崎のじゃん。」
しまった…つい……
和真先輩はにっと笑って私にスマホを渡した。
「電話の相手と話してみて。」
なんなの?いったいどこにかけたんだろうか。
「……もしもし?」
「ああ、俺。和真っていいまーす。よろしくね〜。」
目の前の和真先輩が自分のスマホを耳にあて、私にヒラヒラと手を振ってきた。
おまえかよ!!
「からかってるんですか?!」
「みんなの憧れの城ヶ崎の電話番号GET~っ。」
ちょっ……私の番号ってっ。
和真先輩は私に向かってウインクをし、じゃあねと言った。
「あの、さっきのことなんですが……」
「心配しなくても誰にも言わねーよ。それに俺ら3年はもう卒業だしな。」
背中を向けたまま大きく手を振り去っていった。
信じても大丈夫なのだろうか……
不安で仕方がない。
次の日、みんなが私を見る目に特に変わった様子はない。
朝からたくさんの生徒に挨拶をされ、教室に入ったらすぐに何人かのクラスメイトに取り囲まれた。
良かった…
和真先輩、ちゃんと言わないでいてくれてるんだ。
ひとまずホッと胸をなでおろした。
「城ヶ崎さん、三年の谷先輩に告白したって本当?」
「えっ……?」
また私がらみの根も葉もないウワサが立っているようだ。
だいたい告白されたのは私の方なのに……
卒業間近のこの時期、去年もそうだったが告白してくる三年生が増えて困る。
よく知りもしない人からいきなり付き合って欲しいと言われてもYESなんて言えるわけがない。
呼び出されるのはたいてい人気のない場所である。
たまに断っているのにしつこく言い寄ってこられる時がある。
二日前告白してきた谷という人はとにかくしつこかった。
恐怖を覚えたほどだ。
それでも呼び出しを受けると行かなきゃと思ってしまう。
中には真剣に想ってくれてる人もいるわけで……
断るにしても無視するなんてことは出来ない。
昼休み食堂に行った。
多くの生徒が自分の目当ての物を買おうと集まっていた。
私は母が作ってくれたお弁当があるので友達が買ってくるまで壁際に立って待っていた。
「おいっ城ヶ崎。」
私に話しかけてきたのは谷先輩だった。
「こないだのこと考えてくれたのかよぉ?」
「あの、きちんとお断りしたはずなんですが……」
「聞こえねぇなあ?」
威圧的な態度で言ってくるので声が小さくなる。
これじゃあまるでケンカを売られてるようなもんだ。
付き合えないワケを言えと迫られても、よく分からない人に対して具体的な理由なんて言えるはずがない。
言い淀んでる私に向かってさらににじり寄って迫ってくる……
顔が怖いっ……怖くてハイっとか返事してしまいそうだ。
「だっせーな谷。イヤがってんのわからない?」
谷先輩の肩をグイッと引っ張って止めてくれたのは和真先輩だった。
いつもたくさんの人の輪の中心にいる和真先輩はみんなから一目置かれており、逆らおうとする人なんていない。
谷先輩も和真先輩に声をかけられただけで大人しくなって逃げるように去って行った。
「城ヶ崎、もっと大きな声ではっきり断らないとダメだろ?」
そうなことを言われても……
「和真カッコイイ〜。」
「城ヶ崎ちゃんほれちゃうんじゃないの〜?」
「黙れおまえらっ!」
周りの友達らに冷やかされ、頭をかきながら和真先輩は私から離れていった。
お礼をちゃんと言えなかった。
昨日も私の秘密がバレないように助けてくれたのに……
その日の下校時刻、私は校門で和真先輩を待っていた。
お礼をちゃんと言わなきゃと思っていたのだが……
取り巻きの女の子達何人かと一緒に出てきたので思わず隠れてしまった。
全員と馴れ馴れしく絡んで話している姿はやっぱり女ったらしだなと思った。
特定の彼女はいないのだろうか……
一人になったタイミングで声をかけようとあとをつけてみることにした。
電車のホームで女の子達と別れ、一人で乗り込んだので私も隣の車両に乗り込んだ。
和真がズボンのポケットからスマホを取り出していじり始めた時、鞄の中に入れていた私のスマホが鳴った。
「なんで俺のあとつけてんの?」
和真先輩からの電話だった。
隣の車両にいたはずの和真先輩がいつの間にか私の目の前に立っている……
