正義 VS 必要悪
警視庁公安部特務課。公安と言う組織の中で唯一、任務中における殺人を許可されていて、そしてその存在を公にされていない。構成員も20名に満たない少数精鋭の組織だ。
そして、メンバーはいずれも平和に対する執着心は非常に強い。だが、己の立ち位置に対する捉え方は大きく2つに分かれている。自分や大知のように『正義』と認識している者、徹男や史依留のように『必要悪』と認識している者の2種類だ。
「幾ら国から許されていようと、俺達がやってることは普通の悪人と大して変わらねぇよ。立場がちょっと違うだけだ。」
「目には目を、歯には歯を・・・ってね、お誂え向きの格言があるぐらいよ。アタシ達は『国側の悪』として、『国に対する悪』を狩ってるだけ。」
徹男と史依留はこんな意見を持って、ある程度割り切っている。だが、そんな2人でも「必要悪は大切だが、道理をなくしたらただの悪になる」と言う心情も持ち合わせており、弁えるところはちゃんと弁えている。それ故に目的を共にする自分や大知のような身内達と真っ向から衝突することも殆どない。
自分だって同じだ。倒すべき敵の区別はついてるし、ターゲットに対して必要以上の制裁を加えることもない。
以前、『悪党狩り』を自称する集団と対峙したことがあった。
街の為に警察と協力したり、時には警察の手を借りず悪党と戦う所謂『自警団』と言える集団と相対したこともあるが、その手の者達から『正義』と言う言葉を聞く度に自分は「その行動に正義はあるか?」と問いかける。
中には自分達と同類の存在も極少数ながらいるが、残りは悪党と大して変わらない者達ばかりだ。前述の『悪党狩り』を自称していた集団も例外ではない。
これは少し前、そんな悪党狩りと特務課が対峙した時のこと。
「またかよ!この数ヶ月で10人以上が重体で病院送りになってるぜ!」
徹男が新聞を机の上に叩き付け、憤りを見せる。
「徹男うるさい!一体どうしたの?」
史依留は徹男の大声が煩わしかったのか、大声で怒鳴り返す。徹男は叩き付けた新聞を史依留に見せた。
「これを見ろ!地域部の連中は何やってやがる!」
「え!?・・・ん~、何々?『またもや悪党狩り現る!今度は会社員が重体』か。何コレ、また自警団の類?」
史依留は呆れながら言った。大知は古書を読みながら、それを若干否定する。
「それに近いが、今回のはかなり質が悪い部類に入るな。」
「ああ。被害者は基本的に1人か、2~3人の少人数の所を襲われている。しかも被害者の証言では、加害者3人は顔を隠しているらしい。」
自分は大知の言葉を補足するように言った。
そう。今回の事件、加害者はラバーマスクを被った3人組で、正義を語って金属バットや角材で少人数の被害者を叩きのめし、その顔にカラースプレーで「正」と書いて制裁を下すと言う、自分達の正義とはかけ離れた行動を取っている。
「顔を隠して、しかも少人数の相手しか狙わないなんて、ただの正義の味方面した卑怯者じゃない。ダッサ!」
史依留は吐き捨てるように言い放つ。
「全くだな。奴らは正義の意味をまるで理解していない。悪の制裁より、自己の保身を優先する者が正義を語るなど、愚の骨頂!」
大知も今回の加害者には激しい怒りを見せた。
とにかく、これ以上事件が悪化して、地域部や刑事部で対応が出来なくなれば、いずれ自分達にも出撃命令が下るだろう。そう考えていると、徹男がスマホを弄っていた。ここは他と比べて比較的自由が利く課ではあるが、軽く注意を入れた。
「徹男、まだ勤務中だぞ。」
「分かってるよ。ただ、現場の近くには俺の知り合いが住んでるんだ。注意するよう呼びかけのメールぐらいしてもいいだろ?」
そういうことか。そう言えば、徹男にはブリーダーを志してる高校生の男の子が知り合いにいた。既に亡くなってる親友の弟らしく、徹男本人も実の弟のように可愛がってた。心配なのも無理はないか。
後日。
「朝ばかりか、昼も来なかったわね~。徹男の奴、どこで何やってんのかしら。」
「おかしい。奴は欠勤する時、必ず何らかの形で連絡を入れる筈・・・。」
史依留と大知は不審に思いながら、話している。時刻は16時を過ぎて夕方になろうかとしている時。部屋のドアが急に勢いよく開き、徹男が物凄い剣幕で入って来た。その顔は阿修羅の如き形相となっている。
「どうした?遅刻だぞ。連絡も寄越さず一体何をしていた?」
