過去との決着
1年前。
自分はとある組織の重鎮を殺害する為に史依留と共にホテルのイベントに参加した。有名な映画監督を偲ぶ会が開かれていたその会場では、黒服の人物が大勢出席していた。
今回は史依留の暗殺を援護する形で同行することになった。
「まぁ、見てなさい!アタシが上手く近付いて毒針で華麗に殺っちゃうから!」
自信満々に史依留はそう言って、人混みの中へ消える。
彼女を見送り、改めて周辺を見ると、有名人だらけだ。文学賞を幾つも受賞している作家、業界最大手の声優事務所社長、プロ野球の球団オーナー、有名大学の教授と、右も左も世間で大物と称される者達ばかりである。
会場内で早速ターゲットを見つけてマークするも、その周辺には常に人が囲んでおり、中々近付けない。史依留の姿も見かけるが、向こうも動けないようだ。
「さて・・・どうするか。」
最悪自分が射殺してもいいと言う命令は受けているが、ここでは他の人まで巻き込む危険性もある。そう思っていると、不意に声をかけられた。
「あなた1人?もし良かったら、一緒に飲みませんか?」
自分に声をかけたのは、ウェーブがかった長い金髪を持つ美女だった。だが、自分はそれを断る。
「悪いが、連れがいる。」
「そうには見えませんよ。私、ダリアと言います。」
ダリアと言う女は、自分の腕に両腕を絡ませるように接触して来た。任務の邪魔になるから、振り解こうとした途端、会場は暗闇に包まれた。会場の奥に目をやると、スライドショーが始まっており、この追悼式の主役とも言える映画監督が映ったフィルムの紹介を行われていた。
追悼式の司会を務めているのは、これまた有名なナレーターだ。顔や名前を知らない人でも、絶対どこかでその声を聞いた事がある筈の、様々な有名番組のナレーションで活躍している人物だ。会場内にいる人物全員の視線はスライドショーに集中している。
そう言えば、ターゲットは?暗闇に紛れて姿を消している。辺りを見回しながら探していると、硬い何かが砕けるような小さい音がした。
「何だ?」
謎の音がした直後、今度はガシャンと大きな音が会場内に響く。辺りは騒然となり、すぐに明かりが点いた。音のした方向を見ると、豪華絢爛な装飾を散乱させ、巨大なシャンデリアが落下していた。その下には、落下したシャンデリアに押し潰され、目を見開いたまま絶命しているターゲットの姿があった・・・。
場内には悲鳴がこだまし、一時パニック状態になる。
「まさか、人がシャンデリアの下敷きになるなんて・・・。」
近くにいたダリアはあまりの状況に戦慄している。
シャンデリアの近くで史依留も唖然としている。まだ何が起こったのか理解が追いついていないようだ。
シャンデリアを吊るしていた鎖に目をやると、鎖の端が歪に曲がっている。どうやら、最初に聞いた「何かが砕けるような小さい音」は、あの鎖が切れる音だったらしい。
暫くすると、警察と救急が到着し、会場にいた全員が事情聴取を受けるも、特に何もなく、1時間後には全員解放された。
その後の警察の調べで、切れた天井側の鎖近くに銃創が発見され、あの鎖は拳銃によって切られたものだと判明した。後日、改めて会場にいた自分と史依留以外の者は事情聴取を受けたが、やはり決定的な証拠はなく、事件は迷宮入りとなった。
そう、1名の再事情聴取がされないまま・・・。
そして現在。
銃の手入れに余念がない自分に史依留は化粧しながら尋ねる。
「ねぇ、去年アタシ達が担当した任務で別の誰かがアタシ達より先にターゲットを殺したこと・・・覚えてる?」
「ああ・・・。」
自分は当時のことを思い出しながら、手入れを続けた。
「あれって1回目に事情聴取を受けた後、行方不明になった奴が犯人だと思うんだけど、大もそう思わない?」
「そうだな・・・。」
後日、事情聴取を受けることなく、行方不明になった者・・・奴が犯人だと言うことは分かっている。だが、本当にそうだとして、どうやって奴はあの暗闇の中で鎖を撃ち抜くことが出来たんだろう?
