大自然を超える男
我々特務課は日々国家に仇なす脅威と戦い、壊滅させる。その対象は極左暴力集団、右翼団体、政治団体、新宗教やセクト等の特殊組織、北朝鮮による日本人拉致問題等の外国政府による工作活動、国際テロリズムと多岐に渡る(これでも極一部)。
だが、戦う相手は人間のみに限らず、意外な存在が意外な形で我々に牙を向くこともある。
自分、大知、史依留は国内に潜入していた中東地域のスパイを討つ為、ターゲットの乗る飛行機へ潜入。機内で帰還途中のターゲットを暗殺し、現地の飛行機で帰国しようとしていた時だった。
「利根の~川風ぇ~、袂に~入れ~て、月ぃ~に竿ぉ~さす、高ぁ~瀬ぇ~舟。」
すんなりと任務が終わったことが嬉しかったのか、史依留は何やら古めかしい唄を口ずさんで上機嫌だ。
「ほう・・・『天保水瀞伝』か。その歳で浪曲を唄えるとは、珍しいな。」
大知は感心して聴いている。浪曲・・・確か、明治時代初期から始まった演芸の一つで浪花節とも言うらしいが、自分はその知識が疎いので、よく分からん。
「ああ、これ?5歳の頃に亡くなったおじいちゃんが唄ってたのを真似してたら覚えたの!・・・って、アンタ達も22歳なんだから、そんな歳は変わらんでしょ!」
史依留は唄を中断して、大知に突っ込みを入れる。彼女の言う通り、自分と大知は22歳で、見た目に反して実はそんなに老けてない。15歳の史依留とも極端なまでの年齢差はないのだ(因みに徹男は20歳)。
出国準備が整い、搭乗ゲートで手荷物検査を受ける。自分は拳銃、大知は日本刀、史依留は薬品と、3人共どう見ても検査で引っかかりそうな物を所持しているが、既に上の者が手を回していた為、問題なく通過出来た。
必要書類と警察手帳を見せてゲートを潜ると、自分達が乗る予定の飛行機が見えて来た。史依留が興奮しながら尋ねて来た。
「あれが帰りの飛行機かぁ~。やっぱアタシ達ぐらいになると、ファーストクラスに乗るのかな!?」
「贅沢言うな。旅行じゃないんだから、ビジネスクラスでいい。」
本音を言うと史依留みたいなお子様にはビジネスクラスでも充分贅沢だが。
史依留はふくれっ面で文句を言う。
「ケチーッ!」
「我々の捜査費用等は税金から出ている。他の課より予算は遥かに多く出ているが、だからと言って下らん贅沢の為に無駄遣いしていい訳でもあるまい。」
大知は我儘を言う史依留を嗜めた。確かに大知の言うことは最も且つ正論だが、適度に使わなければ今度は色々な方面から文句を言われる。税金を使うのも何かと大変なのだ。
「使える分は使っておかないと、来月の予算を減らされる可能性もあるがな。最も、今月はまだ上旬だから、今後の任務で予定通り使い切れるだろうが。」
自分は大知の言葉に付け加えるように言った。
飛行機に乗ろうとした時、自分と大知は不審な乗客を目にする。一見すると、普通の乗客にしか見えないが、過酷な訓練で洞察眼を鍛えられた特務課の人間には違和感のある人物に見える。
「大。今のは・・・。」
「ああ。警戒した方が良さそうだな・・・史依留、臨戦態勢は取っておけ。」
飛行機を眺めていた史依留にそう言うと、プラスチックの箱を取り出す。
「へ?臨戦態勢?何で?ってか、何それ!?ビー玉・・・にしては小さいけど。」
「玉軸受・・・ボールベアリングだ。」
箱に入っていたのは大量の小さな玉だった。玉はセラミックスで出来ており、金属より軽く、プラスチックより重いのが特徴で、今回の任務では拳銃が使えない状況を想定して不意打ち用に持ち込んでいた。
ボールベアリングの入った箱を上着のポケットに詰め込むと、荷物を持って飛行機に乗り込んだ。
飛行機が離陸して30分が経過しようとしていた。長旅故に乗客の中にはウトウトし始める者もいた。窓から見える雲海に史依留はウットリしている。
「ハァ・・・美しい眺めねぇ・・・。スマホが使えたら写真撮ってたのに。」
「機内は電子機器の使用が出来ない。残念だが、この景色は自分だけの思い出に留めておけ。」
大知は史依留に言った。これから長い時間、機内に閉じ込められるが、その間に何も起きないことを祈る。