自分は敢えて、平時通りの淡々とした態度で徹男に尋ねた。徹男もその場で深呼吸をした後、無理に平静を装って言った。
「昨日話した悪党狩りの3人組・・・奴らをブッ殺すのを手伝ってくれ・・・!!」
「え・・・?」
突拍子な殺人依頼に史依留は絶句する。すぐに事情を察した自分は即答した。
「大方、昨日の夜に例の知り合いの子が人違いか何かで被害に遭ったんだろ?悪いがダメだ。」
我々特務課は国から殺人を許可されていて、誤って無関係な人間を殺しても基本的にお咎めはないが、それはあくまで『任務中』に限ったことで、『任務外』での殺人は一部の例外を除いて許可されていない。
そんなことは分かってると言わんばかりに徹男は返答した。
「だろうと思ったぜ。だが、指令が出たらどうかな!?」
直後に通信機が鳴る。内容は任務の出撃命令だ。
「皆、任務だ。ここ最近、都内を騒がせている悪党狩りの被害者から先日、遂に死者が出た。このままエスカレートさせると死者が増えるだけでなく、犯人側も凶暴性が増して大変なことになる。最悪殺害してもいい!では、君達の健闘を祈る!」
通信は切れた。なるほど、徹男のただならぬ怒りはそういうことか。徹男は淋しげに言う。
「奴らは夢のある高校生を人違いでブッ殺し、これからも犯行を繰り返すだろう。本当に反省してるなら、今日にでも自首してるだろうしな。」
確かにその通りだ。だが、今もそんな情報は入ってない。徹男は続ける。
「俺達には夢なんざねぇし、夢を見る資格もねぇ・・・だから、夢を持ってるアイツのことが好きだった・・・。今回の任務、俺が前衛に出る!!」
「だが、どうする?3人組がしていたマスクは全国に1万個以上流通している。そこから特定なんて雲を掴むような話だぞ。」
大知は徹男に尋ねた。確かにそんな気の遠くなるような追跡は現実的でない。だが徹男は笑みを浮かべながら自信満々に返した。
「ヘッ、俺が何で『電波のエキスパート』って呼ばれてんだと思う?もっと別の視点から捜すのさ!」
2日後。
「・・・ああ。ってことは・・・そうか、分かった!」
徹男がパソコンと向き合いながら、誰かと電話している。史依留はパソコンを覗き込みながら、尋ねる。
「何、どうしたの?」
「奴隷・・・じゃなくて、知り合いのホームレスから目撃情報が入った。そのホームレスも前科持ちで警察には言えなかったのが、ある意味幸いしたな(俺もそのホームレスに警察の者って教えてねぇけど)。犯人は30~40代で、酔っ払いを襲った後、自販機で乾杯してたらしい。」
乾杯・・・ビールでも買ってたのか。だが、それだと変だ。
「先日、犯行があったのは23時30分頃。ビールの自販機は23時から5時まで販売を停止させてる筈だが・・・。」
「甘いぜ、大。アレはあくまで自主規制。24時間営業のコンビニに対抗して、最近では24時間販売をする個人経営の酒屋が増えてんだ。ん?待てよ・・・っつーことは・・・。」
何かに気付いたのか、徹男はパソコンで何かを調べている。
「やっぱりだ。皆、これを見ろ!奴らは24時間販売している酒屋の半径500m以内で狩りをしている。」
確かに地図上では、酒屋を中心にした円の中に犯行現場が点で映っていた。史依留もそのデータを基に分析を行う。
「コンビニは防犯カメラがあるしねぇ~。地域部の連中も公園や駐車場は巡回してるだろうし、辿り着くにはやっぱ・・・。」
その夜。
徹男の指示で我々4人は散開して各酒屋を監視することにした。奴らの犯行時刻は22~0時の間。そろそろ23時になるが・・・。
「ん・・・来たか。」
目撃情報にあった通り、ラバーマスクをした3人組が自転車で現れた。見張られているとも知らず、3人は自販機でビールを買い吞気に乾杯をしている。
「ハッハッハ、乾杯!」
「今日は煙草を吸って騒いでいるガキ共を懲らしめてやったぜ!」
「でも、先日の高校生・・・人違いとは言え死んでしまったし、暫くお休みにしない?ほとぼりが冷めてから、また再開するってことで・・・。」
先日の高校生・・・徹男の知り合いの子か。反省の色は全くないな。リーダー格の男は少し考えた後にとんでもないことを言い放つ。
「フン、逃げた車上荒らしと同じ色の服を着てたから仕方なかったんだし、そもそも夜中に出歩いてる奴が悪い。それに悪者退治に多少の犠牲は付きものだ。」