銃声はサイレンサーを付ければどうにでもなるとして、発砲時に銃口から出る火花はどうあっても隠せない。
「ちょっとぉっ!さっきから生返事ばっかりだけど、真面目に聞いてるのぉっ!?」
史依留は怒りながら、こちらに詰め寄って来た。
「ハハハ、何の話をしてるのかと思ったら、獲物を横取りされたあの任務か!」
マスクをした徹男が笑いながら部屋の中に入って来た。
「笑うな!アタシがその気になれば、横取りされる前に・・・。」
史依留はムキになって反論した。しかし、史依留が全部言い終わらない内に、自分は徹男に注意をする。
「何をやってた?遅刻だぞ。」
「見ての通り、風邪をひいたから病院に行ってたんだよ。この時期にしてはクソ寒い日が続いたからなぁ。あぁ、喉痛ぇ~・・・。」
健康管理がちゃんと出来てないな。特務課のメンバーは一芸に秀でた天才が集まる組織で、電子戦で右に出る者はいない徹男の代えなんて他にいないのに・・・。
「つーか、風邪ひいたってのに、皆して手厳しいなぁ。普通、病人には優しくするもんだぜ?あ、ティッシュもらうね~。」
徹男は近くにあったティッシュペーパーを箱から何枚か引き抜いて、鼻をかむ。その内の1枚が徹男の手元から落ちて、自分が手入れをしている拳銃の銃口に被さった。それを見た自分はあることに気付く。
「そうか・・・アレはそういうことだったのか・・・!」
「え?何?どうしたの?」
史依留は訳が分からず、尋ねて来た。
「分かったんだ。あの時、どうやって誰にも気付かれずにシャンデリアを撃ち落としたのか・・・そして、犯人の正体もお前が推測する人物に間違いないと確信が持てた。」
「ええっ!?」
史依留は驚愕するも、その直後、小型通信機が鳴った。どうやらお喋りは終わりのようだ。
「皆、任務だ。今回はターゲットの逮捕は考えず、殺すことを前提に臨んでくれ。特に寺門、妹尾。お前達2人はもしかしたらターゲットを1年前に見てる可能性が高い。」
「1年前に見てる・・・まさか・・・!」
徹男が開いているノートパソコンにターゲットのデータが送られて来る。その顔写真を見て、全ての点と点が線で繋がった。
「ターゲットの名前はダリア=ベロニカ。日本国内のみならず、アメリカやヨーロッパ全域で何十件もの暗殺をしているプロの殺し屋だ。彼女は複数の偽名を持っていて、ダリア=ベロニカと言う名前も偽名である可能性が高い。」
ダリア・・・まさかとは思っていたが、敵味方に分かれることになろうとは。だが、こちらも正義の為。平和を脅かす存在であれば、容赦はしない。
銃の手入れが終わって、実弾を込めると、史依留が制した。
「待って。今回の抹殺・・・アタシにやらせて。大は援護に回りなさい。」
史依留の口調はいつになく真剣だ。1年前の因縁に決着をつける気だな。
「分かった。だが、お前がしくじった場合、俺が彼女を撃つ。それでいいな?」
「いいわよ。最も、しくじりはしないけどね。」
その日の夕方。
自分と史依留は街へ向かった。情報によれば、ダリアは既に都内へ入っているらしい。二手に分かれる前に史依留と最後の打ち合わせをする。
「それじゃあ、俺が先行する。史依留、後は頼んだぞ。」
「分かってるから、早く行って!」
史依留を信頼して、自分は夜の街中へ消える。
自分の服の中には徹男が開発した発信機と盗聴器が複数取り付けられており、史依留はそれを頼りに後方から追跡する。自分が先にダリアと接触し、史依留が一番殺害し易い所へ誘導する形になる訳だ。
「どこにいる・・・。」
人混みの中を歩きながら、ターゲットを捜す。1年前と外見的特徴が変わってないなら、見つけることは簡単だ。ウェーブがかった長い金髪のヨーロッパ系外国人なんて、そうザラにいるものではない。
「あら、あなたは・・・。」
聞き覚えのある声が後方から聞こえた。振り向いて見ると、そこにいたのは1年前に見たことのある顔・・・そして、今回の任務におけるターゲット・・・ダリア=ベロニカであった。
捜していた対象が、まさか向こうから接触して来るとは。久々の再会が嬉しかったのか、彼女は自分の誘いに乗ってくれた。ダリアを連れて、徹男行きつけのBARに入る。まずは下準備から開始だ。
「あの時はまともに飲めなかったからな・・・俺の奢りだ。」
「嬉しいわ。私もあなたのことをもっと知りたいと思っていたの。」
