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安里さゆり

「さゆりは歌が上手だから、歌手にならなきゃねえ」


 安里さゆりは、子どもの頃から歌うことが好きで、両親にそう言われて育った。父親はタクシードライバー、母親は専業主婦をしていた。姉が二人いて、さゆりは末っ子だったので、両親はさゆりをとても可愛がった。

 さゆりが国際通りを歩いているところをスカウトされたのは、中学二年生のときだった。沖縄を舞台にしたドラマの撮影が行われていたが、女子中学生役タレントの体調不良で、急場しのぎの代役をプロダクションが探していたところ、たまたまさゆりが通りかかったのだ。

 プロダクションとさゆり、彼女の両親での話し合いを経たのち採用となり、滞りなくドラマの撮影は終了した。その後、本人の希望もあって、そのままプロダクション所属となり、中学卒業を待って上京した。

 本人は歌手志望であったが、俳優事務所であったため、とりあえず役者の仕事をこなしながらということになっていたのだが、さゆりの熱い思いもあったので、プロダクション社長がさゆりの歌を聴いてみると、そこそこイケそうだと、社長は感じた。

 歌手を育てるのは初めてのことであったが、社長の英断で、さゆりのレコードデビューは決まった。


「おねえちゃん、今度、歌手としてデビューすることが決まったんだよ!」

「ほんと、よかったねー。お父さんとお母さんに報告しなきゃね」

「うん、今日は遅いし、また明日でも電話するよ」

「きっと喜ぶと思うよ。お父さんもお母さんも」


 高校生のさゆりを一人で上京させるのは不安だった彼女の両親は、六つ年上の長女・多恵を一緒に上京させた。多恵は歯科医院で助手をしながら、さゆりと同居して、彼女の身の回りの世話をしていた。

 多恵は、大柄なさゆりと違って小柄であったが、非常に整った顔立ちをしており、長女らしく、しっかりした性格であった。両親と同じように、さゆりのことを可愛がったが、両親よりも冷静な視点でさゆりを見守っていたので、監視役としては適任であった。

 さゆりのレコードデビューを喜んだ多恵であったが、さゆりが満足に高校へいけてないことを心配もしていた。

 さゆりは上京してから定時制高校へ通っていたが、日中ははドラマや映画の仕事で拘束時間が長く、空いた時間で歌のレッスンをすることになる。それに加えて、歌番組の出演や全国キャンペーンなどの営業をこなさなければならないので、夜間に高校へ行く頃には、ヘトヘトに疲れていた。


「さゆり、仕事……どう? 楽しい?」

「楽しいよ、楽しいに決まってるじゃない。だって、さゆりの夢だった歌手になれるんだよ!」

「それならいいんだけどね。ちょっと疲れてるんじゃないかなと思って……」

「大丈夫、平気だよ。だって、さゆり若いもん! おねえちゃんは心配性だなー。じゃあ、私、先にお風呂はいるね」

 さゆりはそう言って、右手で下着をクルクルと振り回しながら、浴室へと入っていった。

 明るく振るまうさゆりだったが、最近肌が荒れ気味で、ぼんやりしている時間が多いことも、多恵には気がかりであった。

 若いとは言へ、のんびりとした時間が流れる沖縄で生まれ育ったさゆりにとって、東京の暮らしは刺激的である反面、かなりのストレスになっているのは明らかであった。さゆりの責任感が強い性格を知っている多恵だからこそ、さゆりが「自分で望んだことだから」と、胸の内を吐露できず、無理をしてるんじゃないかと心配だったのだ。


「つらかったら、つらいって言っていいんだよ……」


 シャワーの音が漏れ聞こえる浴室のドアに向かって、多恵は小さくつぶやいた。

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