「えっと……偶然です。偶然……」
「城ヶ崎の家こっちじゃないのに?」
「あ、えっと…ホントだ!乗り間違えましたっ。」
「何その猿芝居。この期に及んでそんなシラを切り通せると思う?」
素直にお礼を言いたかっただけと言えばよかった。
焦ってバレバレなウソを言ってしまい引っ込みがつかなくなってしまった。
あとをつけるだなんてまるでストーカーだ。
背中に変な汗が出てきた……
駅で電車が止まり扉が開くと大勢の人が入ってきた。
どうやらなにかのイベント会場があった駅のようで、その終了時間と重なってしまったらしい。
私と和真先輩は車両の角へと追いやられてしまった。
「城ヶ崎、苦しくない?」
「だ、大丈夫です……」
車内はぎゅうぎゅう詰めの状態になった。
私は壁を背に和真先輩の腕の中で囲まれる状態になった。
まるで壁ドンだ……
少し上を向けば、和真先輩の顔がある。
密着しすぎて意識せざるをえない。
落ち着け落ち着け。
ドキドキする心臓を静めるにはどうしたらいいのだろう。
和真先輩は首をかがめると私の首筋に顔を近付け、くんくんと匂ってきた。
「城ヶ崎、これ香水なに使ってんの?」
「ただのシャンプーです……」
やめてやめてっ。心臓が飛び出ちゃうから。
「この香り好きだわ。で、なんで俺のあとつけてたの?」
この状況でそれを聞く?!
どうしよう…
あとをつけた理由がお礼を言いたかっただけなんですって今さら通じるかな?
「城ヶ崎、早く言わないとどさくさに紛れて変なことするぞ。」
ちょっ、変なことってなに?!
「あのっ……」
見上げたら至近距離で和真先輩と目が合ってしまい、一気に顔が赤くなった。
「城ヶ崎…その顔反則……」
和真先輩がたまらず目をそらす……
えっ、なに?私今どんな顔してるの?!
どしたらいい?やばいっ!
ドキドキしすぎて何も浮かばない!!
和真先輩のすぐ後ろにいるカップルが電車の中だというのにキスをしていた。
しかも軽めのとかじゃない、めっちゃ濃厚なやつっ。
こんな時にこんなとこでなにしてるんだっ!
「マジか……」
私の視線に和真先輩も後ろを振り向き、思わず口に出る……
音まで聞こえる……早く駅に着いてくれないだろうか。
しばらく無言の状態で気まずい雰囲気だったのだが、和真先輩が私の耳元に顔を近づけてきた。
「……同じこと…城ヶ崎にしてもいい?」
…………はい?
「耳元か、口か…首筋か胸元……どこまでなら城ヶ崎にしてもいい?」
なにを聞いてくるのだろう……
どれも全部、際どいなんてもんじゃない……
「……冗談はやめて下さい……」
和真先輩の口調で冗談ではないことはわかっていた。
この男にとって、電車の中で彼女でもなんでもない女の子にそんなことをするのは手馴れた行為なんだろう。
ウワサを信じているのなら、私は何人とも浮名を流した経験豊富な女の子だ。
でも本当は違う。
今まで誰とも付き合ったことなんてない。
なにをされても逃げ場などないこの状況で、怖くて体が震えてきた。
「……俺さぁ、水曜日の放課後、いつも城ヶ崎があの非常階段に来るの知ってたんだ。」
えっ……?
「ニヤニヤ嬉しそうにスマホ見ててさ、それがめっちゃ可愛くて……この顔してる城ヶ崎を知ってるのは俺だけだって。いつもこっそり見てた。」
えっなに……
私がBL見てたのを和真先輩はずっと前から知ってたっていうの?
しかもそれを見られていただなんて……
「昨日は特にすっごく幸せそうにニヤニヤしてたから……気持ちが抑えられなくなって声をかけちゃった。」
ようやくお気に入りの漫画の二人がくっついた内容だったのですごく嬉しかったのだ。
「本当は見てるだけで良かったのに……俺みたいな男が付きまとったりしたら迷惑だろうし、城ヶ崎を…汚したくないから……」
電車がホームに着いた。
大きな駅だったので乗り換えをする人がたくさん降り、車内が一気に空いた。
「さっきも抑えられなかった。経験ないのわかってたのに……」
和真先輩は名残り惜しそうに私の後ろの壁から手を離した。
「怖がらせてごめん。」
いつも別れ際に私にするウインクをせずに、顔を合わせることもなくそのまま電車を降りていった。