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暴走する恋

 夏休みも、もうすぐ終わる頃、真山一家は沖縄へとやってきた。家族旅行なので、今回は往復飛行機で、船とは違い2時間で到着することに、梅次は軽く感動していた。もしも、さゆりと付き合えるようになったなら、2時間で逢いにゆける。眼下に広がるコバルトブルーの海を眺めながら、そんな妄想にふける、機上の梅次であった。

 出発前、梅次はさゆりに手紙を出していた。さゆりの体調を案ずる内容だった。そして、8月の末頃に家族で沖縄を訪れるので、可能ならば会って欲しい、会って伝えたいことがある、という旨の内容を付け加えておいた。

 手紙が読んでもらえるかどうか、会ってもらえるかどうかは分からなかったが、自分の決意をさゆりに伝えることなく終わってしまって、後悔したくはなかったのだ。

 那覇空港へ降り立ち、ホテルにチェックインした後、早速、梅次はさゆりの家へと向かった。さゆりに渡すつもりの手紙とバッグを持っていった。

 今回、沖縄へ行くにあたって、梅次はさゆりに会いに行くつもりであることを、母親の英子に告げていた。英子は、難しい年頃の梅次を持て余していたが、息子が一所懸命になってる姿を見ていると、やはり我が子は愛おしく思え、本人が満足するまでやらしてみようと考えた。


 バスに乗ってさゆりの家へと行くのも、梅次には、もう慣れたものだった。

 バスを降りて、さゆりの家へと続く脇道を入って行くと、正面にさゆりの実家が見えた。家の前で、男性がクルマを洗っていた。近づいて行くと、それがさゆりの父親である秀峰であることがわかった。出勤前なのか、仕事で使うタクシーを洗車しているようだ。

 秀峰には、以前来た時にも会っているし、家へあげてもらって、和やかに話もした。梅次は秀峰に話しかけた。


「こんにちは。さゆりさんのファンの真山と申します。さゆりさんは──」


 梅次が言い終わる前に、秀峰は険しい表情で応えた。


「ああ、すいません、もう、放っておいてやって下さい」


 その瞬間、梅次は動揺し、言葉を失なった。あの時の、優しく柔和な秀峰は、そこにはいなかった。梅次は一瞬たじろいだあと、自分のことを忘れているのかと思い、続けた。


「以前、こちらにお邪魔した者なんですが──」

「もう、そっとしておいて下さい」


 梅次は混乱した。誠実に対応すれば受け入れてもらえると思っていた。しかし、そうではなかった。秀峰は梅次に背を向け、タクシーの洗車を続けた。その怒りにも似た対応に怯み、梅次は一旦、もと来た道を戻りかけた。だが、梅次は納得がいかなかった。さゆり本人に拒絶されたなら、まだ諦めもつく。さゆりのほうから電話をかけてきてくれたぐらいだ。ファンの中でも自分は特別な存在だという自負があった。自分がわざわざ来たのだと知ったら、きっと会ってもらえるんじゃないかと思っていた。

 梅次は踵を返して、三たび、秀峰に話しかけた。


「あの、じゃあ、この手紙とバッグを、さゆりさんにお渡し願えませんでしょうか」


 秀峰は、語気を荒らげ、梅次に言った。


「おかえりください!」


 ────梅次は、さすがに帰るしかなかった。動揺し、どうやって戻って来たのか記憶にないほど意気消沈して、宿泊しているホテルへ帰ってきた。

 ホテルの部屋に入ると、海で遊び終わった家族が、着替えをしていた。


「会えたんかいな」


 戻った梅次に、母の英子が聞いた。


「……いや、今日は会えんかった」


 梅次は、秀峰に拒絶されたことは言わなかった。さゆりが留守であったかのようなニュアンスで仄めかした。

 英子はそれを黙って聞いていた。そして、梅次は、続けた。


「あした、もう一回行ってくる」


 梅次は、明日、もう一度行って、さゆりが家から出てくるまで待ち続けようと考えていた。明後日には帰路につかなくてはならない。チャンスは明日しかない。さゆりが家から出てくるかどうかはわからない。それでも行かずにはおれなかった。どうしても、さゆりに結婚の意思を伝えたいと思っていた。それを伝えて玉砕するなら諦めよう──そう決意した。


 梅次には周囲は見えなくなっていた。

 梅次の恋の暴走は、止まらなくなっていた。

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