表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

ひとりぼっち

 さゆりの歌手としての実力は、決して下手で音痴というわけではないが、歌唱力抜群の実力派というわけでもなく、当時のアイドル相応と言ったところだろうか。

 まだ、メジャーなテレビの歌番組にはチャートインしていなかったが、さゆりは歌手活動を楽しんでいた。歌手になれたことが嬉しかったのだ。

 場数を踏んでいなかったので、テレビ収録などで緊張する場面もあったが、しだいに現場の雰囲気にも慣れ、同年代のアイドルの友達もできはじめた。

 当時のアイドルは、新曲を2ヶ月ごとにリリースするのが当たり前だったので、歌手活動の展開がはやく、さゆりもリリースした曲がすでに3曲となり、アルバムも1枚リリースする事ができた。

 一方で、テレビドラマの仕事も好調で、ゴールデンタイムでの単発ドラマの主演や、有名脚本家による連続ドラマのレギュラーなど、若手アイドルの中でも注目される存在になりつつあった。

 そんな時、ある番組のコーナーで、さゆりが特集される事になって、彼女の仕事についてや、プライベートな一面も紹介された。番組内では沖縄の家族も紹介され、両親と2人の姉も登場した。


「もー、さっきまであんなに喋ってたのに、なんでカメラの前だと静かになっちゃうのよー」


 さゆりが笑いながら家族につっこみ、みんなが笑う、という和やかな場面など、末っ子らしい彼女の自然体の姿が、テレビ画面に映し出されていた。


 番組収録が終わり、撮影クルーが撤収したあと、さゆりは家族との久しぶりの時間を過ごした。


「仕事はどう、辛くないの?」

「大丈夫だよ〜。また来月も新曲出るし、みんなの前で歌えるのが嬉しいの」

「つらければ、帰ってきていいんだよ」

「大丈夫だって、心配ないから、ね!」


 さゆりの父親である秀峰は、さゆりの芸能界入りを、最後まで反対していた。

 さゆりがスカウトされた時は、ウチナー(沖縄)での撮影ということで、とりあえず許可したが、上京するという話になった時、ひとり頑なに反対した。3姉妹の末っ子ということもあり、秀峰はさゆりを特別かわいがっていたし、当時、さゆりはまだ15歳だったのだ。

 母親の初枝や2人の姉は、せっかくのチャンスだし、やってみればいいじゃない、というスタンスだったし、なによりも、可愛いさゆり本人の強い希望があった。

 最終的に、女性陣に押し切られたかたちで、渋々であるが、秀峰は、さゆりの芸能界入りを許可した。


 さゆりは家族に心配かけまいと強がってみせたが、現実の彼女のスケジュールはタイトであった。

 ドラマの撮影は拘束時間が長く、深夜に及ぶこともしぱしぱあった。それが有名脚本家のドラマの端役ともなると、大御所のメインキャストのスケジュールに合わせなければならない。現場での緊張感はハンパなく、16歳の新人女優であるさゆりが、ストレスを感じていないはずはなかった。

 それに加えて、はやいペースで新曲を出しているので、歌や振り付けのレッスン、そしてキャンペーンで全国を飛び回る日々だった。まさに寝る暇もなかったのだ。

 実際、東京で一緒に暮らしている姉の多恵に対して、八つ当たりすることも、しばしばあった。


「おかえり、遅かったね」

「うん」

「今日、高校行ったの?」

「行ったよ」

「高校の後、どこかに寄ってたの?」

「仕事だよ。ドラマの撮影あるって言ってたでしょ。もー、いちいちうるさいなぁ」

「なにイライラしてるのよ。さゆりが自分で芸能界に入りたいって言ったんじゃない。だから私たちや母さんは応援してきたのに、そんなにつらいなら辞めて沖縄帰ったら? お父さんも喜ぶよ、きっと」

「つらいなんて言ってないでしょ! 今日は疲れたし、もう寝る!」


 さゆりの帰りが遅くなっても、多恵は寝ずに待っていてくれる。そんな多恵に対して、仕事でのストレスをぶつけてしまう自分が情けなかった。申し訳ないと思っていた。しかし、自分の素を出して甘えられるのは、このとき、多恵しかいなかったのだ。

 次の朝、反省した彼女にできることは、「昨日は、おねえちゃんに八つ当たりしてごめんね。許してちょ!」と、壁につるしたホワイトボードにメッセージを書いて、間接的に謝ることくらいだった。それを読んだ多恵が、「しょうがないな、まったく」で済ませてくれていた──いままでは。


 多恵には沖縄にフィアンセがいて、この春に結婚する予定なのだ。多恵は、今の状態のさゆりを、一人で東京に残して沖縄に帰るのが忍びなかった。結婚をもう少し待ってもらおうかとも考えたが、さゆりのお目付役として上京することを理由に、すでに彼には昨年から待ってもらっていたのだ。これ以上は待たせるわけにもいかず、さゆりも「ヘッチャラだよ!もう東京も慣れたし、お姉ちゃん、沖縄帰って結婚して、幸せになってよ」と言ってくれていた。


「本当に大丈夫なの? お姉ちゃん、帰っちゃっても」

「うん、心配しないで。さゆりも、もう大人なんだし」

「どこが大人よ、すぐにふてくされるし、片付けもしないし」

「だいじょうぶだって。環境が人を育てるんだよ。お姉ちゃんがいなくなったらなったで、ちゃんと成長できるんだって、さゆりは」

「ほんとかなぁ、まだまだ甘えん坊の子どもだよ、お姉ちゃんからしたら、さゆりは」

「だいじょうぶだいじょうぶ!…………お姉ちゃん、1年間ありがとう。さゆり、頑張るから」


 多恵は東京を離れ、沖縄へと帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