妖艶な口調でダリアは言った。自分は彼女と1時間程飲み、語り明かした。
「あなたと私は同じ匂いがする気がしたの。」
「同じ匂い・・・?」
酔いが結構回っているのか、彼女は急に重い内容の話を始めた。
「多くの命を喰らい、血溜まりの上に立つ者の匂い・・・。」
「何だよ、それ・・・まるで殺し屋みたいなことを言うな。」
自分は彼女の言葉に対して鎌をかけた。彼女の正体は分かってはいるが、殺し屋なら多少酔いが回っていようと話を逸らそうとする筈だ。だが、彼女は違った。
「そう・・・私は殺し屋・・・。1年前のあの事件も私がやったこと。」
意外なことに、彼女は自分の正体と1年前のことを話し始めた。一体どういうつもりだ?頃合いを見計らって、場所を移動することを提案した。
「店を・・・出ようか。」
ベンチに座り、2人で外の風に当たる。最初に話を切り出したのは自分だ。
「さっきの話・・・事実だとするなら、当ててみよう。アレはサイレンサー付きの拳銃を使って落としたんだろう?勿論、そのまま撃てば、銃口から出る火花で周りの人間に気付かれてしまうが、銃口を布で覆えば話は別。銃口から少し隙間を空けるように被せ、布の端を紐か輪ゴムで止めれば、火花を隠すことが出来る。あの時、俺にくっつくように腕を絡ませていたのは、『片手ではまともに銃を撃てない』と言う心理効果を利用したもの。」
銃の扱いに長けている君は片手で暗闇のシャンデリアを撃ち抜く程度は余裕だったろうが、と付け加えて言った。自分の推理が完全に当たっていたのか、彼女は驚愕する。
「あなた、一体・・・。」
「俺は断罪者・・・『影の正義』を守る者。最期に一つ教えてくれ。何故、俺に自分の正体を教えたんだ?」
自分の正体と目的を察したダリアは、変に否定したり、とぼけたりせず素直に答えた。
「私ね・・・丁度次の仕事を終えたら、この稼業から足を洗おうと思ってたの。こう見えても幼い頃から、貧困の中で生きて来てね・・・家族の為にも私自身の為にも、とにかくお金が必要だった・・・。でも、私達の幸せの為に他の人達の幸せを奪っていいのかって、疑問を抱くようになった。」
最初は生きる為に必死で気付かなかったことに、大金を得て後ろを振り返る余裕が出来たから、気付いたのか。だが、気付いた頃には既に遅く、引き返せないところまで来てしまった。
そして、自身と同じ匂いを持ち、理解してくれるであろう存在の妹尾 大と出会ったことをきっかけに変わろうとした。
「だが、変わるには少し遅過ぎたな・・・。」
「そうね・・・でも、私はここで死ぬ訳には行かない。さようなら、あなたと話せて本当に良かったわ。」
ダリアは惜しむように別れを告げた。自分も静かに返答する。
「ああ・・・だが、君を殺すのは俺じゃない。」
「え?」
直後、痙攣したようにダリアの身体が固まる。彼女の首筋には細長い針が刺さっていた。背後のベンチで自分達2人に背を向けて座っていた少女、寺門 史依留が毒針を突き刺したのだ。史依留は冷ややかな口調でダリアの耳元に呟く。
「アンタには仕事の邪魔をされたからね。借りは返させてもらうわよ。・・・って言っても、もう聞こえてないだろうけど・・・。」
彼女の言う通りダリアは既に息絶えていた。だが、その表情は眠るように安らかなものであった。即効性のある猛毒を選んだのは、苦しまずに死ねると言う、史依留なりの手向けであろう。
自分はゆっくり立ち上がり、通信で上に報告をする。
「ターゲットの抹殺が完了した。これより帰還する・・・。」
帰路に就く途中、自分と史依留は何も話さず、少し距離を置いて歩いていた。
自分はダリアの言葉を思い出す。
(私達の幸せの為に他の人達の幸せを奪っていいのかと、疑問を抱くようになった。)
この世界に生きてる以上、殺しに疑問を抱いてはいけない。それは『正義』の側だろうと『悪』の側だろうと同じだ。以前、大知が言ってたように、下らん疑問に心を揺り動かされるなど、器が知れるというもの。
そもそも、そんな疑問を抱くぐらいなら、初めから殺さなければいい。そう思いながら、自分は夜空を眺めた。
史依留の個別回です。
1年前にターゲットを先に殺した女暗殺者のダリアを史依留が暗殺する回です。
因みにダリアが暗闇でシャンデリアの鎖を狙い撃てたのは、鎖の中腹に蛍光塗料が塗ってあったから。