だが、現実はゆっくりと羽を伸ばす機会を与えてはくれなかった。
「キャアアアッ!!」
後方から女性の悲鳴が聞こえる。そこには銃を構える男達の姿があった。その男達はさっき自分と大知が警戒していた怪しい乗客だった。そう、3人のテロリストが乗客に変装して潜入していたのだ。
「動くなっ!全員シートに座って頭を下げろ!」
テロリストは銃で威嚇して、乗客全員に命令する。我々が乗っていた飛行機は瞬く間に占拠されてしまった。
「当機は我々が占拠した。大人しくしていれば、命は保障しよう。」
そう言い残すと、男の1人は前方へ向かった。その先はコックピット。機長と副操縦士を脅す気だな。男が自分の隣を通過する際、こっそりと男のポケットに盗聴器を入れた。頭を伏せて早速コックピットの会話を聴いてみる。
「君達の要求は何だ!?金か!?」
「フン、我々の要求は2つだ。まず、インドに収監されている同士の釈放、更に最終目的地を変更してもらおうか。」
なるほど。話の流れからして、奴らは中東の過激派組織のメンバーか。暫くすると、飛行機の進行方向が変わった。
「どうする?3人だし、殺っちゃう?」
史依留は毒針を取り出し、準備を整えて訊いた。
「まだだ。3人の位置はかなり離れている。3人の内、1人でも取り逃がせば、他の乗客全員が危険に晒される。今はただ勝機を窺え。」
「了解。」
史依留は静かに返答し、男達が一点に集まるのを待つ。機内は長い間沈黙に包まれた。だが、その沈黙は突然破られた。
「う、うおおおおおっ!」
乗客の男がテロリストの1人に向かって行った。
「な、何だ貴様!」
テロリストの男は向かって来た乗客を振り払い、銃口を向ける。
「やってくれたな!まずは貴様から殺してやる!」
その様子を遠目で見ていた史依留は呆れながら言う。
「うわ、なんて余計なことするかな。」
「そんなこと言ってる場合じゃない。やむを得ん、行くぞ・・・!」
自分はボールベアリングを1つ摘まみ、指弾で飛ばした。玉は男の頭部に命中し、気絶させる。
「な・・・急に仲間が・・・どうなっている!?」
銃声もなく、急に倒れた仲間の姿を見て、他のテロリスト達も慌てふためく。その隙を衝いて、他の乗客達も一斉に飛びかかった。多勢に無勢で、2人目もあっという間に捕まってしまった。だが、その混乱に乗じて最後の1人がコックピットに逃げ込んでしまう。
「チッ!逃がしたか・・・!」
思わず舌打ちをし、コックピットまで追いかけるが、向こうからドアをロックしたせいか、開かない。
そう言えば、逃げた男のポケットには盗聴器が入っている。それで内部の様子を聴いてみると、何やら中で争う声が聴こえる。
「人質はお前らだけで充分だ!」
「これ以上、勝手なことはさせん!」
中で機長達が戦っているようだ。銃声も響き渡っている。直後、機体が大きく揺れた。だが、ほぼ垂直に急降下した後に機体は再び安定する。
「何なの!?何がどうなってんの!?」
史依留は中の状況を把握出来ないまま、混乱している。それを押しのけ、大知が前に出た。
「退け。私が開ける。」
そう言うと、大知は弓を引き絞るように日本刀を構える。それはまるでビリヤードのキューを構えたような姿勢で、次の瞬間には弾丸でも傷一つ付かないような頑強な壁が大きな音と共に吹き飛んだ。その正体は、人間離れしたスピードとパワーを以て対象を貫く「ただの刺突技」だった。
「これが北辰一刀流奥義『星王剣』から成る5つの技の1つ、『電光石火』だ。後は任せる。」
自分と史依留はコックピットに突入する。そこには気を失ったテロリストの男と肩を負傷した機長、そして腕と脚を怪我したものの、軽傷の副操縦士が倒れていた。
「くっ、済まない・・・テロリストは気絶させられたが、流れ弾に当たってしまった。今ので機器の一部も破損したようだ。」
今の機長はまともに操縦出来る状態じゃない。
「では、自分に指示を下さい。代わりに操縦しましょう。」
「代わりにって・・・君、操縦出来るのか!?」
名乗り出た自分に対して、機長は驚きの反応を見せる。当たり前か。だが、自分は冷静に返答する。