無茶苦茶だ。あまりにも身勝手過ぎる。反省どころか、開き直っている。
3人はここで解散した。3人別々の方向へ帰ったのを確認すると、2人をそれぞれ近い所で待ち伏せている大知と史依留に任せ、残る1人を追跡した。
翌日。
徹男は自分達が集めた3人のデータを調べる。
「3人はいずれも普通の会社員で、それなりの役職に就いてるな。ただ、会社は全員バラバラだし、それ以外の接点も特になかった・・・同じジムに通ってることを除けばな。」
「同じジム?」
史依留は聞き返した。自分はそれを制する。
「何にしても、今夜全てが分かる。奴らの自転車には発信機を付けた。今度はこっちが攻める番だ・・・!」
その夜、徹男の指示通り準備を終え、公園内で全員指定の位置に着く。
史依留は空の酒瓶を手に持って、公園の中央に立っていた。数分後、発信機によって位置が分かる3台の自転車は誘われるように公園に近付いて来た。
公園内に不気味なラバーマスクをした3人組が金属バットや角材を手に史依留の背後に迫る。
「未成年のクセに飲酒なんぞしおってぇ・・・正義執行~。」
振り下ろした金属バットが史依留の頭を叩き割ろうとした時、
「グホァアアアッ!?」
殴り飛ばされたのは金属バットを振り下ろした男の方だった。振り向いた史依留はその異様な光景に驚く。
「ヒャッ!何なのアンタ達!?・・・って、そのマスク。例の正義の味方(笑)じゃん!反射的に攻撃しちゃったけど、いたんだ~。」
「な・・・何だ、この女!?」
自身より大きい大人を殴り飛ばした少女に男達は動揺を隠せない。その隙を見逃すまいと自分、大知、徹男も出て来た。
「徹男。囮作戦、上手く行ったな。『狩る側』の者が逆に『狩られる側』になった訳だ。」
大知は感心するように言う。徹男は3人組を睨み付けながら静かに尋ねた。
「何でこんなことをするようになった?答えろ。」
3人共逃げ場がないからか、素直に白状し始めた。
「・・・きっかけは半年前にスポーツジムで私達の車が車上荒らしに遭ったことだった。」
3人はスポーツジムで知り合い、自分達の車が車上荒らしに遭ったことで意気投合し、悪人を退治しようと『悪党狩り』を結成(『ストレス解消にいい』、『筋トレの成果を見せよう』とも語っていたらしい)。車上荒らしだけでなく、喫煙している未成年や立ち小便している会社員等も襲ったと言う。
史依留に殴られなかった2人は金属バットを握り、徹男と大知に襲いかかる。
「俺達が街の悪党を懲らしめてんじゃーっ!俺達が正義じゃボケェーッ!」
しかし、超人的な力を持つ特務課の人間にただの中年男性が敵う筈もなく、
「俺は電子戦専門で基本的に暴力は使わねぇが、使えねぇ訳じゃねぇ!!」
「貴様らを斬っても刀が汚れるだけ・・・素手で充分!」
返り討ちに遭い、動けなくなった3人に徹男は言う。
「テメェらは俺の大切なものを奪った。そして、俺は『正義を騙る暴力』が大嫌いなんだ。だからテメェらには『悪の暴力』を与える!!」
「悪の・・・暴力・・・?」
徹男の言葉の意味を3人は理解出来てないようだ。
「テメェらは所詮、自分の暴力を正当化させる為に正義を語る小悪党だ!中には親のクセによそ様の子供を殺しても何とも思わないゴミ虫もいるな!」
そう吐き捨てると、動けない3人を置き、自分達を連れて立ち去る。すると、どこからともなく柄の悪い集団が自分達と入れ替わるように公園内に入って来た。彼らは徹男に呼び出された悪党狩りの被害者やその関係者達で、仕返しとして彼らを袋叩きに来たらしい。
3人組の悲鳴が響き渡るのを遠くから眺め、自分は徹男に尋ねる。
「徹男・・・気が晴れたか?」
「・・・イヤ、なんか虚しいな。奴らは自己満足から正義の味方を気取っていた。だが、殺されたアイツは果たして復讐を望んでいたのか?これも俺の自己満足なのかも知れねぇ。」
悲しそうな徹男に対して、大知は慰めの言葉をかける。
「正義の尺度は人それぞれだ。軽々しく正義を気取らぬだけ、見所がある。」
「ケッ、野郎の慰めなんざ嬉しくねぇぜ。」
徹男の個別回です。
仲の良かった親友の弟を殺された徹男が、正義を騙る悪党達に敵討ちをする回です。
彼の親友とその弟は次章で登場させる予定です。
因みに悪党狩りの3人組がその後どうなったかと言う描写はありませんが、少なくとも重傷になり、今までの悪事がバレて逮捕されたと思われます。