「戦闘機の操縦経験はあります。早く指示を!」
自分は操縦席に座り、機体を安定させる。だが、眼前にとんでもないものが視界に飛び込んで来た。巨大な雲が突然姿を現したのだ。NDにはさっきまで何も映ってなかった。
「NDは正常に動いているようだが・・・まさか故障?」
「違う、これは『レーダーシャドウ』だ!分厚い気流の層にレーダーが誤認させられたんだ!今、機器が破損しているこの機体であそこに突入するのは危険だ!」
機長は痛みに耐えながら素早く状況分析をした。だが、距離的にもう避けられそうにない。そんな時、
「要するに、あの雲を薙ぎ払えばいいんだな?なら私が何とかしよう。」
大知がコックピットに入って来てそう言った。
大知は天井の非常口から屋根に上り、日本刀を片手に眼前の積乱雲と対峙する。
機長と副操縦士を応急手当していた史依留をはじめ、乗客全員が大知を見守る。
「フ・・・今まで数多の悪を斬ってきたが、ここに来てまさか巨大な雲を斬ることになるとは思わなんだ。だが、それもまた一興!」
大知は刀を構えて、ありったけの力で縦に一閃した。
「ぬぅんっ!!」
直後、巨大な何かが破裂するような轟音と共に、薄暗かった視界が急に明るくなる。見ると、さっきまで我々を飲み込もうとしていた積乱雲が真っ二つに割れて、吹き飛ばされていた。割れた跡には巨大な道が開けている。
乗客達が驚く中、大知は何事もなかったかのように、戻って来た。史依留は興奮しながら大知に尋ねる。
「凄ーい!!今の何!?アレも星王剣とか言う技の1つなの!?」
「イヤ・・・あれは技ではない。ただの剣圧だ。そして、私の役目はこれで終わった・・・後は親友を信じて待つとしよう。」
そう言うと、大知は悠々と席へ戻った。
大知が安定を確保してくれたのを確信すると、自分も機長の指示で飛行機を着陸させることにする。機器が破損した状態で、これ以上の航行は危険だと機長が判断した為だ。丁度眼下には真っ直ぐな道路が見える。そこに着陸することにした。
「まずはそのレバーでクラップを下ろす。」
「はい。」
自分は指示されたレバーを引く。
「次に隣のボタンで車輪を下して。」
「はい。」
飛行機は車輪を出した状態でゆっくり下降していく。安全を確保しつつ、機体を着地させ、ブレーキをかける。着地の衝撃と急ブレーキで機体が大きく揺れる。
だが、これでも中々減速出来ない。
「逆噴射を!そのレバーだ!」
手前の「REVERSE」と書かれたレバーを引いて、一気に減速させる。飛行機はみるみる減速し、暫くしてようやく停止した。
「と・・・止まった・・・?」
史依留は不安の中、確認するように呟いた。
「ああ、そのようだな。」
大知は笑みを浮かべながらそう言った。同時に乗客は歓喜の声を上げる。
暫くすると、警察と救急が到着し、テロリスト達は逮捕され、機長達は病院へ搬送された。自分達は日を改めて、別の飛行機で帰ることにした。
「結局、日程通りに帰国出来なかったわね!帰りの飛行機がハイジャックされるなんてさ!」
史依留は文句を言い続けている。そんな彼女を大知は鎮める。
「そう言うな。我々が搭乗していたお陰で、あの状況下でも安全に着陸出来たと考えれば、少しは前向きになれるだろう。」
それにしても、まさか自然現象と戦うことになるとは・・・想定外だった。
敵は人間に限らず、場合によっては大自然の驚異とも戦わなければならない。
帰国したら、また鍛練と修練が必要だな。
大知の個別回です。
北辰一刀流の奥義である『星王剣』が登場します。
実際の星王剣は、『盤鐘之位』、『石火之位』、『露之位』と言う3つの型を極めて、初めて習得出来る究極の型のことです。3つの型の内容は要するに「打てば響くように反応し、あるいは音の余韻のように気持ちを切らさずどのような状況でも対応できる状態」、「石を打ち合わせると火花が散るような電光石火の即座の反応」、「草木の露が満ちた瞬間にしずくが落ちるような、自然な機に生まれる動き」ということです。
つまり、大知が言った5つの技は、星王剣の型から独自に編み出した本作オリジナルの技です。